第25話 明後日を見据えて
手を取り合った俺達がまずとった行動は――やはりというか作戦会議だった。
夜も更け、炭鉱跡近くで焚火を囲む。
「あまり悠長に時間をかけている訳にもいかないわ。アレはまだ目覚めたばかりだから力を取り戻して無いけれど、時間をかければかけるほどこちらが不利なのだから」
「つまり、元気になってマジヤバになっちゃっていく感じ?」
「そうよ。森へ向かったのもおそらくお腹を満たすためでしょうね。不幸中の幸いなのは、今すぐに暴れ回れないって事と……」
ルシオロは懐に手を伸ばし、とある物を取り出した。
「短剣……? これって、あの……」
「ええ、アレが封じられていた古代の遺物。最初はこうだったらしいけれど、封印した際に朽ち果てた姿に変わったらしいわ。何でもドラゴンの魔力を抑え込んだ為、なんて伝わっているけれど」
「で、これをどうすんの? まっさかこんなちっこいナイフでドンパチしようってんじゃ」
「そのまさか。私自身言いたくないけれど、これであのドラゴンと戦うわ。というより、これ以外に有効な手段が無いのよ」
彼女自身あまり口に出したい話じゃないのだろう。
確かにこんなもので立ち向かうしかないというのは勘弁してほしい話だ。
「この短剣はあのドラゴンを封じ込める為に、古代のエルフ族が作り上げたもの。それ故にアレに対してだけは絶大な効果を発揮するわ。……傷つけられればの話だけれど」
「うぇ~……マジかよ」
この短剣とあの巨体を誇るドラゴン。これしか対抗する手段が無いと言われれば嫌にもなる。
何より相手が空を飛べるのだから、こちらはあまりにも不利だ。
「エルフ族が魔力を込め、そしてこの切っ先でドラゴンが血を流せばそれが封印の儀式となる。伝承ではそう伝えられているわ」
「伝承ねぇ……。なんか怪しい」
「言いたいことはわかるけれど仕方が無いわ、そんな眉唾物の言い伝えにすがらなければならない状況だもの。……この短剣は一旦坊やに預けるわ、どう使うかはあなたも考えて」
「お、俺に……?」
目の前に差し出された短剣、これを俺に託すと言われても……。
あの洞窟での出来事を思い出す。あの時は、この短剣に幻を見せられてえらい目にあった。
俺が悩んでいるのが分かったのだろう、ルシオロは淡々と言葉を紡いだ。
「坊やが想像している事は起きないわ。幻覚はドラゴンの力によるもの……持った者に恐怖を植え付けて自分の意のままに操るなんて、厄介な話よね? でもその力の源が外に出て行ってしまったのだから触れても問題無いわ。だってそうじゃなきゃ私が持てないでしょう」
な、なるほど。確かにそういう理由ならルシオロが平気なはずは無い。
意を決して短剣に手を伸ばす。……しばらく経っても俺の体に異常はなかった。
「ふぅ……」
「用心深いわね。そういう性格は嫌いじゃないわ、ある程度信用出来るもの」
「ルシ姉さんも香月くんの事気に入っちゃった? 気が合うじゃん」
「一緒に仕事をするなら、だけれど。タイプかどうかという点じゃ違うわ、だって人間の上に年下だしね。一般的にもあまり女の子にちやほやされるタイプでもないでしょうしね」
その通りだが、別にいいだろ今は。
「あなたの名誉のために嫌いじゃないとだけ言っておくわ。貴女はどうかしら?」
「初めて会った時から一緒にやってきたんだべ? そりゃお気にって事で。それにイメチェンすれば結構いい線いくと思うけどね~」
「そう? まあ私に人間の女の子の審美眼なんて理解し切れる訳じゃないからいいけど」
「ごほん! ん、んん! ……そろそろ本題に戻ろう」
何で脱線してしまったのか。それも俺を主題に置いて。
それにいくら棚見が陽キャといえど、実際の女の目線など分かるはずもない。なのになんで二人してわちゃわちゃ出来るのか? こういう時陰キャは形見が狭い。
何時までもこれでは困るのでドラゴン対策についての話し合いを再開する。
「本当なら今すぐに仕掛けるのがベストに近いでしょうね。……ここにいる三人が負傷したり疲れたりしてなければ。いくら弱体化している状態と言っても、今行ったら返り討ちに合うだけ。だから戦うのは明日にするわ」
「明日倒せなかったら?」
「打つ手なし、と思ってこの国と心中するしかないわ。どうあがいてもそれ以上の時間は伸ばせない、間違いなく手に負えなくなるもの。……どうせ死ぬなら生まれ故郷で死にたいのだけれどね」
明後日は存在しないというわけか。
しかし、故郷とは? ルシオロはこの国の出身じゃないのか。
「それで肝心の作戦だけれど、第一に先手必勝ってところかしら。朝早くに行って寝ているうちに切りつける。比較的刃の通りやすい目の辺りを狙うといいかもしれないわね」
「それってさ、そんなに上手くいくワケ?」
「まさか。相手は凶暴なドラゴンよ? 警戒心だって相当でしょうし、可能性は然程高くないわね。だから第一の手なのよ、それで決着がつければ御の字程度に考えておいて」
つまり本命の作戦ではない。
ルシオロは続ける。
「もし気づかれた場合に備えて、特定の地点に誘い込むわ。実は今アレがいる森、少し前に行った事があるの。だからある程度地形を把握してる」
「地の利を得る、と。でも空を飛ぶ相手にどうやって有利に立つ?」
「誘い込む役を誰かがやる必要があるでしょうね。本能で生きている相手なら目の前の餌を追いかけるでしょう。あの森の奥には巨大な穴の開いた岩山があるのよ、さらに奥にはドラゴンが余裕で収まる空間があるわ。そこならご自慢の羽も自由に使えないはず」
「でもそんな狭い場所じゃオレ達も危なくない? 逃げ場ないじゃん」
「私も出来る限りの事はするから、そのくらいのリスクは覚悟しなさい。確実に切りつける為には直接対峙するしかないのよ? 私だって嫌なのは変わりないの。どの道失敗すれば全員死亡は確実なのだから、逃げ場なんて初めからないわ」
「ほえ~シビアぁ。……じゃ、囮役はオレって事で!」
(何故こんな話を聞いて危険な役を買うんだ!?)
俺は正直驚いて棚見の顔を凝視した。信じられない気持ちだったからだ。
いくら失敗イコール死とはいえ、俺には到底この役を名乗り上げるなど出来ない。
俺の視線を受けながらも、棚見はニヤっと笑って答えるのだった。
「だって、この中で一番足速いのってオレじゃん? あ、もしかしてルシ姉さんってば」
「残念ね、私は運動事は得意じゃないの。それが出来る子は死んじゃったし、そちらに一任するしか無いわね」
「ほら! やっぱオレじゃん」
「だけどお前……!」
「ま、なんとかなるっしょ! だって香月くんも頑張るんじゃん? ってことはさ、オレも安心してやってやれるってコトになるよね」
「何を訳の分からない――」
「誰も知らない影のヒーローってカッコイイじゃん、みんなでなれるチャンスなんだぜ? パっと国救っちゃってさ! そしたら――」
――明後日からまた一緒に旅しようよ!
明後日。
こいつにはそれが見えているのか、俺達が勝ち残る未来が。
何の疑いも、その目には映ってはいなかった。
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