第3話
悲しむ振りが、うまいですね。
籤浜大志の葬儀にやってきた、籤浜大志の元部下が、伊吹に対して、こう言った。
――あなたも、あの親族達と一緒。社長に寄生して、依存して、そのくせ、社長が大変な時に何もしない。
冷ややかな目だった。
直接、伊吹に対してこう言ったのは1人だけだったが、そいつの周りには他にもたくさんの籤浜大志の元部下だ、という人間がいたし、みんな、伊吹を軽蔑した様な目で、落ち込んでいた伊吹を、ゴミクズでも見るみたいな目で、見つめていた。
――いえ、彼らよりも質が悪い。親族達は、世間知らずでバカだったけれど、あなたは違う。全て、分かっていた。
――社長が、必死の思いで経営してきた会社だったのに。あなたは、社長を支えもせず、向き合いもせず、それどころか犀陵と手を組んで、私たちの会社を潰してしまった。
違う、と刹那は言った。
伊吹は関係ないと。籤浜の会社を潰したのは、刹那達だと。そう主張したが、籤浜大志の元部下達は、鼻で笑った。
――なら、なんで犀陵の元にいるのですか。倒産したら、社長が大変な事になるの、分かっていましたよね。社長に育てられた癖に、社長が大変な思いをして稼いだ金で生きていた癖に、会社を潰した奴らのもとにいる。
――今も、何もしない。悲しんでいるフリをしているだけ。さも、悲しみのあまり動けない、なんてフリをしているだけ。面倒事は誰か任せ。随分な息子ですね。本当に。
元部下達は、伊吹を睨む。
彼らの瞳には、やるせなさで、涙が浮かんでいる。
正義が、彼らにはあった。
伊吹を、罵れる権利が、彼らの中には確かにあった。
――社長が、あなたの事を息子と認めなければ、あなたはきっと天涯孤独だったでしょうに。社長のおかげで、あなたの今があるのに。
――社長がどれほど大変な思いをしてきたか知らずに、自分勝手に生きて。とうとう、社長が引き継いで積み上げた物さえ全て壊して! 社長にまた苦労をさせて!
――どうしてあなたが息子なんですか! どうして、社長の事をちゃんと考えてくれる様な、真っ当な身内があの人にはいなかった!
――あなたはただ側にいてくれれば良かったのに! 社長はそれだけで良かったのに!
――和樹さんは、あんなに社長の事を気にかけていたのに!
――どうして、社長ばかりが苦労をしなければならなかったのですか!
――どうして、社長が、自殺をしなければ、ならなかった……!
籤浜大志が自殺したことは、弔問客には、伝えられていなかった筈だった。
でも、元部下達は知っていた。籤浜大志が、自ら命を断った事を知っていて、伊吹のせいだと、涙を流して、伊吹の事を責め立てた。
刹那が庇っても、彼らには火に油を注がれた様なものだった。彼らにとって、籤浜大志がどれだけ大切で、尊敬できて、立派で、真っ当な人だったのかを、伊吹に子供の様に泣きながら、罵りながら伝えていった。
伊吹は、ただただ、その言葉に、震えていた。
目を見開いて、両手を見つめて、真っ青な顔で、聞いていた。
結局、元部下達は、散々伊吹を罵った後、泣きながら葬儀場を出て行った。元々、元部下達が揃って葬儀場にやってきたのは遅い時間で、他の弔問客もいない時間だった。残っていたのはせいぜい、葬儀を取り仕切っていた瀬川彰と、伊吹の事が心配で伊吹に着いていた刹那と、動揺のあまり動けない伊吹と葬儀場のスタッフしかいなかった。千秋は、仕事を抜けられなくて、いなかった。
葬儀場のスタッフも、元部下達が来るまで、自殺をした父を悼む哀れな息子だと思っていた伊吹が、父親の会社を潰し、散々な苦労をさせた、ドラ息子なのだとすっかりと思い込んでいた。罵られている間、動くことも出来なかった伊吹を、冷ややかな目で見つめていた。
瀬川彰は、何も言えなかった。瀬川彰は、籤浜大志を裏切って伊吹が籤浜大志から逃げるのに協力をしていたから。それに、定期的に籤浜大志の様子を見に行っていたのに、深い話もせず、ただただ世間話をして帰っていた、という怠慢具合だったから。籤浜大志が死の準備のため、スマホを解約して、連絡が取れなくなっていた事すら、気が付いていなかったから。
籤浜大志への思いは、元部下達の方が、ずっと深かったから。
だから、誰にも元部下達を止められず、伊吹は、罵られたままだった。
だから、伊吹は。
籤浜大志から、もう、逃げる事が、出来なくなっていた。
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