あとで痛い目に遭うんだからね!

「ね? やっぱりウチの言った通り、お姉ちゃん待ち伏せしてましたよね?」


 信号待ちをしている最中。

 紬ちゃんが誇らしげに口火を切った。


 今朝の展開は紬ちゃんが予め想定していたものだった。おかげで冷静に対処することができたけど、どうして美鶴の動きを読めたんだろうか。


「ああ。でもよくわかったね」


「それはなんというか、妹の勘が働いたといいますか」


 妹の勘、か。意外と侮れないな。


 紬ちゃんは俺との距離をグッと縮めてくる。


「て、てか、もう美鶴いないんだし離れてもいいんじゃない、かな?」


「む。ナツ先輩は危機感がないですね。そういった油断に足を掬われるんです。ウチと付き合ってるのが演技だってバレたら振り出しだってわかってます?」


「でも、紬ちゃんに悪いよ。このままだと俺なんかと付き合ってるって学校の人に誤解されかねない」


「もう、ナツ先輩はお姉ちゃんに自己肯定感下げられすぎですね」


「え?」


「ウチは周りに誤解されたって気にしません。大体、他に好きな人いたらナツ先輩の恋人役を買って出たりしませんからね。安心してウチと恋人のフリを続けてください!」


 紬ちゃんはふわりと微笑む。


 不思議なくらい、その言葉は俺の胸にストンと降りてきた。

 いつも美鶴には酷いこと言われてきたからな。姉妹でどうしてこうも違うのやら。


「それにほら後ろ見てください」


「後ろ?」


 電柱の影から感じる強い視線。

 目を凝らせば美鶴がそこにいた。


「お姉ちゃんに尾行されてますから恋人のフリは徹底したほうがいいです」


「気づかなかった。ったく、何が目的なんだよ」


「ウチとナツ先輩のこと疑ってるんだと思います。だから、ちゃんと恋人らしくしましょうね」


「わ、わかった」


 信号が青に切り替わる。

 紬ちゃんの協力を無駄にするわけにいかない。


 噂が立つのを覚悟で、俺たちは密着しながら学校へと向かった。



 ★



 教室。

 ぽちぽちとスマホを触っていると、教室内にどよめきが走った。


 美鶴がこの世の終わりでも見たような顔で登校してきたからだ。


 クラスメイトに「大丈夫?」と心配されると、「あーうん大丈夫大丈夫」と空返事をしている。


 見下していた俺に恋人ができたことが余程ショックだったのか? 

 早くカノジョ作れって言ってたのは美鶴だったと思うけど。


「…………」


「…………」


 普段の美鶴なら「寝癖くらい直しなよ」と文句をつけてくるが、今日は何も言ってこない。


 美鶴は、俺の一つ後ろの席に座る。大袈裟なため息をこぼし始めた。


「はぁ」


「…………」


「はあああぁ」


「…………」


「はああああああああああ」


「うるさいな」


 我慢できず、俺はぶっきら棒に指摘を飛ばす。


「う、うるさくなんかないんだけど?」


「それはコッチが決めることだろ」


「……あの、さ……紬のどこが好きなの……?」


「なんで言わなきゃいけないんだよ」


「へえ? そんなことも聞いちゃいけないんだ? それともなに? 答えられない理由でもあるわけ?」


 強気な態度で突っかかってくる美鶴。


 ここで無視するのは簡単だ。でも、余計な疑念は残さないほうがいいか。


「紬ちゃんくらい可愛かったら好きにならない方が難しい」


「顔が好みってこと? だったら紬より私の方が断然!」


 美鶴はパタリと声を堰き止める。コホンッと咳払いをしてから続けた。


「か、顔で付き合う相手を選ぶのは如何なものかって思うけどな。内面を見ないのは浅はかって言うか?」


「物心つく前から知ってんだけど……」


「うっ、そうだった! 私たち幼馴染だった⁉︎」


 今日はやけにリアクションが大きいな……。


「えーっと、そうだ。紬って結構モテるよ? 浮気されるリスク考えたらやめた方がいいんじゃない?」


「余計なお世話だ」


「それに昔買ったものを何年も使うし、安物の服ばっかで最低限の支出しかしないし……デートとかしてもお金全部払わせてくるんじゃない?」


「妹貶めて何が目的だよ。てか、浪費家より倹約家のがいいだろ」


「……っ! 私が浪費癖あるの馬鹿にしてるの⁉︎」


「会話になんねえな」


 美鶴の飛躍した解釈に呆れを覚える俺。

 黒板側に向き直ると、ツンと右肩を柔らかく小突かれた。


 気にせず無視していると、ツンツンと続け様に小突かれる。


「まだなんか用か?」


「もう少し構ってくれたっていいじゃん……」


「はあ?」


「な、なんてね。幼馴染だからしょうがなくアドバイスしてあげたのに、もう知らないから! 絶対あとで痛い目に遭うんだからね!」


 ムスッとした態度で唇を尖らせる美鶴。

 俺はフツフツと苛立ちを宿らせながらも、気持ちを鎮めることに注力するのだった。

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