2話 はじめまして

森の中を騎士が歩いている。その騎士は全身をプレートアーマーで覆っており、ヘルムの側頭部からは長い黒髪を二本出していて歩くたびに揺れている。遠目から見ると触覚なのではないかと誤認するレベルである。そして右手には一メートルほどのつるはしを手に持っており、騎士が通った道には胴体に大穴を開けた魔物や肉食獣がちらほらと転がっていた。


「いや~王都は遠いな~、森はうっとおしくて嫌になっちゃうし早くここの森全部伐採しちゃえばいいのに。」


呑気な独り言が森の中を木霊する。活発でどこか愛嬌のある声は騎士が女性であることを示していた。彼女の名はアリシア、王都の騎士団の一人である。騎士団とは王都で起きる様々な問題を解決する武力組織のことで街の警備や周辺区域の魔物の討伐などを主な任務としており、他国との戦争などにも駆り出される軍団である。


「ん。血の匂い……!?」


呑気に歩いていた彼女だが突如風に乗って濃密な血の匂いが鼻に突き抜ける。


(魔物同士の縄張り争いかな?いや……それにしては血の匂いが濃すぎる…!)


そうこの森は魔物が多数生息しているため縄張り争いも当然起きる、しかし魔物は体のほとんどが魔力と呼ばれるエネルギーで構成されている生物、つまりエネルギーの塊とも呼べる存在なのだ。そのため通常縄張り争いに負けた個体は勝った個体に食われエネルギー源とされる。つまり血の匂いが多少残ることはあっても目視出来ないほど遠くからは匂ってこないのだ。


「急がないとやばいかも……!」


つい先日もこの森で馬車が行方不明になったばかりと聞く、急がなければ不味いと思考が駆け巡る………血の匂いからすでに事は終わっているのだと半ば理解していながらもアリシアは駆ける。そのスピードはおよそ金属の鎧に身を包んでいる人間の出す速度では無かった。彼女を見て逃げ出す鹿をやすやすと追い抜くほどのスピード、何故そのようなスピードを出せるか、それは魔力で身体能力を強化しているからである。魔力は生物なら魔物でなくとも皆持っているものであり、心臓によって生み出され、血液と一緒に体に巡っていると考えられている。だが大半の生物は魔力を知覚せずに一生を終えてしまう。知覚し、休まず鍛えた者こそが魔力を十全に扱うことが出来るようになるのだ。ちなみに魔力を通力やマナと呼称する国もあるそうだ。そうして彼女は走り出してから15秒ほどで現場に到着した。むせ返るような血の匂いに顔を引きつらせながらも前に進んだ彼女を出迎えた光景は、


「なに……これ……?」


地獄だった。倒れている馬車は荒らされ放題、馬は足が切断されておりアリシアの足元に血濡れのワイヤーが落ちており元々は木と木の間に結んであったのだろうが今は一方の木にしか結ばれていない。馬が引っかかった時に切れたのだろうか?そしてフードを被った男達、恐らく盗賊なのだろう。彼らは全員首を真横に斬られて絶命していた。そして一際アリシアの目を引いたのは辺り一面血の海だというのにそこだけ血が無くその代わりにもっこりとした土に馬車の一部と考えられる木片が刺さっていた。誰がどう見てもそれは墓だった。木片には墓碑が刻まれているのかと目を凝らせば書いてあるのはただ一言、


『ごめんなさい』


贖罪の言葉であった。


「…………」


アリシアはただ言葉を失っていた。彼女は騎士団として活動していく中で当然凄惨な現場は見てきた。そのためこの光景を見ても特に動揺はしていない、ただ彼女はこんな状況になる理由が分からないのだ。馬車が盗賊に襲われたまでは理解できる、だが何故盗賊が死んでいるのか、まるで分からない……が仮説を立てることは出来る。


「馬車の運んでたものが原因……だよね?」


馬車が襲われる→盗賊が荷物を漁る→人?魔物?が暴れる→現在 これが現状最もありえる事の顛末だと推測した、だが不可解なことが一つある。それはアリシアが墓を掘って見つけた死体である。これは服装からして御者だ、


「墓を作ったことから少なくとも人語を解せるんだろうけど、盗賊を返り討ちにするほど強いならなんで御者を守り切れてないんだろう?」


事実アリシアがこの場に居合わせたら馬車が倒れた時点で即座に外に飛び出し盗賊など全員返り討ちにしている。仮に転落の際に御者が致命傷を負っていたとしてもこんなど真ん中ではなくもっと奥の方まで運んで死んでいるはずだ。


「……考えても仕方がない。この件は王都に戻って報告すればいいや!」


アリシアは自分が賢くないことを知っている。それにこれはもうほとんど終わっている事件、後は生き残りを見つけることぐらいなのだ。ならば自分が下手に推理ごっこをしているより、一刻も早く王都に戻って報告した方が解決するとアリシアは考えた。そうしてアリシアは全速力で王都への道を走っていく。






「なに……これ…?」


本日二度目の驚愕である。その光景は『おそらく馬鹿』である。彼女の目の前には血を吐いてうつ伏せに倒れている銀髪の少女でピクリとも動かないことから死んでいると考えられる。死因は明らかでキノコ(見た目的に毒)を食べたのだろう、地面に落ちているかじり跡の付いた大量のキノコがそれを証明している

「えっと……この女の子はさっきの盗賊の仲間……なのか…な?」


それにしては間抜けすぎる死に方だが、服装からそう察するしかない。先ほどの自分の推理が当たっているのだとすれば盗賊をあんな無残に殺した奴がこんな死に方をしているはずがないパニックになった盗賊が錯乱してキノコにかぶりついた……そう考えるしかなかった。


「取り合えず遺体を調べてみるしかないか……どこかに名前とか書いてあるかもしれないし。」


アリシアが少女の遺体を持ち上げようと触れた瞬間、


ガバッ!


「えっ……?」


「………誰?さっきの人たちの…仲間……?」


気づけば死んでいたはずの少女に押し倒され、ヘルムと鎧の隙間を通され首にナイフを突き立てられていた。


「な、なんで……確かに死んでたはずじゃ……」


別にアリシアはただの騎士であり軍医などではないがそれでも断言できる。先ほどまで確かにこの見目麗しい銀髪の少女は死んでいた。なのに今こうして自分に敵意を向けてきている。


「は、はじめまして!!私は騎士団所属のアリシア!年齢は22歳!盗賊なんかじゃないよ!」


とにかく色々考えることはあったが、アリシアは自分の安全を確保することを最優先にするしかなかった。この少女は感情が全く読めないのだ、一秒後には自分の首が掻っ切られてもおかしくないとアリシアは判断した。


「……そう。ごめん……確かにあなたからは……うん。ごめん……なさい。」


意味深な含みを持たせ少女はナイフを右腰のホルスターにしまう。


「えっと~、そうだ!あなたの名前は?まず聞かせてほしいな。」


アリシアは立ち上がりそう聞く。誤解は解いたならば次はコミュニケーションで信頼を得るべき……と考えたわけではない。ただ彼女が可愛らしいからつい名前を聞きたくなっただけなのだ。………数秒前までその可愛らしい少女に殺されかけていたのだが


「………………………」


(え~………そんな隠すほどなのかな……?)


沈黙で返す少女にそんなことを考えるアリシア。別の話題を切り出そうとした時、


「リア……」


「え?なんて?」


あまりの時間差に面食らったアリシアは思わず聞き返してしまう。本当はばっちり聞こえており、脳に刻み付けたのにも関わらずだ。


「リア……それが私の名前……人に名乗るのは本当に久しぶりだから思い出すのに時間かかった……ごめん。」


「え……あ、そう……よくあるよね!そんなこと!それよりリアとアリシアってもうほとんど名前一緒じゃん!!仲良くしよ~」


色々と聞きたいことはあるが楽観的なアリシアはまず会話が成立したことに感動し全て放り投げていた。


「あ、そうだ!こんなヘルムじゃ怖いよね!今外すからね~」


自分がヘルムを付けていたことを今更ながら思い出すアリシアはヘルムの内側に手を突っ込みなにやらカチャカチャとし始めた。


(何……してるんだろう……)


恐らくは側頭部から出ている触覚(髪)のせいで素直に上に持ち上げられないのだろうとリアは考えたがアリシアと名乗るこの騎士が何をしているかは把握できなかった。


「着☆脱☆!」


その瞬間ヘルムが縦に割れ顔部分と後頭部に綺麗に外れ勢いよく吹き飛んでいった。そして中からは黒髪黒目でツインテールの童顔の女性がどや顔で現れたのだ。初めに年齢を聞いていなければ態度も合わさってリアはアリシアと自分は同じぐらいの年齢なのではと考えてしまうほどだった。……身長差はあるが。


「おおっ……」


こんな奇想天外な登場の仕方は流石に予想外で不覚にもリアは感心した。リアの中で好感度が不審者からちんちくりんにランクアップした瞬間である。


「いや~暑かった~。この髪じゃヘルム付けられないからってうちの騎士団長がオーダーメイドで作ってくれたんだ~すごいでしょ~」


えっへんと胸を張るアリシアにリアは無表情のまま、


「………すごい。」


本音なのかお世辞なのか分からないような声で言っていた。


「はっはっは~………あっ!!」


思い出したかのように大声を出すアリシアにビクッとなるリア、ようやくアリシアは本題を切り出す。


「なんでリアちゃんは死んでたのに今こうして生きてるの?ハッ!もしかしてゾンビ!?いやでも腐臭はしないし日も出てるし……」


やかましい動きでそう聞くアリシア、だが至極全うな疑問であった。


「………それは私のギフト。私のギフトは『不死』だから。」


「………ッ!!」


アリシアの顔からおふざけが消え、苦虫を嚙み潰したような顔になる。ギフトとはあらゆる生物が稀に宿すことのある超常の異能である。生まれた時から持つ者もいればある日突然得るものもいる。ギフトを得た者達の特徴として左胸に鎖が絡まったような模様が浮かんでおり、どんな手を使っても消えない。王都にはギフトについて研究する特別な機関が設立されており、五年ほど前に興味本位でアリシアは今まで確認されたギフトを纏めた本を読ませてもらったことがある。本に載っていた種類は王都で確認されている5種類と、アータム大陸の主要都市四つで確認された15種類。合わせて20種類しかなかったが中々に興味深かったのを彼女は覚えている。特に興味深く、そしておぞましいと感じたギフトが『不死』その効果は死なないだけ……なのだが、もはや概念的なレベルで死なないらしくギフトを得た瞬間から年を取らなくなり、例え塵になるまで消し飛ばしたとしても無から再生するのだという。つまりこのギフトを得た瞬間から永遠に死ねないという業を背負うに等しいのだ。そして通常ギフトの使用には大なり小なり魔力を必要とするのだが、このギフトは魔力を必要とせず常に発動し続けている。そしてなによりアリシアの胸に深く残っているのは写真である。本にはギフトの所有者の顔も載っている。『不死』のギフトの所有者は大人の男なのだがその顔は……疲れ切っていたのだ。


「二人目の『不死』……」


アリシアはボソッと呟く。ギフトを得た時から年を取らないのだとすれば、目の前の少女は14~16歳程度に見える。まだ親離れも出来ていない子供だ、あまりに酷すぎる。それに先ほど言っていた「人に名乗るのは本当に久しぶり」という言葉の意味を理解しさらに胸を痛める。


「……今何か言った?」


首を傾げるリアにアリシアはハッとする。


「な、何でもないよ!それで、リアちゃんは経路から察するに多分王都に向かってるんだよね。なんで?旅行かな?」


彼女はシリアスなのは自分には似合わない、明るく能天気で何も考えてないのが私だと言い聞かせ、話題を変える。リアは数秒の沈黙の後、




「……私を死なせてくれる人を探すため。」


相変わらず感情の読めない顔で……そして名前を答えた時のようなたどたどしさではなく、用意していた台本を読むように実に流暢にそう答えた。



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死ねない少女の冒険譚 ~End of life journey~ たらこパスタ @tarakotako

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