第13話 ハヤテの心境の変化

 ハヤテとリリスは、闇の使徒が消滅した洞窟の祭壇前で肩を並べ、荒々しく息をついていた。祭壇の紫黒の炎は完全に消え、静寂が洞窟を包む。ハヤテの肩の傷はリリスの回復魔法で癒えたが、戦いの疲労が二人を重く押しつける。リリスの真紅の髪は汗で額に張り付き、青い炎が彼女の手で微かに揺れている。ハヤテの剣にはシエルの風が静かに宿り、彼の緑の瞳には安堵と警戒が混じる。


「…ハヤテ、あの男、何だったの? 黒い龍の『主』って…」


 リリスが息を整えながら尋ねる。彼女の声には、勝利の喜びと新たな不安が混ざっている。ハヤテは剣を鞘に収め、祭壇の残骸を見つめる。


「わからねえ。けど、アイツが穢れを操ってたのは間違いない。黒い龍の『主』ってことは、もっとデカい何かが裏にいるってことだ。…俺の過去とも関係してるかもしれない」


 ハヤテの声は低く、過去の記憶—風の谷で父を殺した黒い龍の姿—が脳裏をよぎる。リリスは彼の横顔を見て、そっと手を伸ばし、彼の腕に触れる。


「ハヤテ、あなたの過去…私もちゃんと聞いたから。風の谷のこと、親父さんのこと。…私も、村を救うまで怖かった。自分一人じゃ無理なんじゃないかって。でも、さっきの戦い、二人で勝ったよね。私たち、めっちゃ強かった」


 リリスの言葉に、ハヤテは一瞬驚き、笑みを浮かべる。


「お前、ほんと前向きだな。…確かに、さっきの連携はバッチリだった。俺の風がなかったら、お前の炎もあそこまで届かなかったぜ」


 リリスはムッとした顔でハヤテの肩を軽く叩く。


「何!? 私の炎がなかったら、あなたの風なんてただのそよ風だったわよ!」


 二人は顔を見合わせて笑い合う。洞窟の冷たい空気の中で、その笑い声は温かく響く。ハヤテはリリスの手を取り、立ち上がらせる。


「まぁ、どっちが主役でもいい。けど、お前がいてくれてよかった。…マジで、ありがとう、リリス」


 ハヤテの素直な言葉に、リリスは一瞬言葉を失い、顔を赤らめる。


「…な、何よ、急に真面目になって! ま、まぁ、あなたも…悪くなかったわよ。相棒として、ね」


 彼女は照れ隠しにそっぽを向くが、手はハヤテから離さない。ハヤテは彼女の手を軽く握り直し、月明かりが差し込む洞窟の出口へ向かう。


『ふふ、ハヤテ。リリスとずいぶん仲良くなったじゃない。そろそろ相棒以上の何かになるんじゃない?』


 シエルのからかう声に、ハヤテは内心で苦笑する。「やめろって、シエル。まだそんなんじゃない」

だが、リリスの手を握る感触に、彼の心は確かに動いていた。リリスの熱い決意と、戦いの中で見せた信頼が、ハヤテの過去の傷を少しずつ癒している。


 洞窟の外に出ると、満天の星空が二人を迎える。近くの岩場に腰を下ろし、リリスが持っていた革袋から干し肉と水を取り出す。二人で簡単な食事を分け合いながら、静かな夜を過ごす。


「ハヤテ、さっきの戦いで思ったんだけど…私たち、ほんと息合ってるよね。炎と風、相性悪いはずなのに、なんかバッチリだった」


 リリスが星空を見上げながら言う。ハヤテは干し肉を噛みながら頷く。


「ああ、確かに。風は炎を煽るけど、制御次第じゃ最強のコンビになる。お前の炎がなかったら、俺の風もただの突風だ」


 リリスは笑い、肩をぶつけてくる。


「ふん、認めるじゃん! じゃあ、次も私が主役ね!」

「お前が主役なら、俺は監督だな。ちゃんと演出してやるよ」


 二人の軽い掛け合いに、星空の下で笑い声が響く。だが、リリスはふと真剣な顔になり、ハヤテを見つめる。


「ねえ、ハヤテ。黒い龍のこと…私も本気で手伝うよ。あなたの親父さんの仇、私の村を救うためにも、絶対倒さなきゃ。…一緒に、だよ」


 ハヤテはリリスの真っ直ぐな瞳を見て、胸に温かいものが広がる。


「…ああ、一緒にな。リリス、お前となら、どんな敵でも倒せる気がする」


 リリスは照れ笑いし、星空に目を戻す。


「ふふ、そりゃ心強いわ。相棒」


 二人は肩を並べ、星を見上げる。ハヤテの過去の傷とリリスの決意が交錯し、二人の絆は戦いを超えて深まっていた。黒い龍との最終決戦が待つが、今、この瞬間、彼らは互いの存在に支えられている。


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