3.エンヴィキャット/後編
「ま、ハンドルネームが『シバリエ』って時点で大体どんな奴か察しが付くけどね」
「は? 何か意味あんのこの名前」
「フランス語で『騎士』って意味よ」
「おぉ~流石歩くバイリンガル自動翻訳機」
「
「海外語で罵倒された」
つまるところ殺して欲しい三人の内の二人目について要約すると「過激で面倒なファンだから始末して欲しい」ということに間違いはないだろう。
今の時代ネット絡みの問題ならある程度警察が許容してくれそうなものだが、一体何がお気に召さなかったのだろうか。
「せめて顔くらいはわからないの? 暴行事件までやってるって掴んだってことは、どこかしらからそういう情報が出たってことでしょうし」
「ん-まぁ、一応写真は確保した。ほれ」
トウマは袋に入った写真を取り出してアリスへと渡した。
こういう状態で写真を扱うのは情報屋の特徴だ。きっと買ってきたのだろう。
「そのノノ絡みで言えばネット上でも悪評高い奴で、恨みもちらほら買ってるらしい。問題は恨みを持ってる奴らも俺みたいに特定が出来ないんで、皆地団駄踏んでるって感じ」
「……そう、コイツが」
「? 何、知ってる顔?」
写真には意外な人物が映っており、アリスはしばし固まった。
ここで普通の人間なら「まさかこの人が、そんな酷いことを?」と驚くだろうが、アリスは少し意外に思いつつも「まぁそういう一面もあるか」で済ませてしまう。
殺し屋という仕事において、驚きが一番遠い感情かもしれない。
「わかった、とりあえずこのシバリエについてはどうとでもなるわ。次、三人目」
「闇ブローカーの『ナンバー』。……こいつがよぉ~~~~~!」
三人目の話になるや否や、トウマはボサボサ頭を更にかき乱して額を机にゴツンッと打ち付けた。
とんでもない音が鳴ったが、今店内にはアリスたちだけしかいない。
周囲を気にする必要がなくてよかったとアリスはトウマを一瞥もしなかった。
「こっちの方が職業までわかってるんだから特定簡単でしょ」
「簡単に言ってくれんな……人の苦労も知らねーで」
「なんでも出来るのがあんたじゃない」
「なんでも出来る奴ってのはつまり、何にも特化はしてないってことなんだよ……」
机に伏せたまま不貞腐れるトウマを見下ろしていると、スタッフのチャイナ少女が再び現れた。
ドリンクとお通しらしき小皿がいくつか配膳される。
「どうしたのトウマくん、元気ないじゃ~ん。強くてかっこいい妹さんにKOされちゃった?」
「……現実にKOされました」
「ふ~ん。あ、妹さんこれあたしからのサービスね、かわいいでしょ~工芸茶っていうんだよ!」
ガラスのポットの中で花が開いているお茶が運ばれ、小さな茶器にまずは一杯どうぞと茶が注がれる。
ずっと何の飲食店かわからずにいたが、チャイナ服を着ている通りどうやらここは中華屋らしい。
お茶からはライチの香りが立ち上った。
「あたし特性のブレンドだから美味しいよ~? これ飲んでお仕事頑張ってね。ご飯はもう少ししたら持ってくるから~」
それだけ言うと少女はひらひらと片手を振りながらまた店の奥へと消えていった。
お茶を出すタイミングからして、随分と気の利く接客をするようだ。
腐っていたトウマも出された茶が冷めぬうちにとなんとか体を起こして一杯飲み干すと、気を取り直して三人目の話を始める。
「……こいつ、『ナンバー』っていうのが名義。本名・性別・素性ともに全て不詳。一応してることは闇ブローカーだが、仕事の質はまちまち」
「調べても何も出てこなかったの?」
「業界歴二十年以上ってことはわかったんだが、やってることが小物過ぎて誰の気にも留まんねぇよこんな奴、雑魚中の雑魚。なんでクライアントがこんな小物を消して欲しいかすら俺にはわかんねぇ」
本名はわからない、通称「ナンバー」という人物。
トウマの言う通りやっていることは闇ブローカー、すなわち表立てない裏の世界で人と人の間を取り持って売買をしている者らしい。
だが人身売買や薬物、銃火器と言った大きなヤマは扱わないらしく、やっていることのほとんどは小銭稼ぎ程度の所業だ。
「あるAという人物が欲しいといった物を別のBという人物が所持しているのを見つけて、交渉し、Bから買い取りAへと売りつける……。まぁその仲介料が儲けになるんでしょうけど、なにこれ最初期なんてやってることただの転売ヤーじゃない」
「そう、だからこいつを殺すのは絶対だ。転売ヤーは総じて滅ぼさなくてはならない。が」
(私情……)
「ここ数年の売買記録がな、コレ」
トウマが指した売買記録のリストは、ある年を境に情報系ばかりの売り買い記録になっていた。
この人を探しています。
この人の学生時代の情報を求めています。
この人の恋人の情報が欲しいです、等々……。
情報社会に順応した頭の良い方向転換ではあるが、こういったものがストーカー問題を助長させているんだなと思うと何とも言いきれない気持ちになる。
つまりそれはアリスたちの仕事が増える一助にはなるが、人としてあまり喜びたくないことだ。
「今の時代、情報の方が稼げるとやっと気付いたってこと?」
「真意はわかんねぇけど、ここ。最後の記録が問題」
「?」
売買記録の一番下のリスト、直近で売った情報についての記載をトウマは指差す。
この手のリストは情報屋から買うか自分で対象のパソコン等にクラッキングしてデータを抜いたりするのがメジャーなため、仔細情報までわからないことは多い。
だからこのリストも売買した情報のタイトルと、取引した日時のみが記載されているのだが、アリスは指差された先の文字を見て目を疑った。
――Lilly/2021.02
ナンバーが顧客から依頼されて売ったであろう最後の情報のタイトルは「二〇二一年.二月/リリィ」。
アリスたちの妹、“リリィ”は三年前の二月の仕事中に命を落とした。
「どういうこと……? どうして、あの子の名前がここに」
「さあな、ただこの取引後から『ナンバー』はぱったりと仕事をしていない。何があったかは不明、軽くさらっても何も出て来やしなかった」
お手上げと言わんばかりにトウマは両手を上げて肩を竦めたが、アリスの視線はリストに釘付けだった。
このナンバーという人物は妹のことを知っているのか。
どのようにして死んだか知っているのか?
いやそれよりもこのナンバーに妹の情報提供の依頼をした客は何者か。
妹もこの世界では名の知れた殺し屋だ。殺し屋の情報提供をそこらのブローカーに依頼するなんて気が知れない。
いや、そんなことよりもまず考えなくてはならないことがある。
――どうしてあの女子高生、姫崎は。妹と接点のあるブローカーの殺しをわざわざ“私”にしたのか、ということだ。
彼女は何か知っているのか? それともただの、とんでもない確率の偶然?
偶然にしては出来過ぎている、都合が良すぎる、これではまるで私に復讐をさせたいと言っているようなものだ。
もし仮にそうだとしたら、……一体誰が?
頭の中で様々な考えや仮説が錯綜する。
思考に集中し過ぎたせいか、無意識に止まっていた呼吸をトウマが指摘するとアリスは落ち着くためにも深呼吸をした。
「……どうなってるの?」
「だから、俺にはわからん」
その言葉以外を見つけることは出来ず、二人はしばし口を閉ざしたままリストの「Lilly」という文字を見つめていた。
####
結局三人目「ナンバー」についてそれ以上の情報はわからず、アリスたちは食事を済ませると駅前へと移動した。
情報共有を終えたのでトウマは次の仕事へと向かうとのこと。
「またなんかわかったら連絡するわー。俺も流石に気になるし」
「えぇ、お願いね」
「……今まで口出ししないようにしてたけど、アリス」
「?」
トウマに呼ばれてアリスは顔を上げた。
そこには長年見慣れた顔があり、言葉を発さずとも何が言いたいかなんて嫌でもわかる。
胸を刺すような動揺がアリスを襲った。
「リリィのことにいつまでも引っ張られんなよ」
「……わかってるわよ。いつまでも引きずってるのは私だけだって」
「あぁその通り、んなこと考える暇があったら世の為にも仕事しろ仕事。片付けなきゃいけねぇゴミはごまんといんだ」
そう、けじめをつけるために帰って来て、新たな仕事を受けたのだ。
その決意が揺らいでいるわけではないのに、どうも感情が先走ってしまう。
トウマの首にかかるネックレスが目に入り、アリスは自分の首にかかる二つのネックレスへ無意識に手が伸びた。
「あともうひとつ」
「……何」
「いつからお前、悪魔の羽根なんて生えたんだ?」
「……はあ?」
いったい何のことだと伏せていた視線を上げると、トウマは呆れた顔でアリスの背後を指さしていた。
その視線の先、後ろへ振り替えるとそこにいたのはぴたりと自分にくっついている姫崎の姿が。
いつの間に忍び寄っていたのか、全く気が付かなかった。
「何でここにいるのよ」
「何でと言われましても、ボクはお仕事の帰りなだけですよオネーさん。そんなことよりもですよ、ボクに紹介すべき人がいるんじゃないですかねえ?」
「何よその喋り方、似合ってないわよ」
「あぁ、そのガキがクライアントか。やっぱ高校生ってガキだな」
姫崎の姿をつま先から頭のてっぺんまで確認して、トウマはそう吐き捨てた。
ブチリ、という何かが切れた音が聞こえた気がする。
「初対面の女子高生を『ガキ』とか、オネーさんのことを『お前』だとか、ちょ~~っと口が悪いんじゃない? オニーさん?」
「身内のことをどう呼ぼうと俺の勝手だろ、赤の他人は黙ってろ」
姫崎の堪忍袋の緒が切れた音だったらしい。
トウマの一語一句に姫崎は肩をわなわなと震わせ、トウマもまたそれを真顔で笑っている。
トウマという男は性格も表情筋もほとんど動かない無頓着な男だが、決して様々なことに無関心なわけではない。
このようにして大人げなくもか弱い少女をからかいマウントをとることもまた、顔に出ないだけで楽しんでいるのだ。
その光景を見て、アリスは始まったと短くため息を吐く。
「身内だからって粗暴なのはどーかと思うけどね~~? オニーさんそんなのでモテるの? モテないでしょそんなの、デリカシーなさそうだし!」
「別にモテたいと思ったことはねーし、大好きなオネーさんが兄貴と仲良く飯食ってたのに嫉妬するお前も大概だろ、みみっちい」
「うるさーーーい! オネーさんに悪影響!」
「なんだコイツ、お前のこと聖女かなんかだと思ってんの?」
「それはないわよ、ほぼ目の前で一人目片付けてるんだし。っていうかあなた、ひっつくのやめなさい」
「やめない!!!!! 今オネーさんと契約してるのはボクだもん! 契約終わるまではボクのボディーガードでしょ!?」
(ボディーガードを別の何かと履き違えてない?)
まぁこの状況からして自分の味方をしろと姫崎は言いたいのだろう。
このまま何分も何時間もくだらない言い争いに巻き込まれるわけにはいかないなと、アリスは先手をとって切り出した。
「とりあえず、三人目については私の方も出来る限り調べるわ。あまり自由な時間はないけど」
「時間があってもお前そういうの下手くそじゃん。俺が進めとくからお前は二人目に集中しろ、“殺しのアリス”」
「……」
難しい顔をして返す言葉が見つからないでいると、先にトウマが踵を返した。
仕事は仕事とわかってはいるものの、妹に関する情報が今になって出てきたのだ。
そちらのことは気にせず仕事をしろと言われても、もどかしいばかりじゃないかとアリスは唇を嚙みしめる。
「綺麗な口紅すれちゃうよ、オネーさん」
「!」
話を聞いていたであろう姫崎は何も聞いてませんという顔で「帰ろっ」とアリスの腕を引いた。
帰宅ラッシュの時間、人並に飲まれて歩きながらアリスは自分を引っ張って歩く姫崎を見下ろす。
あなたはどうしてナンバーの殺しを依頼したの? 動機は何?
ワルモノ退治として殺しの依頼をしたいと言ってはいたけど……。
依頼を引き受ける前の最後の質問で、アリスは姫崎に「あなたは何を考えてこの依頼を?」と尋ねた。
『人を殺した人は、悪い人でしょ』
姫崎は確かにそう言っていた。
だから少女からの依頼であっても引き受けたのだ。
しかし、つまりそれは。
(この子は、ナンバーが人殺しだと認識している)
妹、リリィを殺したことを……知っている?
姫崎宅へ到着すると、アリスはトウマから聞き得た残り二人の標的の話を姫崎へ共有した。
また二人目については素性特定までいかないものの、顔がわかったので早々に始末をするということも。
それを伝えると姫崎は声を上げて感心した後、嬉しそうな顔で「よろしくね、オネーさん」と分厚い茶封筒を渡してきた。
「現金前払いね。……割と廃れてきてるわよ、この方法」
「えぇ~!? だって現金じゃなきゃ信用されなくない? イマドキの殺し屋って仮想通貨の方が好きだったりするの!?」
「人によりけりよ。まぁ私はあまりそういうのは詳しくないからアナログの方が助かるけど」
「へぇ~そーなんだ。やっぱりオネーさんって、意外性の塊って感じ」
「……嚙み砕いて」
「こ~んなキチっとしてて仕事出来る女です、キャリアウーマン、男も泣かすつえー女。……って見た感じするけど、作ってくれるご飯は男飯だし、あんまりオシャレに興味無さそうだし、調べものも苦手なの? こまごました作業が苦手? それともコツコツ机に向かうのが苦手?」
「……」
「オネーさ~~~~~ん?」
「えぇそうよ、どうせ殺しの腕しかない脳筋女よ! フィジカルさえあれば死にはしないのよ!!」
別にそこまで言ってないんだけどな~と姫崎は呑気な声を上げながら、マニキュアを塗った爪に息を吹きかけた。
しかし彼女の両手の爪は既にピンク色に彩られている。
手に持っている黒色のネイルは姫崎の爪には塗布されていない。
「どうどう? よくない? 今日撮ってきた案件動画、化粧品会社だったから新作試供品いっぱいもらっちゃってね~」
「よかったわね」
「ペディキュアならしててもとやかく言われないもんね~!」
「……じゃああなたが自分ですればよかったじゃない」
「んもう! オネーさんに似合うと思ったからやってるのに! その感想は!?」
「……いいとおもう」
「どうでもいいと思ってるんだよねーーーー!? 知ってたけどさ!! 知ってたし!」
夕飯を済ませてシャワーも浴びて、あとは軽く仕事をして寝るだけという状態になったところで姫崎に呼び出され、この始末だった。
ブランド化粧品会社からもらってきたというネイルをどうしても塗りたいというのでアリスは足の爪を貸したのだが、楽しそうにしている姫崎を見ていると要らぬことを考えてしまう。
真相を聞き出したい。
しかし彼女はクライアントであり、雇われの身である自分は必要以上のことを詮索してはいけない。
殺し屋として当たり前のことだ。
私情は挟まず課された任務を粛々と行う。どんな仕事でもそれは同じだろう。
だから妹やナンバーのことは聞けないし、どうしてこんなに日々彼女が懐いてくるかもよくわからない。
男女も主従も関係ない。どの時代も、適切な距離というのはあるものだ。
(こっちが甘やかしてるつもりはなくても、受け手がどう捉えるかまで考えなきゃいけないのは難しいわね。やっぱりボディーガードなんて慣れないことするもんじゃ……)
「ボクのこと鬱陶しいでしょ」
今日は晴れてたね、なんていう言葉と同じトーンで姫崎はその言葉を口にした。
アリスのペディキュアを塗り終え、しばらく動いちゃダメだよと言いながら化粧道具をしまっていく。
突然の言葉にアリスが言葉を失っていると、姫崎が続ける。
「肯定していいんだよ、鬱陶しくしてるんだから」
「……わざと?」
「ん~わざとかと言われると、別にそんなつもりはないけど。大人の人と一緒に家にいるのが久しぶりだからかなあ? やっぱり友達とお泊りするのとはワケが違うじゃん?」
その言葉が姫崎の口から出たことにより、アリスはずっと聞きたかったことを聞くチャンスだと、抱えていた疑問を投げる。
「あなた、両親は?」
「ちっちゃい頃に死んじゃった。兄弟も従兄弟もいないから、ボクはこの広い家で独りぼっち」
「……そう」
「どう? 高額納税者にしては不思議な暮らしをしてる謎、解けた?」
「気付いてたの」
「普通誰だって思うでしょ、気味悪いじゃん? たかが女子高生がこ~んなおっきい家で一人暮らしなんて。ご飯だって全部配達だし」
彼女の言う通り、金持ちの家の子にしては放置され過ぎだし、ずっと彼女の家族については不明瞭なままだった。
しかしそれは仕事には関係がない、……アリスに関係がないことなのでずっと聞かないでいた。
ただ、あまりにも杜撰な生活をしていたのを見兼ねてアリスが勝手に手を出していたというだけだ。
「親の顔は覚えてるの?」
「ぼんやりとね。すっごく優しくて、大好きなパパとママだったよ。写真もほとんどないんだけど」
「それは……気の毒に」
「でもボクにはパパとママが遺してくれたこのおっきな家があるし、二人がつけてくれた『乃々』っていう大事な名前もあるからね。寂しいけど、暗くしてちゃ天国のパパとママも心配するからさ」
合点がいった。
どうして彼女は「ノノ」と呼ばれることにこだわり、配信者名義も本名の「ノノ」にしたのか。
彼女にとっては自分の名前が何よりも大切なアイデンティティであり、亡き両親との唯一の接点なのだ。
姫崎はいつも通りけろりとしている。
別段悲劇的に両親の話を語る素振りも見せず、いつもの掴みどころのない、まだ幼い少女でしかない。
いつもと違うところがあるとすれば、それは彼女が発する言葉に芯が感じられることくらいだ。
それが何よりもこの話が作り話ではないと思わせてくれる。
「だからさ、オネーさん」
「?」
「『ノノ』って呼んで!!!!!」
撤回しよう。やはりよくわからない少女だった。
しんみりといい話をしていたのに何故そこで膨れるのか、アリスにはわからなかった。
わからなかったので、アリスは代わりの話題をこぼすことにした。
「……今日、兄を見たでしょう」
「ん~~~……見たけど、見ましたけど、兄がいるってあんな感じなの? あんな感じならボクひとりっ子でつくづくよかったな~って思っちゃうけど」
「まぁ兄弟仲は家庭によるわ」
「ホントかな~~~」
「兄はまぁ、あんな感じだけど。妹もいたのよ」
妹も“いた”。
自分で発した言葉が自分に突き刺さる。
無理もない。妹の話を誰かにするのは三年ぶりなのだから。
「穏やかな性格で、すぐに人と打ち解けられて、あなたみたいに着飾るのが好きな子だった」
「え、あのオニーさんと真反対過ぎない!? オネーさんとも違いすぎるし!」
施設育ちの兄妹であることは流石に話さないでいいだろうかと考えていると、姫崎は話しながら「兄弟同士で性格を補うんならあり得る……?」と一人で納得していた。
本当に変わった子だと眺めながらアリスは続ける。
「兄妹仲は悪くはないわ。兄とも特に問題ないけど、……多分妹の方が仲が良かったかも」
「わかる~オネーさんとキャッキャウフフしたいもんね~~~~。妹さんと気が合いそう!」
「それはよくわからないけど。確かに、会えていたらすぐに仲良くなってそうね」
目に浮かぶとはまさに。
妹と姫崎が仮に出会えていたら、年齢差など気にせずに意気投合していたに違いない。
ただ、普通に生活していたなら殺し屋と一般女子高生はそもそも出会うこともなかっただろう。
そんなおかしなもしもの話にアリスは小さく笑い、姫崎は何故か満足げに笑っていた。
今の話の中に何かあったか? と顔をあげると、彼女は初めて見る顔をしていた。
「お揃いだね、ボクとオネーさん」
年不相応の、やけに大人びた表情。
仮面の下の顔と表現するのが正しい、そんな顔を姫崎はしていた。
「ってゆーか、普通の人にこういう話してもさ。『え、何? 不幸自慢?』て言われたり、『え~可哀想~!』って過剰に同調してきたりするのがデフォじゃん」
「……そういうもの?」
「そーゆーもの! ま、だからすぐお揃っちってわかったんだけど。ボクとオネーさんはお似合いってワケなのだよ」
「死語でしょう……今時『おそろっち』なんて聞かないわよ。本当に女子高生?」
「ネットかぶれな若者は時代錯誤するから仕方ないのーーーー!」
暴れる姫崎にああそうと適当に相槌をしてアリスは足の爪を確認した。
そろそろ塗布されたネイルも乾ききっているはずだ。ここらでお暇して、明日の“仕事”の準備をしようと立ち上がる。
するとそれに気付いた姫崎は自室のドアを開けて、恭しくアリスを廊下へ送り出した。
アリスが自室のドアを開きながら振り返ると、目が合った姫崎はニコッと笑顔になる。
「それじゃあ、明日」
「うん! よろしくね、オネーさん!」
ドアを閉めて一人になると、アリスはしばしその場に立ち止まって頭の中を整理した。
妹の話を出しても姫崎は特に何の反応も示さなかった。
ナンバーについては未だに情報が少ないと言っても、少し残念がるだけでこれといった言及はなかった。
(知らなさそうだったということは……きっと、これはただの偶然)
姫崎が何も知らないのならそれでいいし、何か知っていたとしてもアリスが困ることはない。
未だ詳細が掴めないナンバーを見つけ出して、始末する時に妹のことを直接聞けばいいだけだ。
脅威があるようには思えない、ただの普通の闇ブローカー。
向こうがこちらと同じようにボディーガード等を雇っていない限り、まず手こずることはないだろう。
ひとまず目先の仕事に集中しよう、とアリスはテーブルの上に置いた写真を確認する。
ビニール袋に入れられた写真、昼間にトウマから受け取った写真だった。
代金は支払われた。
二人目の標的、シバリエの始末の準備を始めよう。
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