二章

半年後

「ナツ先輩、昨日はどうして連絡つかなかったんですか。ウチに隠れて他の女と会ってないですよね⁉︎ ウチ、浮気とか絶対許さないですから!」


 12月。

 吹き抜ける風の冷たさと年の終わりを感じ始める今日この頃。


 俺は恋愛の難しさに直面していた。


「だから昨日はゲームしてただけだって」


「ナツ先輩はカノジョよりゲームのが大事ってことですか⁉︎」


「どうしてそんな話になるんだよ……」


「ウチはナツ先輩が一番大事です! いつもナツ先輩を想って行動してます。なのにナツ先輩はウチ以外のことばっか時間使ってる……」


「そんなことないよ。俺だってできるだけ紬ちゃんに時間を使って」


「そんなことないもん!」


 涙目になりながら、不満をぶつけてくる紬ちゃん。


 紬ちゃんと付き合い始めたのは三ヶ月前のことだ。

 正確に言えば、元々半分恋人みたいな関係だったのだけど、俺から告白して正式に交際することになった。


 しかしこれは交際してみて判明したのだが、紬ちゃんはかなりの束縛気質だ。その上、被害妄想を患っている。これが中々に厄介で、近頃の俺は自由を失っていた。


「大体、どうしてもゲームしたいならウチも呼べばいいじゃないですか」


「あれは一人用のゲームだから紬ちゃん呼んでもしょうがないっていうか」


「そうですよね。色んな女の子を攻略するゲームですもんね!」


「え、なんで知って」


「この前、ナツ先輩の部屋に行った時に見つけました」


「そうですか……」


 ギャルゲーのカセットは隠して置いてるんだけど、紬ちゃんには筒抜けらしい。


「ウチだけじゃ満足できないですか? 不満があるなら言ってくれたらいいじゃないですか。隠れてコソコソされる方がウチは嫌です」


「いや、ゲームにまで嫉妬してどうすんだよ」


「ウチは二次元相手にだって嫉妬するんです。ナツ先輩はウチのこと全然わかってない!」


「ご、ごめんって……」


 紬ちゃんが俺のことを好いてくれているのは痛いほど伝わる。

 俺も紬ちゃんの想いには応えたい。そう思っているけれど、簡単には縮まらない温度差をひしひしと感じていた。



 ★



 二年Bクラスの教室。

 クラスメイトへの挨拶もそこそこに、俺は窓際の一番後ろの席へと歩を進める。


 背中を丸めた俺の口からは、自然と重たい吐息が漏れていた。


「はぁ……」


 右隣の席では、美鶴が律儀に一限目の予習をしている。

 美鶴はある時期から心を入れ替え、俺に突っかかってこなくなった。変わったというか、肩の力が抜けて以前の美鶴に戻った感じだ。


 余談だが、席替えをしても美鶴とは近い席になる傾向がある。


「なに? 私の顔、なんかついてる?」


「いやなんでもない」


 俺は視線をあさってに向ける。


 美鶴は勉強の手を止めると、小首を傾げて。


「てか大丈夫? 疲れた顔してるけど」


「え、ああ……」


「体調不良って感じではないか。紬が原因?」


「別に平気だよ。いつも通りだ」


「そうはみえないけど。吐き出したら少しはスッキリするんじゃない? 私でよかったら聞くし。一人で溜め込んでるとロクなことが──」


「だから平気だって言ってるだろ!」


 俺は髪の毛を掻きむしり、矢継ぎ早に語気を強めた。


 美鶴は至って真剣な表情で、覗き込むように目を合わせてくる。


「平気そうにみえないから心配してるんだけど」


「余計なお世話だっての」


 ツンと張り詰めた空気が流れる。

 最悪だな、俺。美鶴に八つ当たりしてどうすんだ……。


「んっ」


 俺が 自己嫌悪に陥っていると、美鶴は左手を差し出してきた。


「甘いものでも食べなよ。ほら」


 個包装されたチョコを受け取る。

 美鶴は少し照れくさそうに、こめかみを掻いた。


「私にできることあったら遠慮なく言って。最近のなっくん、放っておけないし。まぁ、なっくんは私のこと嫌いだろうから迷惑かもだけど」


「別に迷惑ってことはないけど……」


「ほんとっ⁉︎」


「ち、近い」


「あ、ごめん」


 美鶴は髪の毛を耳にかけると、スッと居住まいを正した。


 ピロン、と俺のスマホに通知が飛ぶ。差出人は紬ちゃんだった。


「紬から?」


「ああ」


「返信めんどうなら無視しちゃえば? 大事な用なら直接来るだろうし」


「馬鹿言わないでよ。そんなことしたらもっと面倒になる。何で無視するんですかってしつこく詰められるし、ウチのこと嫌いになったんだとか勝手な被害妄想始めて、しまいには俺のことを疑い出すんだ。挙げ句の果てには、アプリのトーク履歴を全部見て俺が浮気してないかチェックを……って、ごめん! なに言ってんだ俺。忘れて」


 つい勢い余って、ツラツラと思ったことをそのまま吐き出してしまう。


「やっぱり溜まってるじゃん」


「そんなことは……」


 俺は途中で口を閉ざすと、スマホへと視線を落とした。


 重たい指を動かしながら紬ちゃんに返信を送る。

 普通、カノジョとのやり取りを面倒とは感じないんだろうけどな。歪んじゃってるよな……。


 はあ、と吐き出す息が異様に重たく感じた。

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