1話 起床
乾いた風が吹いている、けたたましい音を立てながら街道を馬車が走っている。牽引している二頭の馬は気性が荒いようで、御者は冷や汗をたらしながらも巧みに操っている。そうして道なりに進んでいくと馬車は森に入っていく。
「はぁ、ここは通りたくねぇなぁ。」
そう御者はため息をつくのも無理もない。この場所は王都に向かうには通らなければいけないのだが、森の中ということで危険なクマなどの肉食動物や、時期によっては危険な魔物も出現することで有名なのだ。先日もここを通った馬車が行方不明になったという噂を聞いたばかりの御者は何事もなく通り過ぎることを願うことしかできない。
「さっさとこんな森焼き払うなり道をもっと整備するなりしてくれりゃあいいのによぉ。」
そんな悪態をつきながら御者は馬車を加速させてゆく。
グチャ
突如肉が潰れるような音と同時に二頭の馬がバランスを崩し転倒する。
「うわああああああ!!」
御者は当然空中に放り出され木に激突する。
ゴン!!
鈍い音と共に頭に経験したことのないような衝撃が走る。
「ううっ……頭が割れやがった……」
顔面を濡らす大量の血と自分の怪我を把握する御者。立ち上がることなど出来ず、倒れながらゆっくりと馬車に目を向ける。
「な、なん……だ?」
二頭の馬は丁寧に足がすっぱりと切れており、馬車の少し後方には真っ赤な血を浴びた糸のようなものがピンと張っていた。これは魔物の仕業などではない、ゴブリンなんかにこんな芸当は出来るはずがない、つまりこれは……。そう思考を回す御者、そんな彼の推理の答え合わせをするかのように闇の中からフードを被った集団がぞろぞろと集まってきたのだ。
「ちくしょう俺もついてねぇ……盗賊かよ…」
考えてみれば、王都に向かう馬車は何らかの高価な物資を積んでいる可能性が高い、さらにここは人目の付かない森、そして魔物などが生息している。盗賊が狙うには完璧すぎるほど条件が整っているのだ。
「お前たち速やかに済ませるぞ。」
リーダーらしき男がそう声をかけると、盗賊たちは無言で馬車の中を漁り始める。
「パンやミルクなどの食料品が20品、銅貨50枚に銀貨29枚金貨は2枚。ボス今回は外れですね、この御者何を目的としてこの程度の量を王都に運ぼうとしてたか分かりません。人一人分の荷物しかありません。」
漁り終えた部下がボスと呼ばれた男にそう報告する。
「馬鹿か?それはフェイクに決まってるだろうもっと探せ。俺はこいつを尋問する。」
そういうと盗賊は縛られて身動きの取れない御者にナイフを向ける。
「おかしいよな、王都にわざわざこんな精々一週間分程度の荷物で行くなんざ。本当は何を運んでた?」
御者は震える唇で答える。
「お、俺はただ人を運んでただけだ、あんたたちが望むものなんて何も運んじゃいない!中にいないってことは大方転倒したときにどっかに飛ばされて頭でも打って死んでるんじゃないか!?」
そう答えた瞬間御者の右耳が吹き飛ぶ。
「ッッッ!!!!ガアッ!」
声にならない悲鳴を上げる御者を意にも解せず盗賊は淡々と話す。
「俺たちは見てたぞ?馬車がこけた時吹き飛んだ中に人はいなかった。この状況で嘘つけるとは相当肝が据わってるみたいだな。もう一つ耳いっとくか?」
盗賊は血に濡れたナイフを御者の眼前に突きつける。
「ほ、本当に人を運んでただけなんだ!!それ以外何もないんだ!信じてくれよ!」
御者は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながらそう叫ぶ。
「ふん、そうかよ。」
盗賊は御者の左耳を容赦なく切り落とす。
「アアアア!!!!」
御者は失禁しながら横に倒れる。盗賊は鼻を摘まみながら右手に持ったナイフを振りかぶる。
「ふん、どのみち馬車を解体すりゃあ分かる死ね。」
そして御者に向かってナイフを振り下ろそうとした瞬間。
「ボス!!馬車の床の空洞から箱が出てきました!!」
「!!」
思わぬ報告に盗賊の腕が止まる。
「ふん、隠してたじゃねぇか。」
盗賊は悪態をつきながら箱の方に歩いていく。御者は何が起こったか理解していなかった。何故ならば。
「待て、俺は床に箱なんか仕込んじゃ……」
そんな御者の言葉などに聞く耳をもたず、盗賊たちは箱をゆっくりと開ける。箱の中から出てきたのは、
ザクッ!!
「え?」
ナイフだった、否正確にはナイフを持った少女だ。銀髪のロングヘアーで吸い込まれるほど綺麗な赤い目をしており、今人を刺している真っ最中だというのに眠そうな顔をしている。服装は白いシャツ一枚に白いパンツという外に出るにしては中々にアレな恰好をしている。首を刺された盗賊は何が起こったのか理解するよりも先に首を掻っ切られて絶命した。少女は死んだ盗賊を踏み台にして群れから離脱する。
「ボス!!」
「全員、弓で射ち殺せ!」
リーダーがそう号令を掛けると盗賊たちは一斉に弓を取り出し、矢を放つ。
「………」
少女は無言のまま無数の矢をナイフで弾いていくが流石に大量の矢は捌ききれず、足やわき腹に矢が刺さる。
「……痛。」
少女は体をよろめかせる。その瞬間をリーダーの盗賊は見逃さなかった。
「てめぇが何者か知らんが、仲間を殺ったツケは払ってもらうぞ。」
盗賊は少女の懐に入り腹にナイフを突き立てると一気に掻っ捌いた。
「ブッ…」
口から一気に血を吐き出し、腹からは臓物などを溢しながら少女は倒れる。
「ちっ、面倒掛けやがって骨折り損じゃねぇか。」
リーダーの盗賊はそう悪態をつくと荷物を持たせて撤収準備を始めるよう号令を掛ける。
「くそ、俺もあんな風に死んじまうのか……」
御者は霞む視界でそう呟く、頭と耳から御者は血を流しすぎており、自分の死期を悟っていた。
ガバッ!
「あ!?」
瞬間、後ろから先ほど死んだはずの少女がリーダーの盗賊の背中に飛び移っていた。
「なんでお前生きて……ぐっ!」
何の躊躇もなく盗賊の首にナイフを突き刺す少女、
「…ごめん、まだ血が足りなくて……力入りづらいから苦しいかも。」
そう言うとゆっくりとだが確実に盗賊の首を真横に切り裂いていく。
「が、ガボッ……!」
盗賊は白目を剥き、血泡を吹いてそのまま倒れ、骸となった。
「ぼ、ボス!!」
他の盗賊が動揺をする。無理もない、確かに死んだ少女が今こうして動いているのだから。みると腹の傷が少しずつ塞がっていっている。
「あと……8人。」
少女がそう言うと盗賊たちに向かって走り出す。そこからは地獄の光景だった。体に矢が何本刺さろうが無視して敵の首を的確に切り裂いていく少女、阿鼻叫喚する盗賊たち。気づけば5分ほどで全員動かぬ屍と化していた。
「……また死ねなかった。」
そう悲しそうにつぶやく少女。
歩きながら矢を一本一本抜いていく、するとどんどんと傷が塞がっていき、血塗れではあるものの外傷は全て消え去っていた。
「ごめんなさい、待たせた……」
少女は御者に語り掛ける。だが御者の返事がない、
「……?」
リアは御者の体を仰向けにし、心臓の音を確かめるが聞こえるのは風にさざめく木々の声のみであった。御者は血を流しすぎていたのだ。その命の灯は簡単に消えてしまっていた。
リアは立ち上がると馬車の中を漁る。
「あった……王都までの地図。食料は……いいや、お金だけ持ってこう。リアは盗賊のローブをはぎ取り着る。多少、いやかなりぶかぶかだが行動には支障はない。リアは最後に御者の前で……
「ごめん……なさい……私がもっと早く起きてれば……あなたを守れたのに…、地図お借りします…。」
無表情のまま涙を流す少女。彼女は不死の存在自らが死ねないが故なのか、自分以外の生命の死を嫌う。彼女は涙を拭うと王都に向かって歩き出す………
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