邪魔しないで、お姉ちゃん
俺──
そんな俺だが、恋人役の女の子はいたりする。
昨日。
幼馴染の妹──紬ちゃんからとある提案を受けたのだ。
「ナツ先輩。ウチのことカノジョにしてみません?」
あまりに突拍子もない展開に、声も出せない俺。
そんな俺にはお構いなしに、紬ちゃんは飄々とした調子で続ける。
「いつもお姉ちゃんに酷いこと言われて、ナツ先輩がすごく不憫に感じるんです。だからウチと付き合ったことにしませんか。そしたら、お姉ちゃん何も言えなくなると思いますし」
「えぇっと……要約すると、美鶴から俺を守ってくれようとしてるのか?」
「はい、そんな感じです」
「あ、焦ったぁ……」
ホッと胸を撫で下ろす俺。
「もしかして、本気の告白だと勘違いしちゃいました?」
「いきなりあんな言い方されたら誰だってするだろ……」
「あはは。まあ、ナツ先輩がどうしてもって言うなら正式に恋人になってあげてもいいですけど?」
紬ちゃんは両手を後ろで組んで、覗き込むようにして目を合わせてくる。
「からかうなよ。でもありがと。正直、すげー助かる」
事あるごとに俺を馬鹿にしてくる幼馴染の美鶴。
特に、恋人いない弄りは度を超えており、俺の精神は日々磨耗していった。
いい加減、美鶴との接し方を考え直そうと思っていた。そんな矢先の紬ちゃんからの提案。断る理由が見つからなかった。
「お言葉に甘えて、俺のカノジョ役やってもらっていい?」
「はいっ! じゃあ、早速ですけど、今からお姉ちゃんにウチと付き合い始めたこと伝えてきてください!」
「い、今から?」
「善は急げです!」
「そ、そうだな。わかった」
紬ちゃんがトンッと俺の背中を押してくる。
かくして俺は、幼馴染に馬鹿にされる現状を打破することができたのだった。
……とまあ、これが昨日あったことの全容だ。
そしてこれからは平穏な生活を送れるはずだったのだけど。
「お……おはよ。なっくん」
今朝。
美鶴が俺のことを待ち伏せしていた。
腰まで届くスラリと伸びた赤茶色の髪。
いつになくぎこちない笑顔を浮かべている。
「そんなとこでなにしてるんだ?」
「ど、どうせ同じ学校行くわけだしさ、一緒に行ってあげようかなって。ほら、あんまり女っ気がないと変な噂立つかもじゃん? 幼馴染として仕方なく一肌脱いであげるわよ。あはは、私ってば優しすぎかな」
「昨日伝えた通り、紬ちゃんと付き合ってる。余計なお世話だよ」
「その紬は一足先に学校行ったけど? 家すぐ近くなのに先に行くとかホントに恋人なわけ? なっくんが勘違いしてるだけで、実は付き合ってなんかないんじゃない?」
喧嘩腰な態度で突っかかってくる美鶴。
すると背後から、スタスタと足音が駆け寄ってきた。
「あれ? お姉ちゃんなにしてるの?」
「つ、紬⁉︎ どうして紬が……」
ウチの玄関から出てきた紬ちゃんを見て、美鶴は驚嘆に喘ぐ。
「だってウチ、ナツ先輩のカノジョだし」
「説明になってないから⁉︎ てか朝練があるって言ってたでしょ⁉︎」
「あー、あれ嘘。ナツ先輩の家で朝ごはん作ってるのバレたらパパが怒りそうだし」
「朝ごはん……? なんで紬がなっくんの朝ごはん作るの……?」
美鶴は、パクパクと金魚みたいに口を開け閉めする。
「今、おばさんもおじさんも出張で家開けててナツ先輩一人なんだよ。お姉ちゃん知らないの?」
「なに、それ……そんなの聞いてない! どういうこと⁉︎」
美鶴は俺の制服を掴んでくる。
「わざわざ美鶴に教えることじゃないだろ」
「教えてくれたっていいじゃん⁉︎ そしたら私だって朝起こしに行ったりとか、ご飯作ってあげたりとか出来たし!」
「頼んでない」
「……っ!」
言葉に詰まり、美鶴は身体をわなつかせる。
その隙を見て、紬ちゃんが俺の左腕に絡んできた。
「じゃ、お姉ちゃん先に行くね。行きましょ、ナツ先輩♪」
「待ってよ! それなら私も一緒に!」
「恋人の時間なんだから邪魔しないで、お姉ちゃん」
「じゃ、邪魔……」
美鶴は頬を歪めて愕然とする。
そんな美鶴を横目に、俺と紬ちゃんは一足先に通学路に就いたのだった。
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