間接キス

 ある日の放課後。

 俺のスマホには、紬ちゃんからメッセージが飛んできていた。


『位置情報アプリの追跡はオンにしておいてくださいね。今日は弓道部の活動があるので一緒に帰れないですけど、ナツ先輩のことはちゃんと見てますから』


 『了解』と返信を送る俺。

 よほど信頼がないみたいだ。浮気できる甲斐性なんて持ち合わせてないんだけどな……。


「なっくん、この後ちょっといい?」


 隣の席から声をかけられる。

 俺はスマホをポケットに閉まった。


「この後?」


「あ、紬と一緒に帰るよね。ごめん忘れて」


「いや、今日は一人だから平気だけど」


「そうなんだ。ならよかった。……よかったは変か。じゃ、一緒に帰ろ?」


「学校の敷地内は別行動でいい? 紬ちゃんに見られたら面倒なことになるから」


 紬ちゃんの嫉妬は相手を選ばない。

 二次元にだろうと、実の姉にだろうと嫉妬する。余計な火種を生むリスクは減らしたい。


「わかった。商店街抜けたところのコンビニで待ち合わせでいい?」


「ごめん。それでお願い」


「ううん大丈夫。別になっくんのせいだとは思わないし」


 美鶴はバッグを肩にかけると、ひと足先に教室を出ていった。


 三分ほど待ってから俺も帰途へと就いた。





 待ち合わせ場所であるコンビニの前を通りかかる。

 ちょうど美鶴が店内から出てくるところだった。


「あ、なっくんっ」


 目が合うなり、美鶴は駆け足で近づいてくる。


「はいこれ」


「サンキュ。いくらだった?」


「お金はいいよ。私が勝手に買っただけだし」


「でも、そういうわけには」


「私がいいって言ってるからいいの」


「じゃあお言葉に甘えて」


 プラスチックのカップに入ったミルクティーをもらう。

 俺はストローを差して一口すすった。


「それ新商品なんだって。どお?」


「んー、そうだな。美鶴が好きな味だと思う」


「なにその感想。もっと具体的に聞きたいんですけど」


「飲んだ方が早いかもな。ほら」


 ストローの先を美鶴に向ける。

 美鶴は微かに赤いものを宿すと、小さく呟いた。


「間接キスになりますけど……」


「あ、ごめん」


「いや私は全然いいんだけど、なっくんは嫌じゃないのかなーって」


「俺は特に気にしないけど……」


 小さい時に数えきれないくらいしている。

 この期に及んで抵抗感はないが、改まって間接キスとか明言されるとこそばゆい。


「じゃあもらっちゃううね」


 美鶴は髪を耳にかける。一口ミルクティーを飲んだ。

 妙に意識してしまう俺。美鶴が間接キスとか余計なこと言い出したせいだ……。


「あ、確かに私のが好きな味かも」


「だろ?」


「じゃあ私のと交換する? こっちのがなっくん好きそうだけど」


「間接キスになりますけど……」


「む。私の真似しないでよ! なっくんの意地悪」


「ごめんごめん、叩くなって」


 美鶴はムッと頬に空気をためる。

 ポカポカと柔いパンチを喰らわしてきた。


 美鶴は俺からミルクティーを奪い取ると、ほうじ茶ラテを代わりに渡してくる。


 俺は喉を潤しつつ、早速、本題へと切り込むことにした。


「で、具体的にどういった要件なんだ?」


「あーうん。私のストレス発散に付き合ってほしいんだよね」


「ストレス発散?」


「そ。最近いいとこ見つけたんだけど、私一人じゃ入りにくいとこでさ。だからなっくんに一緒に来て欲しいの」


「それなら俺じゃなくてもいいんじゃないか」


「逆に聞くけど、なっくんを誘っちゃダメ?」


「ダメじゃないけど」


「ならいいじゃん。あ、こっちね」


 俺である必要はないけど、俺じゃダメな理由もないってことか。


 十字路で右に曲がるよう指示してくる美鶴。

 まっすぐ帰路に就くなら、このまま直進するべきところだ。


「どこに行こうとしてんの?」


「ふふーん、それは到着してからのお楽しみ♪」


 美鶴は口先に人差し指を置いて、ふわりと微笑む。

 そういえば美鶴と二人きりで出かけるのは随分と久しぶりだな。


 不思議といつもより足取りが軽く感じる俺だった。

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