半分恋人みたいな関係

 日曜日。

 俺はいつになく緊張した面持ちで、八重川やえかわ家の前にいた。


 インターホンを押すと、玄関からおじさんが出てきた。


「む。夏樹か」


「あ、おはようございます。えっと、紬ちゃんいます?」


 俺の問いかけに、おじさんは眉間に皺を寄せる。


「紬ならさっき出かけた。悪いが日を改めてくれるか」


「いや、まだ家にいると思うんですけど」


「念の為に聞くが、紬の彼氏っていうのは──」


「パパ! 勝手に出ないでよ。もうあっち行って!」


 おじさんは嫌悪感を剥き出しにして、値踏みするような視線を向けてくる。

 すると、良いタイミングで紬ちゃんがおじさんの声を遮ってやってきた。


 俺は苦い笑みを浮かべる。


「えっと、いましたね、紬ちゃん」


「そう、みたいだな。勘違いして悪かったな」


 全く悪びれていない様子で、一ミリも感情のこもっていない謝罪をするおじさん。やっぱこの人に嫌われてるわ俺……。


「もう早くどっか行ってってば!」


「お、おお。そんな邪魔者扱いしなくてもいいじゃないか」


 おじさんはしょぼくれながらも、紬ちゃんの言うことに素直に従う。


 紬ちゃんはおじさんが居なくなったのを確認すると、毛先をいじりながら。


「で、えっと……急に連絡くれましたけど、どういった用件ですか?」


「ああ、うん。昨日のことを直接謝りたくてさ」


 紬ちゃんは目を丸くして、まぶたを瞬かせる。


「知ってると思うけど、俺って昔から察しが悪いっていうか、色々鈍感だろ?」


「まあそうですね。ワールドクラスの鈍感さんだと思います」


「だからなんていうか、昨日の俺は無神経がすぎたと思う。ごめん」


 俺は深く頭を下げる。

 紬ちゃんは頬に朱を宿らせると、キョロキョロと視線を泳がした。


「あ、謝らなくて良いです。てか、ウチがナツ先輩のことどう思ってるのか気づいたってことですよね」


 俺は小さく首を縦に下ろす。


 紬ちゃんが俺のことをどう思っているのか、いまだに理解できないほど馬鹿じゃない。まぁ、普通ならもっと早くに気づいているんだろうけど。


「そうですか。ハハ……じゃあアレですか。恋愛対象としては見れないって振られるやつですか。ナツ先輩の口から聞きたくないのでもう部屋戻っていいですか」


 顔色をしゅんと青くさせて、声音を下げる紬ちゃん。


 俺はそんな彼女の手を取って、強引に俺の方に引き寄せた。


「勝手に決めつけないでよ」


「ふぇ、ナツ先輩⁉︎」


「俺、紬ちゃんと向き合いたい」


「いやそれって……」


 俺は紬ちゃんの目を真正面から見据える。


「これからは半分恋人みたいな関係じゃダメかな? 紬ちゃんのこと一人の女の子として見れるようになったら。その時はちゃんと俺から告白するから。だからえっと、なにが言いたいかっていうと、紬ちゃんと向き合う時間がほしいんだ」


 紬ちゃんはただでさえ大きい目をパッと見開く。

 目尻に涙を蓄えて、唇をキュッと引き締めている。


「…………」


「うおっ、つ、紬ちゃん?」


 俺の懐に飛び込み、ゼロ距離で密着してくる。

 俺を見上げながら呟くように問いかけてきた。


「ドキドキしますか?」


「ドキドキっていうか、戸惑ってますけど……」


「ウチってそんなに性的興奮を誘わないですか?」


「いや、これまで妹みたいに思ってたから、なんていうか」


「むう、それ禁止です! 今後、ウチに対して妹って言葉使ったら罰受けてもらいますからね」


「罰?」


「こういう感じのです」


 突如、俺の頬に走る柔らかい感触。

 キスをされた自覚とともに、俺の顔が真っ赤に染まる。


「えへへ、少しはドキドキします?」


 言葉が出ず、コクリと首を縦に振ることしかできない俺。

 畳み掛けるように紬ちゃんは続ける。


「ナツ先輩、二時間後にデート行きませんか。早くウチのことを本当の恋人にしたいって思わせたいので!」


「二時間後?」


「女の子には準備が必要なんです。絶対可愛いって言わせるから期待しててください」


「……? 今でも十分可愛いと思うけど」


「ぬぁ⁉︎ もうナツ先輩はどこでそういう技覚えてくるんですか。まったく」


 紬ちゃんは加速度的に顔を赤くして、嬉しそうに怒っている。


 俺は首筋のあたりを掻きながら。


「じゃあ二時間後にまたくるよ」


「はい、待ってますね」


 ヒラヒラと手を振る紬ちゃん。

 俺も軽く手を振り返しながら、一つ隣にある我が家へと戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る