第10話 リリスの村での戦い
ハヤテとリリスは森を抜け、数日かけてフレイムハート族の村へと向かった。朝焼けが地平線を染める頃、ようやく村の輪郭が見えてくる。だが、リリスが期待していた活気ある故郷の姿はそこになかった。村は黒い霧に覆われ、かつて燃え盛っていた炎の祭壇はくすみ、作物は枯れ、住人たちの顔には疲弊と不安が刻まれている。リリスは拳を握り、唇を噛む。
「…こんな、ひどいなんて…! 私が留守の間に、穢れがこんなに…!」
彼女の声は怒りと悔しさに震える。ハヤテは剣を握り、周囲のマナの流れを感じる。確かに、村全体に重苦しい穢れの気配が漂っている。シエルの声が頭に響く。
『ハヤテ、この穢れ…森で見た影やフェニルの状態より強いわ。中心に何か大きな力がある。気をつけて』
「わかった。リリス、村の中心はどこだ? 祭壇か?」
リリスは頷き、村の奥を指差す。
「そうよ。あの大きな炎の祭壇。村の守護精霊が宿る場所だったけど…今は穢れに侵されてるはず」
二人は村人の視線を感じながら、村の中心へ急ぐ。道すがら、リリスの知る顔がちらほら見えるが、誰もが弱りきった様子で、彼女に希望の目を向ける。リリスは歯を食いしばり、決意を新たにする。
祭壇に近づくと、黒い霧がさらに濃くなる。祭壇の炎は弱々しく、かつての輝きはなく、周辺の地面には不気味な黒い脈のような模様が広がっている。リリスが祭壇に手を翳すと、フェニルの紋章が微かに光るが、穢れの力がそれを抑え込む。
「フェニル…力を貸して。この村を救うために…!」
リリスが呟くと、彼女の青い炎が一瞬燃え上がるが、すぐに黒い霧に押し戻される。ハヤテは剣を構え、風のマナで周囲を探索する。
「こりゃ、ただ事じゃねえな。穢れの核が祭壇の奥にある気がする。リリス、準備は―」
そのとき、背後から声が響く。
「リリス! 戻ったのか!」
振り返ると、年配の女性が駆け寄ってくる。リリスの母、エリスだ。彼女はリリスを抱きしめ、涙を浮かべる。
「よかった…無事だったのね。村がこんなことになって…でも、お前がフェニルと契約したって本当か?」
リリスは母から離れ、力強く頷く。
「うん、フェニルの力を借りたわ。絶対この穢れを浄化する!」
エリスはハヤテに目を向け、軽く頭を下げる。
「あなたがハヤテさん? リリスから話は聞いたわ。助けてくれてありがとう。けど、この穢れ…簡単にはいかないかもしれない」
エリスが祭壇を指差す。
「数ヶ月前から、祭壇の炎が弱り、黒い霧が現れた。村の精霊使いたちが浄化を試みたけど、誰も戻ってこなかった…」
ハヤテの表情が硬くなる。
「誰も戻ってこなかった? それは…穢れの核が精霊使いを飲み込んでる可能性があるな。リリス、行くぞ。祭壇の奥を調べる」
リリスは母に頷き、ハヤテと共に祭壇に近づく。
祭壇の中心に立つと、黒い霧が一気に渦を巻き、地面から不気味な咆哮が響く。ハヤテは剣を抜き、リリスは青い炎を両手に灯す。霧の中から現れたのは、巨大な獣の姿だった。体は黒い霧ででき、目は赤く輝き、牙と爪はまるで闇そのもの。だが、その姿にはどこか見覚えがある。ハヤテの瞳が鋭くなる。
「…こいつ、あの黒い龍に似てる。親父を殺した奴と…!」
リリスの目が驚きに見開く。
「え、黒い龍!? ハヤテ、まさか…!」
『ハヤテ、落ち着いて! こいつはあの龍そのものじゃない。穢れが具現化した眷属よ。けど、かなり強いわ!』
シエルの警告に、ハヤテは頷く。
「わかった。リリス、フェニルの力とセレネの加護、フルで使え。こいつを倒さないと、村は終わりだ!」
獣が咆哮し、黒い霧の波を放つ。ハヤテは風の結界でそれを防ぎ、リリスが青い炎の奔流を放つ。奔流は獣の体を削るが、すぐに霧が再生する。リリスが舌打ちする。
「くそっ、こいつも再生するタイプ!? ハヤテ、どうする!?」
「核を狙う! シエル、核の位置は!?」
『頭の中心よ! 赤い光が見えるでしょ! そこを一気に叩いて!』
ハヤテは風を
ハヤテは風でリリスを押し退け、代わりに霧を受ける。霧は肌に触れるだけで焼けるような痛みを伴う。ハヤテは歯を食いしばり、シエルに叫ぶ。
「シエル、全力だ! 風の刃、最大で!」
『了解! ハヤテ、覚悟して!』
ハヤテの剣が青白く輝き、風が咆哮する。リリスもフェニルの力を呼び、青い炎に赤い炎が混ざる。セレネの加護とフェニルの力が共鳴し、彼女の周囲に炎と水の渦が生まれる。
「ハヤテ! 私が核を狙う! あなたは動きを止めて!」
「了解! 行くぞ!」
ハヤテは風の渦を巻き起こし、獣を包み込む。獣の動きが鈍り、リリスが渾身の炎の槍を放つ。槍は獣の頭を貫き、赤い光の核を直撃。獣が悲鳴を上げ、黒い霧が爆発するように四散する。
獣が消滅すると、祭壇の黒い霧が薄れ、炎が再び輝き始める。リリスはフェニルの紋章を握り、祭壇に手を翳す。青い炎と赤い炎が融合し、祭壇全体を包む。穢れの黒い脈が浄化され、村に清らかなマナが戻る。村人たちが集まり、驚きと喜びの声を上げる。
「リリス…やったのか!?」
エリスが駆け寄り、リリスを抱きしめる。リリスは涙を浮かべ、母に頷く。
「うん…フェニルと、ハヤテのおかげで…!」
ハヤテは剣を鞘に収め、村人たちの歓声を見ながら小さく笑う。
「まぁ、相棒の活躍があってこそだな」
リリスは顔を赤くし、「ふん! あなたも悪くなかったわよ!」と返す。
だが、ハヤテの心にはまだ影が残る。獣の姿は、かつて父を殺した黒い龍に似ていた。あの龍はまだどこかにいる。穢れの元凶は、村の浄化だけでは終わらない。
『ハヤテ、今回の戦い、よくやったわ。でも、穢れの根は深い。あの龍の影…まだ追うつもり?』
シエルの声に、ハヤテは静かに頷く。
「ああ。リリスの村は救えたけど、俺の戦いはまだ終わってねえ」 リリスがハヤテに近づき、笑顔で言う。
「ねえ、ハヤテ。次はあなたの過去を清算する番よ。私も手伝うから、一緒に行こう!」
ハヤテは驚き、笑みを返す。
「お前、ほんと押しが強いな。…まぁ、悪くないぜ。相棒」
村に光が戻り、炎が再び燃え上がる。ハヤテとリリスは新たな決意を胸に、穢れの元凶を追う旅を続ける。黒い龍の影がどこかに潜む中、二人の絆はさらに強くなる。
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