第22話 逆転の状況

 目の前に立つのはあのエルフの二人組だった。


「あらら? エルフのお姉さんじゃん。そんなカッカしちゃってさ、せっかくのキレイな顔なんだからスマイルスマイル~。そうすりゃ男の子が放っておかないって」


「そのふざけた口も、今となっては苛立たしさも感じんな……やっと引導を渡せると思えばなァ!」


 棚見の軽口に苛立たないとか言いながら、その実あからさまに口元が引きつってる。

 これはキレてるって証拠だろ。引導を渡せるのも嬉しいが、煽られた事は流すつもりはないようだ。


 しかしどうやってここに? 入り口は隠されていたはず、今は箱に収まったルビーが無い限りここにはこれないっていうのに。

 チラリと後ろの台座の上の箱を見る……やはり動いてはいない。別の手段があったとでもいうのか。


 長髪の女が俺の顔を覗き込んで来た。


「不思議そうな顔をしているわね坊や。そんなに私たちがここに来た事が意外かしら? ふふ、いえ意外でしょうね。私達だって偶然ここに来れただけだもの」


「……何?」


「まさか石の力を使わずとも道が開くなんて、本当にどういう理由か……教えてくれるかしら?」


 この長髪のエルフ。俺達が何かしたからここに来れたと思っているな。

 実際心当たりはあるが。


(箱が開いた時か? それともさっき光った時か? どっちにしろ招かれざる客が来てしまった。……人のことは言えないけれど)


 違うと言えばあっちと棚見は来たかった側で、俺は別に来たくて来た訳じゃない側って事だろうが。三対一か……、いや棚見は味方だけど。


 どう切り抜ける? 流石にあちらは臨戦態勢だ。特に短髪の女は俺の能力で散々振りましたから相当にご立腹な様子。

 ただでさえ釣り目がさらにきつく睨みつけてくる。


 悩んでいる時、棚見が一歩俺の前へと出た。どうするつもりだ?


「理由を教えてあげたら、オレ達帰してくれるワケ? ……じゃなさそうだねやっぱ。仕方がない、腹をくくった! よーし教えてあげようじゃん」


(な、何だ? 一体何をするつもりだ本当に?)


 意図の読めない行動に出る棚見に混乱するが、ここで俺まで動けば事態がさらにややこしくなりかねない。様子見に徹して隙を伺うことにする。


「はっ! ここまで追いつめた以上、わざわざ貴様らの口から聞かずとも石を取り上げて……」


「ちょっと静かにしなさい」


「何? 一体何のつもりだ! どうせ戯れ言をほざいて逃げる隙を伺ってるだけだろう!」


 俺はその通りだけれども。


「石石って言うけれどね貴女、もうそれ自体は問題じゃないのよ。……あそこにある祭壇が見えないの?」


「……!? 箱が開いている!!? ということはまさか……ッ!」


「そういうことだぜお姉さん。きっとお宝ちゃんがなくなったら鍵も必要ないって事なんじゃないの?」


「手癖の悪い子達ね。まあいいわ、今更隠しても仕方ないから言わせてもらうけれど……中に入っていた物が私達の目的なの。あれはあなた達が持っていても何の意味もないものだわ、渡して貰えるかしら? ここまで私達を翻弄したお礼として痛みも感じずに黄泉路へ案内してあげるから」


「怖いなぁお姉さん、そっちのお姉さんよかよっぽどヤバイじゃん」


「何だとガキっ」


「うふふ、褒め言葉として受け取ってあげるわ。さ、お出しなさいな」


「仕方ないね。じゃあこれで――」


 そう言うと、棚見は俺の顔を見て来た。これは短剣を見せろって事か?

 俺は指輪に入れるはずだった短剣をエルフの女達に突き出したのだった。


「……なんだこれは? 貴様等はどうやらこの状況でも冗談の出来るイカれた頭を持っているようだな……!」


「面白くないジョークね。私たちが欲しいのはこんな真新しい短剣じゃなくて……ん?」


「ボロっちいナイフだろ? オレ達なりにデコってみたんだぁ、気に入ってくれると嬉しいんだけど」


「いつまで戯れ言を言えば気が済む? 相当この私にいたぶられたいらしい」


 当然信じるはずはないな。やはりこの女達の狙いは短剣だったらしい。しかし俺が形を変えてしまった以上わかるはずもない。


(ちょっともったいないけどこれ渡してさ、あとは隙見て逃げよ? いいからオレを信じなって)


(……分かった)


 あれほど宝に拘っていた棚見も、この状況では逃げる手段として利用するつもりのようだ。

 流石に命には代えられないらしい。


「そんなに疑うならちゃんと見てよ。オレ達、苦労して手に入れたんだぜ?」


「あ、ああ。そうだ」


 主にこの女達から逃げる苦労だが。そして今からまたその苦労を負わなければならない。

 俺は短剣を長髪の女に渡そうと……。


「あ、あなた達……とんでもない事をしてくれたわね……っ」


 さっきまでの余裕はどこへ行ったのか? 長髪の女はクールな表情を崩し、口元が歪んでいた。それどころか一歩身を引いている。


「おい、どうしたというんだ? こんな偽物の短剣が一体何だと――」


「ッ!? 馬鹿!! 手を離しなさい!!」


 長髪の女の様子がおかしいのに気づいた短髪の女が、その原因である俺の手の中の短剣を強引に奪い取った。

 どういう理由か、それを阻止しようとした女だったが、その静止は遅かったようだ。


 短髪の女が短剣を凝視したその時だ、先ほどと同じ強い光を放って周囲を白が支配し始める。


「な、なんだこれは!!?」


「まずいッ!? このままでは”アレ”が――」


 周囲がどうなっているか分からないが、それはあちらにとっても同じことだ。

 この状況――むしろ好機!


(そうか、棚見の本当の狙いはこれか!)


 俺は棚見の腕を掴もうと奴が居た辺りに手を伸ばすが、その前に手を掴まれ引っ張られてしまった。

 自然と走り出す俺の足。前が見えずとも分かる、この腕の主が。



 視界が晴れた通路の背後で、何かが大きく崩れるような音が聞こえてきた。

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