死ねない少女の冒険譚 ~End of life journey~

たらこパスタ

序章 王都辻斬り編

0話 出立

鳥の鳴き声が聞こえる……もう何度も何度も何度も何度も繰り返した朝の到来である。


「んっ……」


毛布をどけて床から少女は立ち上がる。少女の見た目は透き通るほど美しい銀髪に、宝石を思わせるような紅い瞳を持っており、年齢は14歳ほどであろうか見た者を一瞬で虜にするような美少女であった。彼女の名はリア、しがない村娘である……あったというべきだろう。リアは立ち上がり白いシャツ一枚に下着姿で外に出る。


「………おはよう。」


彼女は少しの沈黙の後朝の挨拶をする、だがおはようと返す言葉は無くただ残響だけが響いている。それもその筈彼女の目の前には人などいない、そこにあるのは伸び伸びと育った植物とそれに飲み込まれてうっすらと見える木片ぐらいしかないのだから。昔ここには村があった、どれぐらい昔だろうか……千年?二千年?それぐらい昔に村は確かにあった。だが今は見る影もない。村人たちの子孫は村を離れたか、途絶えたかだ。ただここにいる少女を除いて。


「………今日は……村のお手入れしなきゃ……。随分伸びてきたし……」


そう呟くとリアは家の前に置いてあるバケツに手を入れる。バケツの中から出てきたのは一振りのナイフだ。彼女はナイフで植物を切り落としていく、この行為に何の意味があるのかなどリア自身も分かってなどいない。ただ直感で自分が自分である為に必要な行為なのだと彼女は考えていた。ただ黙々と何も言わず、食べず、彼女は植物を切り落としていく。




「ふぅ……こんなところでいいかな……」


日が暮れ始めたころにリアの作業は終わりを告げる。半ばジャングルのようになっていた村の跡はただの跡地となった。目を凝らせば石畳の破片や木材が見えるぐらいである。


「……疲れたから眠ろう………」


この疲れは肉体的なものなのかはたまた別の要因なのかリアははっきりとした答えは出さず家の扉を押す。


バキッ!!


軽く押しただけのつもりだったが、木の扉はあっさりと外れ床に落ちた瞬間にバラバラになってしまった。無理もない、定期的にリアが修理をしたりしているとはいえ、これも築数千年だ、よく見れば植物が絡まっているのは勿論のこと、壁や床もボロボロで、所々穴が開いている。むしろ何で崩れていないのか不思議なほどである。


「………いいや、明日直そう。」


リアは考えることを放棄して、枕元のかごの中にある草を食べてから毛布を被って床に寝る。ベッドなどという物は50年ほど前に寿命を迎えてもう無いからだ。





――――――夢を……見た。私がまだ、ただの村娘でいた頃の……思いっきり笑えて、思いっきり泣いて、思いっきり怒れた時の……もう笑ったことも怒ったことも千年はしてないかも…………泣いたことは………〇〇も〇〇ド。楽しい思い出を振り返るような幸せな夢……ずっとここにいたいと思えるようなそんな………夢……


「ねぇ、皆!!見て!!私の胸になんか鎖がぐるぐるってなってる模様が!!これって……」


村の皆が集まってくる、一人は驚いたり、一人は悔しそうな顔をしていたり、一人は喜んだり………この世界にはギフトと呼ばれるものがある。詳しいことは分からないけど凄いことが出来るようになるそうだ。そしてギフトを手に入れた人は皆胸に模様が出るそうだ。私が手に入れたギフトは『不死』それに気づいたのは発現してから3年後だった、私が一人で森を探索してた時にそう……熊に襲われて……それで………そこでようやく自分が死なない体になったのだと理解した。そしてそこから10年経って何故か自分だけ身長が伸びないことに気づいた。それどころか顔つきも何もかも変わらないことも……私のギフトは体の成長を止めてしまっていた。それがとてつもなく悲しいことなのだと理解したのは知ってる人が皆いなくなった時だった。


「なんで………楽しい思い出じゃ………ない…こんな夢私は望んで……!」


私は夢なんて見れないから寝る前にいつもみたいに食べたんだ望んだ夢を見させてくれる代わりに猛毒を持つあの”夢草”を、なのになんでこんな苦しい夢を見るの?なんで………


「旅はいいぞぉ!父さんのこの屈強な肉体もな旅をして作ったんだ!お前も大きくなったら旅に出るといい。」


「ッ!」


夢が切り替わった……これは私が10歳の頃の……そうだお父さんは冒険家だった。様々な冒険話を聞かせてもらったんだった。お母さんとも冒険に立ち寄った街で出会ったんだっけ……


「た、び……」


もしかして今の私が望んでる夢って……







そこで少女は夢から覚める。目が覚めればいつもと同じ朝だ。リアは立ち上がる。


「分かった……もう…」


こんな夢を望んでしまうほど自分はどうしようもなくなっていることを彼女は自覚したしてしまった。ならばもう動くしかないと理解していた。


「恰好は……」


自分の服を見る。服というか下着なのだがこれしかないから仕方がない。リアはナイフをしっかりと握る。


「行ってきます………」


そうして彼女は三千年もの引きこもりをやめ、旅に出る。リアの村は街道に沿ってあるのだが三千年の時間の経過は凄まじく村の外は見事に森になっていた。


リア「まずは、人のいそうなところを探さないと……」


道中何回か猛獣に襲われて死んだがめげずに突き進んでいった。そして彷徨うこと三日………


「ん………」


彼女の目の前には石畳と大きな二頭の馬が繋いである馬車。石畳で整備された道以外はだだっ広い平原が続くがそれはどうでもいいことだった。ついに森を抜けたのだ。


「な、どうした嬢ちゃん!?」


出発準備をしていた御者がリアを見て驚く。無理もないだろう、ボロボロの下着を着てナイフを持った少女が森から出てきたのだから。


「これ……なに?」


そんな御者の様子など知ったことかと始めてみる馬車に興味をひかれているリア。御者は自分の容姿よりも馬が気になるのかと驚いていた。何故ならこの御者は坊主頭に強面の顔でかなりいかつい風貌をしているため、他の仲間たちからもこんな御者がのる馬車なんか怖くて乗れるかと馬鹿にされていたからだ。


「あ、ああこれは馬車って言ってだな早くて便利な乗り物だ。ってかそれよりも……おい。聞いてるか?」


乗り物という単語すらあまり馴染みのないリア。だが何となくは理解した、それが今の自分に必要なものであると。


「乗せて。」


「ん?」


さっきまでぼーっとしていた少女が急に話すものだから御者は面食らっていた。だがすぐに調子を取り戻し、


「いいぜ、料金は……まぁタダでいいか。どこ行きたいんだ?」


「人のいる場所。出来ればたくさん。」


随分と抽象的な注文に御者は眉を顰めるが、


「なら王都しかないな、できれば行きたくねぇけど……」


「……?」


顔をしかめる御者を不思議に思いながらもリアは馬車に乗り込む。


「あ~……嬢ちゃん運転中はあんま話せないから今のうちに話しとくぞ。」


御者席に座らず彼は馬車の中に乗り込んでリアに話しかける。


「嬢ちゃん。そこの食料とこの金やるよ。王都に着いたらそれで服でも買って後は拾ってもらえ。食料は一週間は持つ。」


御者はキャビンの奥の方を指さすとそこには袋詰めにされたパンや、果物が見えた。そして渡された袋を覗き込むとキラキラと光る硬貨があった。


「お金……?」


そうリアが知っている時代には貨幣制度は無く、主に物々交換が主流であった。そのためお金の存在などリアは知らないのだ。


「金を知らねぇのか!?」


これには流石に御者も驚きを隠しきれなかった。


(金を知らねぇって……森から出てきたことといい…赤ん坊の時からでも監禁されてたのか?王都に着いたら騎士団に報告した方がいいかもな……)


彼女がどんな生活をしてきたのか御者は知る術がないが過酷だったと想像し胸を痛ませる。そんな御者を尻目に硬貨を手に取って眺めるリア。


「しゃあねぇ出発前に勉強だ。まず金は物を買うのに絶対必要なもんだいいな。」


「物?例えばあの果物とか?」


リアは奥の食べ物を指さす。


「ああそうだ。なんなら本来この馬車に乗るのだって金が必要だ。」


「え。」


それを聞いてリアは顔を少しだけ曇らせる。金額によっては払えないことを危惧したのだ。


「まぁ、今回はタダで乗せてやるその代わり俺のお得意さんになりやがれ。」


「そう……ありがとう……ございます?」


だがそんなリアの心配を吹き飛ばすようにニッと笑う御者。リアはそんな御者に信頼感を覚えながら慣れない敬語で感謝を述べる。

御者は微笑みながらリアの持っている丸い硬貨を指差す。


「その赤銅色の奴が銅貨。金の中じゃ一番位が低い。ちなみにリンゴの値段も銅貨一枚だ。」


「つまりこれが二十枚あれば二十個買える?」


「ああ、賢いな。」


リアはリンゴを齧りながら答える。甘みが体にすっと響き渡って心地よい。『不死』のギフトを持つリアは餓死などしないがそれはそれとして美味しいものは食べたいのだ。


「次に銀色の奴が銀貨だこれは銅貨100枚の価値がある。ちなみに俺の馬車は銀貨2枚の格安だぜ。」


「え?どこが……」


銅貨200枚ということはリンゴ200個分ということ、それほどの価値がこの馬車にあるとはリアは思えなかったのだ。


「まぁ、お前も大人になりゃ分かる。さて次に金色の奴が金貨だが、こいつは銀貨100枚分だ。金貨一枚だと……まぁ色々出来ちまうな。」


そう言って豪快に笑い飛ばす御者、だがリアの顔は少し陰っていた。


「……大人になんてなれない。」


そう呟いたのを御者は聞き取ることが出来なかった。


「じゃあ勉強も終わったことだし、王都に向かうとするか、嬢ちゃんには一般常識が欠けてる見てぇだから隙を見つけ次第勉強の時間を取るぞ。」


そう言うと御者は御者席に座った。


「最後に、嬢ちゃん夢はあるかい?」


「………ある、厳密には夢じゃなくて目的だけど……あなたには秘密。」


「なんだいそりゃ、まぁ目的がありゃ何とかなるだろ。頑張れよ嬢ちゃん。」


御者はリアに激励の言葉をぶつける。当のリアはキャビンを勝手に改造し始めているのだが。


(床の下に箱を入れて……出来た完全個室睡眠部屋……)


これは馬の激しい揺れだけは知っているリアが思いついた快適な睡眠のための部屋である。床の下という密閉空間にさらに箱の中という快適?な空間を用意して眠るというものである。正直何十年も床で寝て感覚が麻痺しているリアだからこそ眠れる睡眠部屋だろう。


「よし……おやすみなさい。」


リアは馬を操縦している御者に向かってそう話しかける。


(よく床で眠れんな……まぁいいか。)

「おう、良い夢見ろよ。」


そうしてリアは完全個室睡眠部屋(仮称)に入り目を閉じる。

こうして彼女の旅は今始まったのだ。

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