妹扱いしないでください
「ナツ先輩ーっ」
放課後。
教室の前扉から俺を呼ぶ声が飛んできた。
オレンジブラウンのふんわりウェーブのかかったボブ。
美鶴を美人系だとすれば、紬ちゃんは可愛い系だ。校内でも有数の美少女である彼女は人一倍注目を集めやすい。
俺と紬ちゃんが付き合っていると噂が立つのは時間の問題だな。
「ねえ待ってよ」
荷物を持って立ち上がる。
すると背後から制服の袖を掴まれた。
「今朝は紬と一緒に登校したでしょ。だからなんていうか、帰りは姉の私の番じゃない?」
「なに言ってんのかわかんないんだけど」
意味のわからないことを言い出す美鶴。
「ほ、ほんと理解力ないよね。今朝は紬と二人で登校してたでしょ?」
「ああ」
「だから次は私の番だっていう……」
「なんだそりゃ」
どうして順番に帰らないといけないのやら。
それに美鶴と一緒に帰ったところで、あれこれと嫌な事を言われるのは目に見えている。
「俺は紬ちゃんと帰る。邪魔しないで」
「じゃ、邪魔……」
俺はスクールバッグを背負い直すと、紬ちゃんの元に向かった。
「お姉ちゃんと何話してたんですか?」
「何って言うか、帰りは私の番だとかなんとか」
「どういうことですかそれ……」
「俺にもよくわからん」
そもそも美鶴には、超絶イケメンで、文武両道。生徒会長まで勤め上げる完璧超人の彼氏がいるはずだ。
不用意に俺と一緒にいる時間を作らない方がいいと思うけど。
「妹に先に彼氏ができたのがよほど気に食わないですかね」
「いや、美鶴には彼氏いるだろ」
「いませんよ。お姉ちゃんしょっちゅう告白はされてますけど、誰とも付き合った事はないです」
「嘘だ。俺は本人から直接聞いたぞ?」
自慢げに教えられたものだ。
そもそもの大前提として、美鶴自身に恋愛経験がないなら俺のことを馬鹿にする道理がない。
紬ちゃんは顎に手をやると、消えそうな声で呟く。
「お姉ちゃん、なんでそんな嘘吐いたんだろ……」
「ん?」
「いえ、なんでもないですなんでもないです! じゃあ多分ウチが知らないだけですね! 帰りましょうか!」
「あ、おう」
紬ちゃんは人前でも臆することなく俺の腕に絡んでくる。
周囲からスコールのような視線を浴びながら、俺たちは帰途に就いたのだった。
★
母さんと父さんが同時期に出張に行くことになり、近頃の俺は一人暮らしを余儀なくされていた。しかし、家事も炊事もてんで出来ないため、我が家は酷い有り様だ。
「ナツ先輩はもう少し生活力を身につけた方がいいですね」
「面目ないです……」
大量に溜まった洗い物を手際よく消化する紬ちゃん。
昨日、俺が一人暮らししていることを知ってからというもの、紬ちゃんが色々とお世話を焼いてくれている。
今朝だって、寝坊癖のある俺を起こしにきてくれた上、朝食まで振舞ってくれた。
「なにか俺にも手伝えることあるかな」
「じゃあコッチ来てください」
俺はそそくさと紬ちゃんの隣に向かう。
「ウチが洗い終えた食器をそこのタオルで拭いてってください」
「わかった」
タオルをスタンバイすると、次から次へと食器が渡される。水気を取るくらいの単純作業なら造作もないな。
「ふふっ、こうやって一緒に家事してると新婚さんみたいですね」
「そうかな」
「ホントに結婚しちゃいますか?」
「からかうなって」
「…………」
「どうかした?」
ピタリと紬ちゃんの手が止まり、俺は小首を傾げる。
紬ちゃんはいつになく真剣な顔つきで、不安げに問いかけてきた。
「ナツ先輩ってウチのことどう思ってるんですか……?」
「どうって、急に言われてもな……妹みたいな感じ?」
「お姉ちゃんのことは?」
「幼馴染」
紬ちゃんは下唇を軽く噛むと俯き加減に呟く。
「……なら、ウチも幼馴染でいいじゃないですか」
「ごめん、なんて言った?」
ジャーッと流れる水の音にかき消され、紬ちゃんの声が上手く聞き取れない。
「いえ、なんでもないです。てか、フリとはいえウチとナツ先輩は付き合ってるんですからね? ウチのこといつまでも妹扱いしないでください。いいですか?」
「お、おう。善処するよ」
グイッと顔を近づけてくる紬ちゃん。
その気迫に気圧されつつ、俺は紬ちゃんと一緒に洗い物を済ませるのだった。
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