後の祭りの畳み方 籤浜大志
第1話
今までの人生の中、後悔なんて山ほどある。
例えば、父が存命の頃からきちんと会社の深部まで見ておくべきだったとか、大規模な設備投資をする時は、きちんと時流を見ておくべきだったとか、息子達とちゃんと話しておくべきだった、とか——自殺をする時は、もっと人目に気をつけるべきだった、とか。
私の人生は、全て後悔の上にある。気がついたら時にはもう全てが全て手遅れで、泥沼の中に片足どころか半身浸かっている。そんな状態ばかりだった。特に、気まぐれはいけない。なるべく、日々のルーティンは崩さずに過ごす。なるべく他人に心の内を話さない。いつ片足掬われるか分かった物じゃないから。後は、苦痛に耐えれば、後に解放が待っている。それが、不測の事態をなんとか避けるために私が編み出した、処世術じみた信念、だった。
でも、ああ。なんでこうなってしまうのだろう。
積み上げてきた物全て失って、残るものといえば債務と損害賠償で、とりあえず、本家の土地家屋や保管してあった美術品などをはじめとする、処分できる財産を全て処分して、返済に当て、残りの金額を全て返した後、死のうと思っていたのに。
一度決意してしまえば、自殺なんて簡単な物だ。もっと早くそうしておけばよかった、と思うほど。それに初めから気がついていれば、唯一残された息子の伊吹に、あんなに執着せずに済んだのに。
今だって、後悔してる。
決意が揺らがないうちに、早く今の自宅であるアパートに帰って、なるべく周囲に迷惑がかからず、成功率の高い自殺のやり方をまとめておくつもりだった。唯一残された実子の伊吹に、これ以上迷惑をかけぬように、遅すぎる上に白々しい親の務めを果たす為に、死んだ後に必要な手続きもノートに纏めておくつもりだった。私の死体の側にそのノートでも置いておけば、すぐに気付くだろう。まあ、犀陵に頼んで、私の経営していた会社を潰すぐらいの息子なのだから、いちいち私がお節介をせずとも、知っているかもしれないが。
でも、私のみみっちい親心が、今更、伊吹の迷惑になってはいけない、なんて囁いてくる。養育したのは私ではないのに。私はただ、金を出しただけだというのに。あいつの若い時間を、私は散々奪ったのに。本当に馬鹿だ私は。これで償いになるというのか。
まあ、でも。一応、用意しておこうと思っていたのだ。弁護士に聞くと、まだ若い弁護士は自殺なんて駄目だ、と説得されそうだったから、1人で調べようとしていた。裁判所を出て弁護士と別れ、とりあえず図書館に寄って便利そうな本を借りた後、帰ろうと、思っていたのに。
「……………………」
向かい合う、恰幅のよく、豪快な雰囲気を持つ人間の背後の壁の掛け時計。現在時刻、23時40分。別に時計は間違ってない。正しいのだ。恐ろしいことに。
おかしい。私がこの家に来てこの部屋に通された時、時計は13時ちょうどを指し示していた。なんで、そこから10時間以上も経っているのだ。おかしいだろう。なんで帰らせてくれないんだ。何度も何度も断っているではないか。帰る、と言っているではないか。でも、帰らせてくれない。この部屋と玄関へと続く廊下を繋ぐ扉の鍵は開かない。なぜ? なぜなんだ? なんで、閉じ込められている?
「
還暦間近のこの年ではそうそう呼ばれない、下の名前を馴れ馴れしく呼ばれて、私の肩が情けなく跳ねる。目の前の席に座る男、犀陵時次は、机の上の携帯を確認し、素早く操作をしてから、私と向き合った
「そろそろ決めてくれたか」
同じ空間に10時間以上共にいたのに、何故か10時間前と同じ調子で笑っている。同い年でお互い還暦が近いのに、なぜか、元気に笑っている。
「その、」
私は、生唾を飲み込んだ。
「犀陵さん、申し訳ないのですが、あなたのご提案は受け入れる訳にはいきません」
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