反則でしょそれ

 寝つきが悪かったせいか、今日はすっかり日が昇ってからの起床だった。

 くしくしと寝ぼけ眼を擦る。重たい足取りで、私は洗面所へと向かった。


「…………」


「…………」


 洗面所に着くと、紬が髪の毛のセットをしていた。


 確実に私の存在に気づいているけど、目も合わせてこない。


「やけに気合い入ってるじゃん」


「別に……」


 声をかけてみるも、紬の反応は薄い。


 毛先をカールさせて遊ばせているし、滅多にしない編み込みまでしている。

 この後、紬にとって大事な用があるのは明白だった。


「まさかと思うけど、なっくんと会う予定でもあるわけ?」


「…………」


「沈黙ってことはつまりそういうこと?」


「だったらなに? また邪魔してくるわけ? いい加減にしてよ」


 ようやく目を合わせてきたかと思えば、獰猛な目つきで睨んでくる。


「紬こそいい加減にして。なっくんは紬のことなんて一切恋愛対象として見てない。なっくんの優しさに漬け込んで恋愛関係になろうとするとか卑怯でしょ」


「ナツ先輩の優しさに漬け込んでるのはお姉ちゃんでしょ。散々、ナツ先輩のこと馬鹿にしておいて実は好きでしたとか通用するわけない。そっちこそ立場弁えてよ。大体さ、好きな人に素直になれないとか意味わかんないから。頭おかしいよ」


 私は下唇をギュッと噛み締める。

 朝からギスギスした空気。ホント嫌になる。


 紬は髪のセットを終えると、私の横をさっさと通り過ぎていった。


 洗面台の前で、私は鏡と向き合う。

 鏡に映る私はひどい顔をしていた。


「……もうヤだ。絶対、私の方がなっくんのこと好きなのに」


 全く思い通りに進まない現状に、私は自然と涙が込み上げてきた。



 ★



 11時を少し過ぎた頃。

 インターホンが鳴った。


 気になって覗いてみると、玄関先には紬がいて、その奥にはなっくんの姿があった。


「ああもう、絶対悪い方向に進んでる……」


 なっくんと紬を別れさせようと画策したのが、逆効果に働いたのは明らかだった。


「……っ。なんで手を繋ぐのよ」


 嫉妬心を刺激され、私は爪が食い込むくらい強く拳を握る。


 私は部屋に戻って帽子と伊達メガネを身につけると、すぐに後を追った。




 12時過ぎ。

 なっくんと紬はファミレスに入った。


 私は少し遠くの席で、メニュー表で顔を隠しながら様子を伺う。


「なんで私が一人でファミレス入らないといけないのよ……」


 基本的に常に誰かと行動する私にとって、こういう単独行動は性に合わない。


 てか私、なにしてんだろ……。

 こうやって二人を監視したところで状況は好転しないのに。


「でもどうしても、なっくんを奪われたくない……」


 私にとってなっくんは初恋の男の子。

 これまで沢山の男子に告白されてきたけど、彼らと付き合いたいとは微塵も思わなかった。


 私が付き合いたいのはなっくんだけ。

 でも、当のなっくんが全然私に興味してくれないから、つい意地になっちゃっただけなんだ。


 少しなっくんを刺激すれば、恋愛に視野を広げてくれると思った。

 そして身近な私のことを恋愛対象として考えて、あわよくば告白してくれるんじゃないかって……。


 でも、私も拗らせて空回りして、ドンドン悪い方向に進んでいっちゃってる……。


「お待たせしました、いちごパフェです」


「……すん」


「お客様? 大丈夫ですか?」


「大丈夫なようにみえます?」


「あ、えーっと……」


「すみません。なんでもないです」


「そ、そうですか。失礼します」


 私はつい涙ぐんでしまい、店員さんに怠い絡み方をしてしまう。


 パフェをスプーンでつっつきながら、なっくん達の方に目を向けた。


「……ッ。は、反則でしょそれ」


 紬が、なっくんにロールキャベツをあーんしている。

 他のお客さんの目を気にせず、完全に二人の空気になっていた。


 バカップルの領域じゃん……! 

 ずるいずるいずるい! 私だって、なっくんに食べさせたい! 


 なんで紬ばっかり良い思いするわけ⁉︎


 私の方が……私の方が絶対になっくんのこと好きなのに! 


「はあ」


 嫉妬の感情でもうどうにかなりそう。


 私は気持ちが昂りすぎて、なっくんで頭がいっぱいになる。

 そして、彼を好きになった日のことを克明に思い出していた。

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