インサイダー キラー
第1話
現在、探偵社に勤めている元部下の1人に、聞いたことがある。野良猫の人馴れ方法を。
元部下の彼女は猫が好きで、よく知り合いの保護猫活動も手伝っているという。野良時代から私の部屋によく入り込み、なぜか現在、私の飼い猫になってしまった猫を以前に捕獲したい、と相談した時に色々と教えてくれた。
まず、捕まえたら用意したケージに入れる。そのまま、ケージを安全な場所だと認識させるため、そっとしとく。つまりは、ケージに、閉じ込められている状況に、慣れさせる。
私の今の状況はこれだな、と、私は、遠い目で部屋の中を見つめた。
私のアパートの部屋にあるものよりも大きなテレビは経済ニュースを流している。私が座っている3人ほど座れるソファには現在私1人だが、数十分前には、私が認めてない私の自称親友が座っていた。私の肩にちょくちょく腕を回そうとしていた。非常に鬱陶しかった。物凄く振り払った。
その横にある1人掛けソファには、また数十分前、自称親友の妻が座っていた。爪を何やら削ったりネイルを真剣な顔でやっていた。テレビの音がうるさい、と文句を言っていた。なら、ご自分の部屋でやられたらいかがですか、と私が言ったら、なぜか私の爪も弄る、と脅されて何も言えなくなった。旦那の前でそのようなご冗談はいかがなものかと言いたかったのだが。
自称親友とその妻は、現在外出中だ。夕方には戻るらしい。帰ったら一緒に夕食にしよう、らしい。飲み物は、部屋の中の小さな冷蔵庫に炭酸飲料を沢山入れといた、らしい。
そして、この部屋の鍵を掛けて、私を閉じ込めて、監禁して、彼らの自宅から出て行った。
なんで、だろうな。本当に。
私は、テレビから流れる経済ニュースが頭に入らなかった。
扉を見る。凝った彫り物が施してある、金のかかっていそうな扉だ。周囲の壁と比べて真新しい。家具はアンティーク調のものが多いのに、それだけ妙に新しい。
私は知っている。私を閉じ込めるために、わざわざ自動ロックのできる扉に変えたから新しくなっているのだ、と。
なぜ、だろう。
毎月毎月、あの自称親友に監禁される度に、私はそう思ってる。
答えは出ない。理由が知りたいような、知らなくていいような。いや、毎月毎月、丸1日程監禁されなくなるのなら、少々恐ろしいが知ってもいいか。
なんで、金を返すだけなのに私は監禁されなくてはならないのだろう。というか、なぜ奴らの自宅での手渡し返済しか認められないのだろう。なぜちょくちょく夫婦揃って私を真顔で凝視するのだろう。なんで毎月毎月、給料日に再就職場に迎えに来て私を連れ去ってるんだろう、あの男、犀陵時次は。そしてその妻、犀陵玲奈は。
それこそ、用事を済ませるだけなら、最短5分で終わりそうだ。町内会の集金はだいたいその程度で終わる。なのに、私を閉じ込めている。なぜだ。
嫌だな。こんな異常な状況に慣れた私が。
毎月、給料日前に仕事をなるべく片付けるようになったり、給料日の出勤前、アパートの部屋を出る前に猫の餌や猫砂を多めに補充したり、前日は猫と遊んでやったり、冷蔵庫の中のものをそのつもりで処理したり、この家に来る用に、泊まりグッズも用意してしまうようになったし。
本当に嫌だな、すっかり慣れている。毎月監禁されているこの状況に。
最初は、もっと抵抗していたのだが。1人になる度、出せ! 犯罪だぞ! と叫んで扉をドンドンと叩いたりしていたのだが。
でも、出してもらえないし、私と犀陵時次は体格の違いがあるし、というか私が暴れそうになると、妻の方が出てきて、私は女性に乱暴できないからそのまま部屋に押し込められるし、と、すっかり抵抗をやめてしまった。
嫌だな。野良猫ではないぞ私は。
私の飼い猫は何をしているのだろうか。私以外に懐かなくて、私以外が触ろうとすると威嚇するし猫パンチしようとしてくるしで、結局、私が飼うことになってしまった猫だが、ゆっくりとしているだろうか。顔が似ている彰にも攻撃してくる猫だが、私が帰ると、目つきが悪いまま、掠れた声で甘えてきたりするのだ。可愛いと思う。私以外にも懐かなくては、私以外の貰い手が見つからないぞ、あの猫は。
はあ、と私はため息をついた。テレビでは、お目当ての株価チャートが表示されている。
私は、それを見ながら自分のスマホを取り出した。そして、証券会社が開発した、株の売買用のアプリを表示する。そこに表示された、それぞれの銘柄が買った時からどの程度収益を上げたか、もしくは値が下がったか、の額を確認していく。
何個もある銘柄のうちの一つの銘柄を見て、私の指が止まった。
ふむ、と、私は人差し指を折り曲げて口元にあてる。
この銘柄は、正直買おうと思って買ったわけではない。たまたま、中途半端に金が余って、新聞に名前が載っていたのを思い出したので基本的なデータを確認してから買った。それぐらいしか調べていないが、でも、そんな銘柄でも予想以上の収益を上げていた。
喜ばしい。運がいい。が、ここからが悩みどころである。
ようは、売るか、待つか。
たまたま、この銘柄が投機的な値上がりをしているパターンもある。その場合は、早々に目標額に達したら売った方がいい。でも、そうではなかったら? ここで売るのは勿体無い。悩みどころだ。
私は、この銘柄の会社のホームページにスマホからアクセスした。事業内容をじっと見る。企業間取引が主か。業界の事を調べなければ、判断ができない。
……よく考えたら、この事業内容から考えるに、犀陵の会社と取引がありそうだな。
少々癪に障るが、犀陵時次が帰ってきたら、いろいろ聞いてみよう。そうして、私は顔を上げると、
「うわぁ……」
セットされた髪。犀陵玲奈似の顔と瞳。スーツを着た青年。
扉に手を掛けた格好で、この家に住む夫妻の長男、犀陵千秋が、私を見て引き攣った顔を向けていた。
しばらく、見つめ合う。
私の黒い瞳と犀陵千秋の琥珀色の瞳が混じり合う。そして、
「ごめんねスマホ見てていいよじゃあね籤浜大志」
犀陵千秋はそう、早口で扉を閉めようとしたので、私は慌ててソファから立ち上がって「待ちなさい!」と叫んだ。
「扉を閉めないでくれ! また閉じ込められる! 扉を開けたままにするか、鍵を私に渡してくれ!」
私の言葉に、犀陵千秋は、面倒くさそうに顔を歪ませた。そして、渋々扉を大きく開けた。
「鍵ってさ、これ?」
そして見せられた2本の鍵に、私は「ああ」と頷いた。部屋の扉の鍵と、トイレの扉の鍵だ。
「それだ。それさえあれば、私はこの部屋から出られる」
「…………一つ、聞いていい?」
「なんだね」
「あのさ、なんで、いるの」
私は、返答に困ってそっと、視線を逸らしてしまった。
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