かみやどり 心の中に神様をお迎えしよう

ronre

第1話

心の中に、神様をお迎えしたい。

いつも心の中に神様がいれば、どんな困難でも耐えることができる。

私はふと、そう思ったのだった。


楽しくないことを言われて、悲しい気持ちになったり。

辛いことを押し付けられて、ぎしぎし胸が痛んだり。

誰かと自分を比べてしまって、見上げたり見下げたり一喜一憂、そんな自分に嫌になったり。

神様が心の中に住んでさえいれば、そんなことせず生きていけそうな気がする。


だってそうでしょ。

神様が心の中に居れば、悲しい気持ちになってもゼロ距離ですがれる。

神様が心の中から見てくれてさえいれば、辛いことだって支えになってくれる。

神様を住まわせてること以上に良いことなんてないんだから、自分と誰かと比べることなんてない。


思い立ったら吉日だ。

さっそく私は地元のさびれた図書館にこもって、住んでくれそうな神様を探した。

五冊、十冊、紙の束みたいな古い本を漁って、探して探して探した。

そして次の日、学校をさぼって駅へと駆け込み、県を二つまたいだご当地ローカル線、人があんまり止まらなそうな無人駅で降り、藪しかないような山の中に入って、階段なのか、それともただの石だらけの斜面なのか良く分からないところを登って、一回転んですりむいて、それでも登って登って。

――人の心に賃貸条件で住んでくれる神様がいるという秘境の神社の鳥居を私はくぐったのだった。


「か、神様ぁ……! 神様いらっしゃいますか……! 住宅の内見を、していただきたいんですけど……」


やどかり神社、と呼ばれているらしい。

閑散としたその境内に、私のせいいっぱいの大きさの声が広がってむなしく消える。

さ、さすがに秘境すぎるなあ。すごい勢いで私は不安になってきた。

ここに至る道のりから想像は付いていたけれど、雑草だらけでぼろぼろの境内だ。

本当に境内なのかもあまり分からない。

鳥居をくぐったのでここが境内だと思うのだけれど。なにもない。社のようなものが見当たらない。

土肌が大部分露出している石畳の空間、並んだ石灯篭があるだけで、その奥や周囲は、藪、森、茂み。


「うう……お賽銭箱くらいはあるものと思って、お年玉全部もってきたのにぃ」

「社はないに決まっている。社があったら、そこに住めばいいのだから」


嘆いた私の横から、頭の中に響く声がした。


「ひゃ!?」

「宿を借りるからやどかり神社、宿り神なのだ。遠路はるばるご苦労だったな、人の戸(ひとのこ)よ」


すぐ横の石灯篭の、本来は灯を灯すところに、神様がちょこんと居た。

名前通りの、お姿――貝を背負っていないヤドカリそのもののお姿で。

その小さな目と目が合うと、とたんに、見透かされているような気持ちになって、


「ほうほう。ほうほうほう」

「なななな、なんですか……!? いきなりにやにや笑っていらっしゃいますけども……」

「なに、大したことではない。神を宿そうなどと身の程知らずな考えで、こんな忘れられた神社にたどり着くなど、なかなか面白い人の戸だと思ってな」


早速、神様らしいことを言い始めるヤドカリさま。

とりあえず第一印象は、悪くないみたいだ。ほっと胸をなでおろす。

神様にまで嫌われたらいよいよこの世に生まれたことを後悔していたかもしれなかった。


「外観はきちんと磨いているな。肉はたるんではおらず、さりとてみすぼらしく痩せてもおらず。

 藪を通ってぼさついているが、頭髪の手入れもできておる。化粧も自分を良く見せるだけの適切な載せ方ができている。神頼みをしに来るような者はこういうところがきちんとしておらんことが多いが、まずは整えてきたようで好印象」

「あ、ありがとうございます……」

「だが、急ごしらえの塗り壁の隙間から、ひび割れた内面が覗いているぞ」


びく、と心臓が跳ねた。

褒めて落とすタイプの神様なのでいらっしゃいますか?


「まあ、まずは内見と行こうか。細かい話は、その後だな。賃貸条件は調べ終えているな?」

「あ、はい……」

「あくまで神が人の戸を気に入ればだが。

 神が一年、住まう条件。

 一括先払い、寿命三十年を家主が神に払うこと。

 ……一切値切りは通用せぬからな?

 それだけの供物を捧げてまで神を望む人の戸よ、その心の内、見せてもらおう」

「――お、お願いします」


私が承諾の言葉を口にするが早いか、ヤドカリさまが石灯籠の中から跳ねて、私の胸辺りに飛んできて。

そしてそのまま、ちゃぷん。と。

私の中へと這入りこんでいった。


「あ――」


その光景を認めた瞬間、私の意識は遠のく。

人ならざる異物を受け入れることは、青天の霹靂にも近いショックを私の心に与えたようだった。


ああ、頼みます神様。

私を気に入ってください。

私に住んでください。

私のこころを――見てください。


神様による住宅の内見に想いを馳せながら、私は意識を手放したのだった。



🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠



人は家を内見しに行くが、神であれば家の方から内見されにやってくる。

古来よりそういうものだ。

神はちゃぷりと心へ入り、人の戸の玄関に立っていた。


玄関は茨のような黒い棘で覆いつくされている。

扉には大きく「死ね」の二文字が書いてある。油性マジックの殴り書きで。


「……ま、本人の言葉とは裏腹だが、歓迎の心ではないな。

 目を見た段階で分かっていたことだが」


心の玄関は他人を受け入れる心の現れである。

玄関のサイズは普通程度だが、この風景から、この人の戸が他人から心を閉ざしていることがわかる。

扉の文字は他者から言われた言葉なのか、自分で描いた文字なのか。どちらにせよ尋常ではない。

神は手を伸ばし、黒い茨をすっと掴むと、力を籠める。


「通るぞ」


引きちぎる。掴んで引きちぎる。掴んで引きちぎる。

神であればこの程度はたやすいことだ。扉には鍵がかかっているが蹴破って中に入る。

一般的な土間が現れ、リビングルームへの通路が続いていた。

靴を脱ぎ、廊下を歩く。リビングルームの扉に手を掛ける。

硬い。

開かない。


「……」


神は直感で理解した。想像できていない――創造できていないのだ。この家にはリビングがない。

家族が暮らす空間そのものが存在していない。

これは、なんだ。どれだけ温もりを与えられていなければこうなる。


「なかなか重症だな」


リビングが無ければ当然キッチンもない。ベランダもなければ、広めの寝室や和室なんかもないだろう。

住宅としては破綻しているな。

神はそう独り言ち、仕方なく引き返し、途中の横の扉へ手を掛ける。

ネームプレートがかかった個人部屋。おそらくあの人の戸の部屋であろう。

こちらは、重くはあるが開けられそうだった。

ぎい。


典型的な子供部屋といった様子の部屋が現れる。

学習机、小さなベッド、教科書と漫画の本棚、衣装棚。

そして部屋の中央には――濡れた学生鞄。引き裂かれた制服。汚物で汚れた運動靴。破り捨てられた何かの本に、画面が壊れたスマートフォン。

投げつけられて割れた花瓶。粗野な落書きで塗りつぶされた写真。エトセトラ、エトセトラ、エトセトラ。

人の戸が生活を加害された証のようなものがうず高く積まれていて。


その頂上には幼子が座っていた。

小さくなった、人の戸だ。


「ふむ。案内人か」

「わたしは……この家は、いい戸ではないです」


その戸は、枯れたような声でぽとぽとと説明を始めた。


「見ての通りで、虐められています。

 原因は、よく覚えていません。

 もしかしたら大したことないことだったのかも。

 でも、たぶん私が悪いんです。

 ずっと仲良かった子たちからでした。

 いきなり、ライングループ、追放されて。

 次の日朝来たら、机の上に花が生けられてて。

 みんな笑ってて……助けてくれる人なんていなくて。

 あとは何が何だかわからないうちに、こういう感じになっちゃいました。

 一回なっちゃったら戻ることってなくて。

 そういう扱いしてもいいキャラって雰囲気で。

 親とかに相談したくても、親も共働きで夜遅くてそもそもそんなに話さないし。

 たまにこそこそっと二人とも別の人に会いに行ってるの、バレバレだし。

 抱え込むしかなくて、でも抱えきれないし、毎日泣くしか出来なかった。

 ……でも別に、このくらいありふれた話かなって思いもあるんです。

 最初こそ、こんな、直接私物をぐちゃぐちゃにされるとか、囲んで笑いものにするとかされてたけど、

 だんだんみんな飽きてきて。

 私で遊ぶの終わり! みたいな。

 でも仲を戻すのも違うしなみたいな感じで、最近はただただ雑な扱いされるんです。

 無視を決め込むわけでも、過激にぶつかってくるでもない、

 ああ、うん、まあそこに居るね、って感じ。

 だれもかれも私を心の中に入れてくれないんです。

 内見しなきゃ、何がだめなのかもわからないのに……。

 だから、だから、世間には、虐められまくって自殺しちゃう子とかもいるらしいけど、そこまでには――今のところなってないんです。

 でも怖くて。

 また何かの拍子に、再燃したら。

 今度こそ、この家ごと燃やされるんじゃないかって。不安で不安で、考えたら眠れなくて、

 神様、神様じゃなくてもいいんです、誰かが私の心の中に居てくれないと、もうだめなんです」


ぐしゃり、と音を立ててゴミと化した私物の塔がくずれた。

バランスを崩した幼子が、神の方へと倒れ込む。

神は助けない。

まだ住むと決めていない戸の私物に不用意に触ることは内見のルールから外れている。

あくまでまだ、見るだけだ。


神は幼子を避け、

頭から思い切り床に幼子は叩きつけられ、しかし悲鳴は上げなかった。

その姿を見ながら、神は問うた。


「人の戸よ。

 神を住まわせて、それだけか?

 そんな目にあっておいて、見返してやろうとはしないのか?

 はっきり言って、これは相当酷い。

 確かに世間には、ある程度ありふれている境遇だろうが、

 だからと言って素通ししてしまえば、なにも報いがないぞ。

 耐えて、耐えて、現状に我慢した結果がこの戸であろう。

 この家は狭すぎる。もっと広げるべきだ。

 直喩するなら――もう少し我儘になってもいい状態だ」

「あとちょうど一年で卒業なんです」


神の問い掛けに幼子は間髪入れず答えた。

語気が、少しだけ強くなっている。


「みんなに悪いことが起こればいいのにとか、思わないこともないですけど。

 いや、反抗しない私が弱いのかもしれないんですけど。

 やっぱり、それもなんか違うなって気がしてて。

 上手く言えないけど……こういう、雰囲気で作られちゃったものって、

 明確に悪い人っていなくて、みんなにとっては大人になれば忘れちゃうような、

 大したことないことなんだろうなって感じるんです。

 だから、私も、大したことなかったことにしたいんです。

 私――家を広げるのは、卒業してからにするって決めたんです」


そこには、神を住まわせに一直線にここまで向かってこれるだけの、決意の強さがあった。

すでにこの戸は自分の気持ちには、折り合いを付けている。


「だから今は、こんな居心地の家で、本当に申し訳ないと思います。

 それでも、生き抜くために神様が必要なんです。お願いします……お願い、します」


うやうやしく首を垂れる戸に、神はため息をついた。

まったく。

今にも折れそうな程に震えているのに、この戸は誰も傷つけずに終わらせようとしている。

そのために命を文字通り削ってまで、神頼み。

しかも何をお願いするかと言えば、ただ心の中で見守ってくれさえすればいい、ときたか。


「ここまでくると逆に我儘、だな」

「え……」

「気に入った。その一年、この神を宿らせることを許そう。手狭な戸だが、石灯籠よりは良い」

「……!!」

「ただし、少しだけ契約内容に変更点を加えよう。人の戸よ。クラスの人数は何人だ?」

「え……? さ、三十一人ですけど……」

「ほうほう」


キョトンとした顔の幼子に、神は微笑んだ。


「それはそれは。ちょうどいいではないか」



🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠



――最近、神住に近づくと、なにか気分が悪くなる。

なんだろう、なんというか、寿命を縮められているかのような。

ふっと何かを抜かれてしまっているような、そんな感覚に陥る気がする。


神住は少し前まで、クラスの女子グループに酷くいじめられていた。

理由は知らないが止めるやつもいなかったので、ただただクラスの気が重くなるやつだった。

いまは少し落ち着いて、ただ気まずい雰囲気だけが残っている。

なんともいえない嫌な話で、もうみんなさっさと卒業して忘れてしまいたい話だった。


神住に近づくと変な気分になる件、隣の席の奴と話してみたが、同じことを思っていたらしい。

もしかしたら、クラス全員同じ現象を感じているのかもしれない。

といっても前述のとおり神住は触れにくい存在になっているので、自分から近づくやつはいない。

たまたま近くを通ったときとかになんとなく感じるような気がするだけだ。

別に気を失うわけでも、吐き気がするわけでもなく、ただ気分が悪くなるだけ――。

今の神住の扱いと同じで絶妙に触れにくい話題なので、大っぴらに話すわけにもいかなかった。


そうしてさらにいっそう、神住の近くには寄りがたくなり……。

そのまま卒業式の日が来た。


「おい」


卒業式の帰り道、

それでも俺はどうしても気になって、神住に声を掛けてみてしまった。


「神住、お前この一年……俺たちに何かしたか?」


桜の舞い散る中。

校門から出て帰路へ着こうとしていた神住に後ろから声を掛けた。


――神住は、振り返らずに立ち止まって、少しだけ笑ってこう言った。


「何もしてないよ、私は。

 しいて言うなら、罰金、かな?」

「罰金?」

「薄めたら、大したことない時間だから。

 気にしないで生きていきなよ。じゃあ、さよなら」


そうして早足で掛けていった。

罰金? 俺たちは、何を払わされたんだ?

考える間もなく、神住はもうそこから居なくなっていた。


それから、神住を見たものは居ない。

この町にいたら居心地が悪かっただろうし、どこか遠くへ行ってしまったのかもしれない。


あるいは神様にでも気に入られて、神隠しにでもあったのかもしれないが。


どのようなその後だったとしても、俺たちには知る由もない話だ。




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