第24話 共闘の提案
振り返れば、血に塗れた長髪のエルフが瓦礫の上に立っていた。
(あの女! エルフの片割れ!? 生きていたのか……)
複雑な心情だ。この女に命を狙われている身としては再開したくはなかったが、あのドラゴンに食べられなかった点に変な安堵を覚えているあたり、自身の平和ボケに内心呆れてもいた。
それも、生き埋めの方がまだマシな最後だったのでは? と思う程度だが。
「お姉さんがここにいるって事は、さっきの……」
「ええ、お察しの通り。警戒心を抱かなったあの子が悪いのだけど……。だけれど、あなた達にはしてやれたわ」
この会話から察して、食われたのは短髪の女だけらしい。
あの好戦的な性格故に警戒心を抱かなかったって事か? だが何に対して? あのドラゴンか?
それに気になるのは”してやられた”という点だ。
どうにも、俺達に逃げられた事を指している訳じゃななさそうだ。
「あなた達は……まあ知らなかったんでしょうね、あのドラゴンを見て驚いていたあたり。私達の目的は、ある意味そのドラゴンでもあったわ。こうなる事を望んでいた訳では無いけれど」
「どゆ意味? ちょっとオレってばなぞなぞ苦手なんだけどさ。そういやお姉さん、今はボロボロじゃん。だったらもうオレ達の事、ほっといて欲しいな~って」
「……そうね、最早あなた達の命を狙うなんてしても意味は無いわ。本当――もっと早くに始末しておけばよかった」
肩で息を着きながらも、プレッシャーのようなものを飛ばしてくる女。
一瞬体が強張る俺と目つきが鋭くなる棚見。
しばしの間緊張が訪れたが、女の方が先に敵意を取り下げる事で終了した。
「ふぅ……。こうなった以上、私達の計画はご破算。まさかあの短剣が古の姿を取り戻すなんて想定に無かったもの。……坊やがやったのでしょう? 完全にこちらの負けだわ」
俺を見る女の顔には諦めに似た感情が浮かんでいるように見える。
俺があの短剣の形を変えた事が堪えたようだ。
(しかし……古の姿? あの短剣の元の姿はあれであっていた、って事か?)
だがそうだとして、それが何を意味するのかまるで分からない。
ダメ元で棚見の顔を見ても、同じように会話の意味が分かっていないようだ。
改めて女の顔を見た。
「あれの状態を変化させるなんて相当な腕の魔導師くらいでしょうけど……坊やはそういう感じじゃないのよね。生まれ持った特別な力、といったところかしら?」
ドキッとした。後天的な物である事以外当てられたからだ。
何故俺だとわかったんだ?
「ちょっと。お姉さんさ、オレがやったかもしれないじゃん。なーんで香月くんがやったって思うワケ?」
「最初にそう思ったのは石に掛けられていた偽装を解いた時ね。あれは他人に気づかれないように私が掛けたものだったのだけれど……。それからあなた達が大量に作った赤い石を関連つけて、ね。坊やが差し出した短剣も、最初は何をと思ったのだけれど、一連の現象から考えてもしやと怪しんだって訳よ。……でも一番の誤算は彼女の迂闊さを計算し切れてなかった事なのよね」
はぁ、とため息をつく女。そんな気はしていたが、やっぱり二人はさして仲が良かった訳じゃななさそうだ。
言われた事を整理すると、確かに判断するには十分な材料だ。そういう意味では俺もまた迂闊だったかもしれない。
「お、俺も……どうして石を戻したか、よくは、わからない……けど」
「あなた自身も自分の力を把握出来ていなかった、という事? そう……。思えばあなたがしっかり話しているのを見るのは初めてかしら? 結構渋いのね、あの子が好きそうだわ。もういないけれど」
「あ、やっぱりお姉さんもそう思う? 顔もイイし声もシビいんだからもっと自信もって思うんだけどね~、ね?」
「……知るか」
何を変な所で意気投合しているのか。
この女に命を狙われなくなったのはいいが、今度はもっとやばい奴が現れてしまった。
この問題をどうすれば? さっき女は言った、放っておけば国が更地になるって。
悠長に構える時間は無いという事だろう。どこまで信用出来るか分からないが、この状況では満更嘘でも無いはずだ。
「で、お姉さんってばこれからどうすんの?」
「その件について、あなた達にも知っておいて欲しいのよ。……単刀直入に言えば、一時的にでも手を組んでみない?」
「それって、お姉さん的もマズい状況みたいな感じだから?」
「ええ、そうよ。はっきり言ってあれを解き放つ予定なんて無かったのよ」
解き放つ? どういう意味だ? あのドラゴンは何かに封印でもされていたのか?
(封印……まさか!?)
俺は今恐ろしい想像をしている。
あのドラゴンはどこかに封じ込められていた、というのなら……恐らくその場所はあの祭壇――箱の中に入っていた短剣が一番怪しい。
箱に鍵が掛かっていた理由にも納得がいく。あの化け物を閉じ込めていたからだ。
そしてその封印を解いたのが……っ。
「……香月くん? ちょっとどしたん? 顔色がおかしいぜ」
心配する声色から、俺が今青ざめている事が伺いしれる。
(迂闊に手を出すべきじゃなかった。俺は、やってしまった……っ!)
この女の言う警戒心とはあの短剣に対してだったのか。
だがこの状況を作ったのは俺達だ。単に自分の首を絞めてしまっただけじゃない、この国を巻き込んでしまった。
吐き気がこみ上げてくる。足が震え、力が抜け始めた。体が寒い……。
とうとう口元を抑えながら、膝から崩れて落ちていく俺の体。
「か、香月くん!? きゅ、急にどうして……。大丈夫なの?」
背中に手が当てられて、優しく擦られる。だが今はこの気づかいすら苦しい。
このままじゃ……。
「……一つ、もし私の手を取るって言うのなら……少し楽になる言葉を言ってあげるわよ」
「うんわかった。今からお姉さんは仲間と思うぜ」
即答する棚見。悩む素振りすら見せず、手を組む提案を受け入れた。
おそらく俺の為に。
「坊や、大体はお察しの通りだけれど……封印を解く最後の鍵はエルフの血を浴びる事よ」
「……え?」
「彼女は短剣の見せる幻に惑わされて自分の首を切ってしまった。つまり、一番の責任はあの子にあったという事。……そこまで悩む必要は無いわ、本人も自分の命で代償を払った訳だしね」
(と言っても伝承通りに朽ち果てた状態なら、例え血を浴びても……なんだけれど。それを言ってしまったら二度と立ち直れないわね)
つまり、俺達にそこまでの責任は無い、そう言いたいのだろうか?
棚見にも荷を背負わせる事が無くなった。いや、それでも途中までは俺達も関わっていた事だ。
だからか、だから俺達に協力するように言ってきたのか。
呼吸が整ってきた。俺は再び立ち上がり、エルフの女の顔をしっかりと見る。
女はそんな俺の姿を見てか、少しばかり口角が上がっていた。
俺も、この女が微笑む姿をしっかりと見るのは初めてだ。
「私の名前はルシオロ。それじゃあ――よろしくお願いするわね」
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