第23話 先延ばしの危機

 最初の空間に戻って来たら、確かにそこには穴が開いていた。

 それが棚見の考えた通りだからかは知らないが、さっさとこんな所から出て行くとしよう。

 他の道がどうなっていたか、とか気にする暇も今は無い。


 奴らは一瞬で回り込んでくるような魔法を使えるエルフ達だ、この炭鉱をいち早く抜ける事を考えるべき。


「さっさとここ抜けちゃおうぜ。それで新しいお宝を探しにシンテンチってやつを目指そうじゃん!」


「こんな目に合ってまだ宝だとか言えるなんてな。ある意味感心するよ」


「やったね、見直されちゃったよオレ。じゃあこのハッピーな感じで出口までゴーしないとね」


 しかし元気だ。



 穴を抜け、それで炭鉱の入り組んだ道を休まず走り抜けていく。今ばかりは足の状態を気にしている余裕は無い。

 それでもまだ不安が抜け切れたもんじゃない。


 いつ追い付いてくるか、それもあるがさっきから背中が寒く感じて仕方が無い。

 あの時背後で感じた大きな音の正体は何か? そして今だに響いているのは何故か?


 大分離れたような気がするが……いや、今は余計な事を考えるな。


「お、見えて来たぜ!」


 先頭を走る棚見が出口を見つけて嬉しそうに叫んだ。

 思えば俺よりずっと速く走れる癖に、わざわざペースを合わせて一緒に脱出する選択を取ってくれたのは棚見なりの気遣いか。


 だがこれでその苦労から解放してやれる。俺もいつまでもお荷物にいる訳にはいかないからな。


 何けなしに入った炭鉱跡でこんな目に合うんだから、今度からはちゃんと情報を手に入れてからダンジョン探索をするべきだな。


 出入口から吹きすさぶ外の風が心地良い、苦労が報われた気分になるがそれに浸るにはまだ早い。


「よっしゃ! それじゃあ同時に脱出ー!」


「うおっと!?」


 一瞬止まったかと思うと、背後からしてきた俺の腕を掴んで出口に向かって飛び込みを開始した。


 それには俺も完全に予想外で、タイミングを合わせられずに一緒に転びながら外へと飛び出した。

「っとぉ!」

 地面への着地音を最小限に抑えて、俺達は何とか五体満足で外に抜け出れたようだ。


「ふぅ風が気持ちい~。あ、よく見たらもう夕方じゃん。空があっか~い」


 流石に数時間の滞在の結果か、外はとっくに陽が傾いていた。


「今日どうする? また元の町戻って一泊するとか?」


「いや、ここからなら次の町の方が近いはずだからそっちに行こう。最悪は野宿になるかもしれんが」


「オレ達はテント持ってるしねぇ。それでもいいんじゃない?」


 そう、このまま夜までに町にたどり着けなかったとしても地面の上で横たわる必要は無い。

 テントも寝袋も持っているし、正直食料の心配の方が大きい。一応宿で買ったサンドイッチは多めに買っているので、腹が空いたまま夜を明かす事も無い。


 だが、一番の問題は……。


「いつまでもこんな所にいる訳にも行かない。出来るだけ遠くに離れて奴らを撒かないと」


 奴らが追いかけてきているという問題を解決できてない。

 だが、外に出れば炭鉱内のように追い込まれる心配は無い。圧倒的に広さが違うのだ、最悪近くの森に逃げ込んで身を隠す選択を取れば奴らも探し出すのは困難なはずだ。


 その時、背後の出入り口から激しい音が聞こえて来た。

 内部が崩れるような音、やはり崩壊したか。


「これってオレ達逃げ切れたって事? あのお姉さん達もこれじゃあ追ってこれないかもね」


「……多少思うところはあるが、俺達の命を狙ってきた連中だ。自業自得だと思って忘れよう」


 外からじゃ内部がどうなっているかは分からないが、あの女たちが生き埋めになっている可能性が出てきた。

 地球で一般的な生活をしていた身からすると複雑な心境ではあるが、どうあがいても自分たちの命の方が大事だ。


 心情的にも、こんなところからはさっさとおさらばする事にしよう。



 ――グゥゥォォオオアアアアアア!!!!



「っ!? な、なんだこの音!!?」


「み、耳が……痛いっ!?」


 離れようとした俺達のまさに後ろ、崩壊した炭鉱跡地から体験した事のない地響きのような唸り声が響き渡ってきた。

 おおよそ体験などした事のない、地球には存在しえない動物の雄たけびを彷彿とさせるそれは、瓦礫の山となった炭鉱跡から宙を制するが如くその姿を大空に示していた。


 黒い皮膚を夕陽に照らされてさらに艶を帯びた、巨大な翼をもった爬虫類が。


「竜……なのか? 嘘だろ……!」


「へへ、こりゃ……ちょっとシャレなんないよね。勘弁してくれよ……!」


 空に滞在するその姿は雄大。

 ファンタジー世界を想像した時、自動的に隣合う存在――ドラゴンだった。


 鋭い爪を携えた両手足はおそらく何者も貫き引き裂くのだろう。

 だが何よりも俺がおぞましく思ったものがある。それはその牙から滴る鮮血の、目を背けたくなるような存在感だ。


 あそこで俺達以外に存在していた生物、その中であんな赤い血を流せるようなものがあるとしたら……。


「食われたのか!? あのエルフ達……」


 俺達の命を脅かしていた二人が、より強大な存在により蹂躙されていた。

 その事実に身が震え上がった。間違いなく……間違いなく死神が首元に刃を立てている。


「ぁ、あぅ……」


 ガチガチと歯が震える。やっと逃げてこれたのに、最後にこんなものが現れるなんて。

 恐怖に支配され始めた体、その腕が急に掴まれた。


「……なんでもない。なんでもないって思えば大丈夫だって、ね」


 いつものおちゃらけた陽キャの雰囲気が鳴りを潜めながらも、それでもらしくなく落ち着いた声でささやくその人物の名は棚見だ。


「あ、ああ……その、悪い……」


 こいつの手から労りが伝わってくるのだろうか? 先ほどよりは余程マシな心持ちを取り戻すことが出来た。


 だが現実は変わらない。しかしよく見れば奴はこっちを見ていないのだ、息を潜めて静かに離れれば活路は見出せるはず。


 ゴクリ……。


 喉を鳴らす間に状況が変化した。

 突如突風が吹き荒れたかと思うと、それが翼による作用であると気づいた時には大きな影を伴い移動を開始していた。


 あの方角は……森。


「命拾い、したって事でいいよね? っていうかそう思いたいんだけど」


「俺もだ」


 二人で深く息をつく。とりあえずの危機は去ったという事だろう。

 だがあんな化け物が現れたなんて、この世界の人間はどう対処するんだ? 当然放っておく訳が無いと思うが。


(軍隊が出て来て戦うのか? それぐらいじゃないと無理だろあんなの)


「とてもじゃないけどオレ達でどうにか出来る問題じゃないし、次の町に行こ? それで強そうな人呼んでなんとかしてもらうしか無いんじゃない? ……大体どっから出て来たんだろあんなん?」


 そう、そもそもあのドラゴンはどうやって出現したんだ? 原因が分からない。

 一つ分かるのは、下手すれば餌食になっていたという危うさだ。早々に炭鉱を出てこれてよかった。



「残念だけれど、そんな悠長な事をしている時間はないわ。この国が更地になっても構わないっていうならそれも仕方ないけど」



 どこからか聞こえてきたのは――覚えのある女の声だった。

 

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