第14話 ハヤテとリリスの甘い一時

 ハヤテとリリスは洞窟の戦いを終え、星空の下で休息を取っていた。満天の星が瞬く夜、岩場に腰を下ろした二人は、革袋から取り出した干し肉と水を分け合い、静かな時間を過ごしている。焚き火の小さな炎が二人の顔を照らし、リリスの真紅の髪が火光に揺れる。ハヤテは剣を脇に置き、肩の傷が癒えたことを確認しながら、リリスの横顔をそっと見つめる。彼女の瞳には、フェニルの契約で得た自信と、村を救った安堵が混ざっているが、どこか遠くを見るような表情が漂う。


「なあ、リリス。さっきの戦い、めっちゃ息合ってたな。お前、ほんと強くなったよ」


 ハヤテの声は穏やかで、いつもの軽口とは違う温かさが滲む。リリスは干し肉を口に放り込み、ニヤリと笑う。


「ふん、当然でしょ! フェニルの力とセレネの加護があれば、私、無敵よ! …でも、まぁ、あなたの風がなかったら、あの影、倒せなかったかもしれないし? ちょっとだけ感謝してやるわ」


 彼女の照れ隠しの口調に、ハヤテは小さく笑う。


「ちょっとだけかよ。ったく、素直じゃねえな」


『ふふ、ハヤテ、リリスってほんと可愛い子よね。あなた、だいぶ心開いてるんじゃない?』


 シエルのからかう声が頭に響く。ハヤテは内心で「うるさいって」と呟きつつ、リリスの手を握る感触を思い出す。洞窟での戦い、彼女が自分の傷を癒した瞬間、背中を預けた信頼感—それらが、ハヤテの心に静かな変化をもたらしていた。


 星空の下の告白焚き火の火が小さくなり、星空がより鮮明に輝く。リリスは革袋を片付け、膝を抱えて星を見上げる。彼女の横顔は、普段の負けん気とは違う、どこか儚げな雰囲気を漂わせている。ハヤテはそんな彼女を見て、ふと口を開く。


「リリス、さっきお前が言ったこと…黒い龍を一緒に倒すってやつ。あれ、ほんとにありがとな。俺、ずっと一人で戦ってきたから、誰かにそうやって背中を預けるの、慣れてねえんだ」


 リリスは驚いたようにハヤテを振り返り、すぐに目を逸らす。


「…何よ、急に真面目になって。別に、普通でしょ? 相棒なんだから、背中くらい預けるわよ」


 彼女の声は少し震え、頬が火光に照らされて赤く染まる。ハヤテは彼女のそんな様子に、胸が締め付けられるような感覚を覚える。


「普通、か…。でも、俺には普通じゃねえ。お前が村を救うために必死になってるの見て、なんか…変わったんだ。過去ばっか見てた俺が、初めて未来のこと考えられた気がする」


 ハヤテの言葉は静かだが、真剣だ。リリスは膝を抱えたまま、じっと彼を見つめる。星空の下、彼女の紅玉の瞳が揺れる。


「ハヤテ…あなた、ほんとバカよね。未来なんて、考えなくたって作れるわよ。私、村を救えたとき、そう思った。あなたと一緒だったから、できたんだって」


 リリスはそう言うと、そっとハヤテの隣に身を寄せる。彼女の肩が彼の腕に触れ、温かさが伝わる。ハヤテは一瞬固まり、だがすぐに笑みを浮かべ、彼女の肩に軽く手を置く。


「お前、ほんと熱いな。…けど、嫌いじゃねえよ。リリス、お前がいてくれるなら、黒い龍だろうがなんだろうが、全部ぶっ倒せる気がする」


 リリスは顔を上げ、ハヤテの緑の瞳と視線が交錯する。焚き火の光が二人の顔を照らし、星空がその瞬間を包む。彼女は小さく笑い、声を低くする。


「…バカ。あなたがいるから、私も頑張れるのよ。相棒なんだから、ちゃんとそばにいなさいよね」


 その言葉に、ハヤテの心が強く揺れる。彼はリリスの手をそっと握り、彼女の指が小さく震えるのを感じる。「ああ、約束する。どこにも行かねえよ」

  二人は手を握ったまま、しばらく無言で星空を見上げる。焚き火の火花が舞い上がり、夜の静寂に溶ける。リリスの手は温かく、ハヤテの心に過去の傷を癒すような力を与える。彼女の存在が、彼の孤独を静かに溶かしていく。


『ハヤテ、ずいぶんロマンティックね。リリスにメロメロじゃない?』


 シエルのからかう声に、ハヤテは内心で「うるさい」と返すが、口元には笑みが浮かぶ。リリスもまた、フェニルの気配を感じながら、心の中で小さく呟く。


『フェニル…この気持ち、守っていいよね?』


 夜が更け、二人は焚き火を囲んで眠りにつく。リリスはハヤテのマントにくるまり、彼の肩に寄りかかって眠る。ハヤテは彼女の寝顔を見ながら、初めて感じる安堵に胸を温められる。過去の後悔、風の谷の記憶、黒い龍の影—それらはまだ彼を追いかけるが、リリスのそばにいることで、初めてそれらに立ち向かえる気がしていた。

 翌朝、二人は北の山脈へ向けて再び旅を始める。道中、リリスの軽口とハヤテの冷静なツッコミが響き合う。だが、戦いの合間に見せる互いの気遣い—リリスがハヤテの傷を気にする仕草や、ハヤテがリリスの荷物をさりげなく持つ行動—が、二人の距離が縮まったことを示していた。ある日、川辺で水を汲むリリスがハヤテに水をかけてふざける。


「ほら、風使い! これくらい避けなさいよ!」


 ハヤテは笑いながら風で水を弾き返し、リリスがキャッと声を上げる。


「お前、子供かよ!」


 二人は川辺でじゃれ合い、笑い声が響く。その瞬間、ハヤテはリリスの笑顔に目を奪われる。彼女の笑いが、彼の心に新しい光を灯す。リリスもまた、ハヤテの笑顔に胸が高鳴るのを感じ、慌てて目を逸らす。


「…ったく、ふざけすぎよ。行くわよ、黒い龍待ってるんだから!」


 リリスが先を歩き出し、ハヤテは彼女の背中を追いながら笑う。


「ああ、待たせんなよ、相棒」


  二人の絆は、戦いの中で鍛えられ、静かな瞬間で深まる。黒い龍との最終決戦が近づく中、ハヤテとリリスは互いを支え合い、どんな試練も乗り越える力を育てていた。星空の下で交わした約束は、彼らの心に刻まれ、未来への道を照らす。

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