第5話

 伊吹の捜索は、私でも出来る限りやっていたが、一番熱心にやっていたのは、なんでか、私の会社の直属の部下達だった。

 

 彼ら彼女らは、昼間、傍聴席にいたが、私よりも熱心に独自の情報網で伊吹の行方を追い続けていた。流石に、犀陵時次の息子に取り行って一緒に大学に通っていた、というのは想定外だったが、その後は伊吹の情報を掴むと私に一言だけ残して伊吹の確保に率先して動いていた。当時の私は、忙しさとか社長の責任の重さに目が眩んでいてその事も当然の事と受け入れていたが、今思うと大分おかしいな。なんでだろう。


 でも、そんな優秀な部下達でも、いつもほんの一手の差で伊吹から逃げられていて、帰ってくる度に悔しそうに申し訳なさそうに私に報告したものだった。そんな、複数人相手にして、たった1人単騎で日本国内を逃げ回れる息子の逞しさは、よく知っている。


 直属の部下達は、今、伊吹捜索のノウハウを活かして、共同で探偵社を立ち上げたらしい。私もどうか、と誘われたが断った。設立時、私も手土産片手に探偵社に向かったが、皆一様に、「伊吹さん捜索よりも断然に楽で皆チョロいです」と言っていたものだ。褒められていたのか文句を言われていたのか。浮気調査楽しいです! とキラキラ笑顔の元女性部下を、婚外子がいる男として複雑な気分で見ていたものだ。まあ、セクハラに泣いていた頃より、ずっといいか。


 とにかく、伊吹は親の贔屓目を抜きにしても優秀な息子だったと思う。育ての親である、伊吹の祖母がすごいのだろう。あの人は、私に色々と思うこともあっただろうに、何も私を責めず、伊吹を育ててくれた。とうとう病に伏して入院したと聞いた時は、私も何とか時間を作って、お礼を言いに行ったものだ。その時も、「あなたのお金のおかげです。私の生活費もくださって。ありがとうございます」と私に声をかけてくれた。そう言われて、嬉しかったな。誇らしかった。本当に、立派な人だった。


 彰も、伊吹の祖母はすごい、と一度キラキラした目で私に話してくれた事があったな。あれは、彰が高校の時の一人暮らしのアパートで、だったか。伊吹の祖母から、たまに食事に誘われて夕飯をご馳走になっていたらしい。


 彰は、伊吹とは6歳違いで、長男とは3歳違いで、親族の集まりがある時はよく息子達2人の世話をしてくれた。ありがたかったな。息子達2人も、彰の言う事にはよく聞いていたし、他の弟妹とは違い、勤勉家で、しっかり者で、私の常識が唯一通じる弟だった。ああ、そういえば、アパート経営を意識したのは、本家に馴染めてない彰にアパートを探してやろうと色々と見ていた時からだったな。意外といろんな事が繋がっているものだな、うん。


 さて、そろそろ現実逃避は終わりにするか。

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