第2話

 夜になって、ホテルの一室で、散々泣いてから、刹那はようやく、また勇気を握りしめた。


 今確かなのは、このホテルにも近い地区に、伊吹はいる。探せば、また会える場所に伊吹はいるのだ。まず、伊吹を探し出して確保しなければ。


 その次は、日本に伊吹を連れていく為の手段だ。

 伊吹が言ったことが全て本当だったら、確かに日本の警察は伊吹を追っているだろう。もう海外に出ていると知って、悔しい思いをしているのかもしれない。でも、そんなの関係ない。警察にも伊吹を渡してはならない。ずっとずっと、刹那の側にいてもらうのだ。その為に、頑張らなくては。たくさん、たくさん! 、と決意を握りしめる。

 

 しかし、そうは言っても全く案が浮かんでこない。伊吹は、拳銃を持ち歩いていた。この国は日本のように銃規制はされていないから、伊吹が銃を持っていてもおかしくはない。明確な武器を持っている上に、伊吹は日本に帰る気はないのだから、無理して連れて帰るのも難しい。誰かを雇う? いや、金はあっても人手を集める時間が足りない。今、刹那は数日間の海外出張中なのだから、その数日間で武器を持つ伊吹を攫うだけの人手を集めるのは難しいし、その後日本に連れていく為の手段も伝手もない。


 うー、と1人、ホテルの部屋で唸りながら頭を抱える。頭を上げてサイドテーブルの方を向くと、自分のスマホがあった。それを拾い上げる。


 千秋に連絡をすれば、何か案を出してくれるだろうか。何か、伝手があるだろうか。


 そう思ったが、電話帳の中の千秋の名前を押せなかった。だって、千秋に話しても千秋が伊吹の事をもうなんとも思っていないのなら無駄になる。もしかしたらそのまま父に話がいって、もう2度と伊吹に会えなくなるかもしれない。それは、嫌だ。だめだ。だから千秋には頼れない。


 ——お前らは、真っ当に生きろよ。


 伊吹の、昔と同じ、優しい声が脳裏に響く。


 まだ、間に合う。


 ぐ、と、拳を握る。


 伊吹は、確かに罪を犯したのかもしれない。罪の意識に苛まれているのかもしれない。でも、元々は籤浜の連中が、伊吹の父が悪いのだ。なら、そちらに責任を押し付ければいいのだ。伊吹が真っ当に生きる道は、ちゃんと残ってる。だから。


 刹那は、サイドテーブルのミネラルウォーターのペットボトルを手に持った。そして、その隣のテレビのチャンネルを持ってホテル備え付けのテレビをつける。少し、気分転換をしようとしたのだ。


 ペットボトルの蓋を開けてテレビを見ると、金髪の女性キャスターが何か大声で話している。背景は、飲み屋みたいだった。どうやら、そこで事件があったらしい。誰かが、銃で撃ち殺されたらしい。……犯人も被害者も、アジア人同士で。銃を打った犯人は、日本人、で。被害者は、男性で。


 ぼとり、と、刹那は蓋が開けられたままのペットボトルを落とした。カーペットに水が広がっていく。でもそんなの、関係なかった。


 テレビに映された、被害者の顔写真。

 そこには、紛れもなく、伊吹の顔が、映っていた。

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