どう責任取ってくれるの?

 土曜日。昼過ぎ。

 俺は、スマホに届いたメッセージを怪訝に見つめていた。


『私の部屋に来て。来なかったらなっくんの秘密バラすから』


 差出人は美鶴。

 従わないと『秘密をバラす』と脅されている不穏な内容だ。


 華麗にスルーしたいところだけど。


「俺の秘密いっぱい知ってんもんな……」


 やむなく返信を打つことにした。


『目的はなんだよ』


 すぐに既読がついた。


『私の部屋で言うから早く来て。鍵は空けとくから』


 気乗りしないけれど、ここは素直に従っておくか。




 美鶴の家は、ウチの右隣に位置している。

 小学生まではよくお互いの家を行き来していたが、最近はほとんど来ていない。


 てか、おじさんにすげー嫌われてんだよな俺……。

 家に居ないといいけど、顔合わせたら気まずいな。フリとはいえ、紬ちゃんと付き合ってるし。


「お邪魔します……」


 声をひそめつつ扉を開ける。


 どうやら、おばさんもおじさんも今は家を開けているらしい。

 紬ちゃんも弓道部の活動で今日は学校に行るはずだ。


「美鶴?」


 名前を呼んでみるが返事はない。部屋に来いって言ってたしな。


 俺は靴を脱いで家の中に上がることにした。



 二階。美鶴の部屋の前。


「入っていいか?」


 扉を二回ノックして、美鶴の反応をうかがう。

 しかし、いくら待っても一向に返事が返ってこない。


「呼び出したのそっちだろ。いないの?」


 メッセージでやりとりしたのは五分前くらいだ。


 まさか騙されたのか俺? 

 でも、こんな嫌がらせをするメリットがわからない。


「……入るぞ」


 痺れを切らした俺は美鶴の部屋の扉を開けた。


「え」


 すると、視界に飛び込んできたのは下着姿の美鶴だった。


 ブラウス越しに黒を基調としたブラジャーが見え隠れしている。

 床にはスカートが放置されており、窓から差し込む日の光が彼女の肌を照らしていた。


「ひぃぁ⁉︎」


「いや、ごめ……ってか、ちょなんで!」


「変態⁉︎ いつまで見てんの⁉︎ 早く出てってよ! バカ!」



 美鶴から枕を投げつけられる。

 何がなんだかわからないまま、俺は扉を思いっきり閉めた。



「ど、どういうこと、だよ……」



 美鶴のやついつの間にあんな成長して……って、いやそうじゃない! 


 俺は赤くなった顔を手であおぐ。


「ちゃんと部屋入る前にノックしたよな?」


 声かけもした。

 けど何も反応がなかったんだ。


 いや言い訳してどうすんだ。ああ、もう! 


「は、入っていいよ……」


「お、おお」


 頬を上気させた美鶴が気恥ずかしそうに言う。


 居た堪れない空気の中。

 俺は美鶴が用意してくれたクッションの上に腰を下ろす。


「えっと、ごめん……なさい」


「うん……」


「でも俺、なんていうかちゃんと必要なプロセスは踏んでなかった? でも何も反応がなかったから入ったっていうか……なんていうか」


「言い訳するんだ?」


 俺の目を覗き込んでくる美鶴。


 言い訳というか、俺の過失ではないと訴えたいだけなんだけど。

 とはいえ見てしまったものは見てしまった。少し口を噤むか……。


「私、すごく恥ずかしい。もう街歩けない」


「それは大袈裟なんじゃ」


「は?」


「なんでもないです申し訳ありません!」


 俺は深々と頭を下げる。


「ねえ、なっくん。どう責任取ってくれるの?」


「って言われても俺にはどうすることも……」


 下着姿を見られて嫌な思いをしたのは美鶴だ。

 俺にも言い分はあるが、贖罪する方法があるなら行いたい。


 でも、一体どうすれば──。


「私のことカノジョにすればいいでしょ」


「は?」


「彼氏に恥ずかしいところ見られるなら、私も別に許せると思うし」


「いや美鶴には彼氏いるだろ」


 他校の彼氏が美鶴にはいるはずだ。


「それはこの前に別れた。だから問題ないでしょ」


「そうなのか。でも、それはお互いに不利益が生じると思う。美鶴は俺なんか彼氏にしたくないだろうし、俺も美鶴と付き合いたくない」


「……っ。そんなハッキリいう必要ある⁉︎」


 涙目になる美鶴。


 ただ実際問題、俺の言っている通りだからな。

 美鶴は日常的に俺を馬鹿にしていた。見下している男と付き合いたいとは微塵も思っていないだろう。俺も、常々馬鹿にしてきた幼馴染と付き合いたいとは思わない。


「なら一体どうやって責任取ってくれるわけ?」


「俺が実現可能な範囲で一つ言うこと聞くってのは、どう……ですか?」


 俺は弱々しく提案する。


 美鶴は顎先に手をやると少し黙考した。


「私の言うこと一つ聞いてくれるってこと?」


「ま、まぁ俺ができる範囲でだけど……」


 マンションを購入とか、祝日を増やせとか、俺の力では土台無理なお願いをされても叶えられない。


 美鶴は微かに頬を上げる。

 前のめりになって俺と目線を合わせてきた。



「だったら今すぐ紬と別れて。そしたらさっきのこと水に流してあげる」

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