第5話
籤浜大志は、自宅の鴨居で、首を吊っていた、という。
しかし、すぐに家政婦に見つけられ、助けられて、病院に運ばれた、と。
情報提供の為の金を渡していた、という、籤浜の親族の1人が、千秋くんにそう、メールを送ったのだ。
私は、動揺が隠せなかった。
最後に見た、籤浜大志を思い出す。
変わらず、彼の周りには親族ではないが、彼を慕い、庇う従業員達がいた。でも、彼は、思い詰めたような顔で、私と面と向かって、交渉の席についていた。
——私のせい?
私は、愕然と思った。
「意識は、すぐに戻ったって。命にも別状はない、と」
「で、でも……」
頭に血液が回らない。頭がクラクラする。
舌打ちの音に、私はその音の方を向いた。そこには、刹那くんが苦々しい様子で、睨むように千秋くんが見つめるスマホを見ていた。しかし、私に気がつくと、軽く首を振った後、どうする、と言ってきた。
「伊吹にはどう、」
「そうです! 伊吹さんに、伝えなければ!!」
私は、千秋さん! と声をかけた。
「伊吹さんに、すぐに連絡してください! お父様が大変です、と!」
「加賀美」
刹那くんの硬い声に、私は刹那くんの方を向くと、刹那くんが眉間に皺を寄せた、苦々しい顔をしていた。
「伝えては駄目だ。伊吹が、あっちに行ってしまう」
「え、はあ? で、でも、伝えなければ、」
「駄目だ。どう伊吹に隠すか考えなければ」
「刹那さん、何を言っているんですか!」
関係が悪いとはいえ、実の父親が死を選んで、それを実行したのだ。伝えないと。もしかして、籤浜大志も、それを望んでいるのかもしれない。
「もしかしたら、罠かもしれない」
「……罠?」
少し顔色が戻った千秋くんのおうむ返しの言葉に、刹那くんが頷いた。
「人が家にいるときに自殺を図ったのだろう? つまり、誰かに見つけてもらうことを期待して自殺を図ったんだ。伊吹に自殺の話が伝われば、もしかしたら、伊吹を捕まえられるかもしれない、とな」
私は、あまりの刹那くんの発言に、目の前が真っ白になる思いだった。
穿ちすぎだと思う。籤浜大志に、追い打ちをかけるような解釈だと思う。否定したいが、口が、うまく動かない。
「千秋。伊吹には、黙っておこう。もう、逃げられたくない」
刹那くんの深い瞳が、千秋くんを見つめる。千秋くんは、私を少し見た後、口を開いた。
「もう、籤浜は破産手続きに進んでいるって。でも、やはり、籤浜大志には債務の連帯保証があるし、少なくとも、粉飾の民事訴訟は、免れないだろうって」
「…………」
私は、何も考えられない。
すぐに崩れ落ちそうな崖の上。そこに立っていた籤浜大志の背を、押したのが私ではないか? という、思いが消えない。
「もしかしたら、それを、苦にしたのかも」
千秋くんは、何かを絞り出すかのように、重いため息をついた。
「伊吹には、言わないでおこう」
「社長、いいんですか」
「……伊吹だって、籤浜大志をどうする事も、できないだろう」
千秋くんは、その後、早口で「これは決定だ」と、宣言した。そうしてしまえば、私は何も言えない。
私は、崖の上に立つ籤浜大志の背に、自分の両手を伸ばす私のイメージが、拭えなかった。
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