第2話

 結局、私は一言で今までの事を説明する事が出来なかった。一から、どうして私がこの家にいて、鍵のかけられた部屋にいたかを、犀陵千秋に説明することになった。


「……つまり、金を盾に取られて、毎月、両親の相手をさせられている、と」

「……そうだね。その認識で間違いがない」


 私は、頷いた。


「なんで?」

「私に聞かないで貰いたい。私も訳がわからない。君のご両親に聞いてくれ」


 部屋にある、食事用のテーブルに私達は向かい合って座っていた。私にとっては、犀陵時次と向かい合って、こんな状況になるきっかけとなった契約書にサインする羽目になった、因縁深いテーブルである。濃度逆転ハイボールも飲まされた。実は、私の背後の壁につけるようにベッドもある。そのベッドを、不審そうに琥珀色の瞳が見つめているのが分かった。このベッドは、私が月一返済をするようになってから増えたベッドだった。私用のベッドらしい。いらないから早く帰らせて欲しい。


「ここしばらく、月末、絶対に家に来るなって日があってね。流石に気になって両親に用事をわざわざ作って家から出した後、こっそりと様子を見にきたんだよ。そしたら、テレビの音がする、鍵のかかってる部屋があったから、近くの棚にあった鍵で開けたら、あんたがいたんだよ」

「……息子にバレたら悪いと分かっているのなら、なぜ監禁を……」

「うーんなんでだろうねうーん」


 早口だ。適当に誤魔化されている。何か心当たりでもあるのだろうか。嫌だな、親子揃って監禁しても大丈夫、とか思っている家族。距離を取りたい。


「確認するけど、母さんも絡んでいるの。あんたの、その、監禁に」

「ああ。私が暴れて出ようとすると、君のお母様が出てくる。女性に暴力を振うわけにはいかないから、結局この部屋に押し込められて扉を閉められる」

「……今日も、会ったの」

「家を出る前に、そこの、1人掛けソファでネイルをしていたが」


 私は、視線を1人掛けソファに向ける。同じく視界に入るテレビは現在消えている。真っ黒な画面の中、私と犀陵千秋の姿が映っている。


 犀陵千秋は、えぇ、と、顔を顰めた。顔がいいので、そんな顔でも絵になる。私は、そんな顔をすると周りに怖がられるので、なら真顔の方がマシか、といつしか鉄仮面が染みついた。


「母さんさ、ああ見えて人見知りだし、あんまり化粧とかネイルとか、人前でしないんだけど。気に入られてるんだ、あんた」

「やめてくれ。私は別に気に入られたいわけではない。早く金を返させてくれるように君からも言ってくれ」


 私は、首を振ってから、じっと犀陵千秋を見つめる。


「私はね、早く金を返したいんだ。そもそも、君のご両親に肩代わりされたのも不本意だ。君のお父さんは、交渉が難航したら、交渉相手を丸一日部屋に監禁するのが交渉のやり方なのかね」


 流石に度数の強い酒を無理やり飲まされ、眠らせない様に拷問された、とは言わなかった。カオスが過ぎて、話が逸れるのが目に見えている。


「それは流石に」

「なら、分かるだろう。夫婦揃ってこんな馬鹿なことをせず、一先ず私が今支払えるだけの金を受け取るよう説得をしてくれ。君だって、こんな状況に思うところはあるだろう」


 犀陵千秋は、眉間に皺を軽く寄せてから、首を傾げた。私が両親に向かって馬鹿、と言ったことに関しては、特に不快そうでもなかった。よく分からない親子関係だ。


「一つ、確認させてよ」

「なんだね」

「……父さんが肩代わりしている金、ざっと、いくらぐらい」


 私は、ため息を吐いてから、その額を口にした。その額に、犀陵千秋は、驚いたように目を見開いてから顔を顰めた。


「倒産って、そんなに社長に振り返るものなんだね」

「……粉飾の損害賠償もあるからね」

「他の役員達の損害賠償はどうなっているの。注意義務違反があっただろ。粉飾に全く気が付きませんでした、なんて、役員ともなれば言い訳できない」

「さあ。私は連絡先も新しくして、他の親族とは縁を切っているに等しいからね。親族達の今の状況は詳しく聞いていない」


 本当は、少し知っている。元部下達が教えてくれた。


 一言で言えば、一家離散、破産、借金、離婚、追徴課税と碌なことになっていない。

 

 だから、私はあれだけ会社や私に集らず、自分達で金を貯めろ、せめて投資信託をしろ、納税は国民の義務だ、と言ったのだが。


 確かに、粉飾をした私が一番悪いかもしれない。でも、会社の金は自分達の金、と誤認した方も大分悪い。

 

 会社が潰れたら、もう生きて行くことができません、なんて泣き言は馬鹿馬鹿しい。元部下達は、逞しく自分達で起業して、聞くところによるとどんどん成果をあげている、というのに。なんでも、あちこちの弁護士に売り込んで、浮気調査の依頼をそちらから受けたりもするらしい。いろんなビジネスがあるものだ。


 他の社員達も、風の便りで転職に成功した、とか、難関資格に合格した、とか、田舎に帰って農業を頑張ってる、とか聞くのに。年を取った社員達も、なんとか仕事をして生きているのに。それよりもずっと若い親族達すらもどうしようか右往左往であると。わが親族達ながら、ずいぶんと情けない。


「ふーん。まあ、自業自得か」

「そうだね、私を含めて。いっその事、スッキリしたから感謝しているよ、君達に。お陰で、3種類の決算書を作る生活から解放された」


 3種類の決算書、とは要は、「本当の数字が書いてある決算書」「銀行や税務署に提出する用に粉飾した決算書」「役員達に会社から貸し付けた金の返済を迫り、赤字事業がどれ程会社経営を逼迫し、また、配当金の余裕はないと役員達に伝える為の決算書」だ。今思えば、最後が一番作るのが楽だった。役員貸付金の額だけ本当にして、後は会社全体でギリギリ黒字の利益だけ意識すれば、後の数字はかなり適当でも誤魔化せたから。誤魔化せられて、しまったから。


 私の言葉に、犀陵千秋は考え込むように腕を組んだ。眉間の皺が深い。


「金についてまた聞いても?」

「君がご両親を説得してくれるならいい」

「……完済はできそうなの」


 私は、ため息をつきながら、頷いた。


「現在、私は全体のほとんどをすぐに支払えるキャッシュを持っている」


 犀陵千秋は、信じていなさそうな顔で、また眉間に皺を寄せた。私は、これが証拠だ、とスマホを操作して、預金残高を見せた。


 その額に、また、犀陵千秋は顔を顰める。


「なに、隠し金?」

「違う。私が住んでいた、本家の土地家屋や、そこに保管されていた骨董品や美術品に、先祖代々の土地や不動産に、私がまた個人で貯めていた財など、処分できる財産を全て処分したら、この額になった」

「……残りの返済方法は?」

「私は今、アパート経営をしていてね。自宅もそこだ。ローンはない。だから、生活費分だけ働けば、家賃収入を返済に充てられる手筈だった」


 私は、軽く頭を振った。

 そして、私のスマホを眉間に皺を寄せながら見つめる犀陵千秋をまた真剣に見つめた。


「頼むから、君のご両親を説得してくれ。なんでか、私が今働いている再就職先からの給料じゃないと受け取らないと言い張っていて。契約社員だから、そこまで給料があるわけじゃないんだ。それじゃ、いつまで経っても完済できない」


 犀陵千秋は、眉間の皺を、またぐ、と深くする。テーブルに私のスマホを置いて、私の方に滑らせる。


「一つ、聞くね」

「なんだね」

「なんでさ、これだけの金を、会社経営に使わなかった?」


 犀陵千秋の眉間の皺が、深い。それに、気づかれないように息を呑んだ。

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