第21話 破られたのは……?
「これって……随分とボロボロだけど、ナイフ?」
「かもしれない。本当に古ぼけてるから断定出来ないが」
箱の底にあったのは……刃もこぼれ、変色も酷い、原型を保っておらず、かろうじて短剣の類ではと思える程度の何かだった。
なぜこんなものがわざわざ箱の中に入っていたのかは分からないが、何かしらの意味があるんだろう。
でなければ炭鉱の奥に隠されているはずもない。
「相当な年代物じゃん、売れるかな? いや無理かなやっぱ」
「古ければいいってものじゃないだろうしな。素人目にも価値が付くような代物だとは思えない」
そういえば以前テレビでどっかの宗教が儀式用にこの手の短剣を用いる、というものを見た。
これも似たようなものならば、武器としてではなく儀式用の物として使用するのかも。
そう考えるとこの空間に保管されているのも頷けるものがある。
何かを祭っていたとか、神への捧げ物だったとか。
この短剣の他には入っているものはない。強いて言うなら、この短剣を入れた当時の空気とか? そんな太古のロマンを彷彿とさせるものがあるが……そういう考えはガラじゃないな。
「罠の危険はどうだ?」
「ちょっと棒でつついてみる。よいしょっと」
火の消えた松明の先で短剣をつつく棚見。その結果は……短剣が少し動いた程度でそれ以外に何の反応もない。
「大丈夫かな。ほいっと……うん、問題無い感じじゃない?」
棚見が手に持ってみるも、確かに罠らしきものが発動する様子も無い。
指でつついたりで、いたるところを眺めたりした棚見は、満足したのかそれを俺に突き出してきた。
「ちょっとこれ元に戻してみて。キレイになったら売れるかもだし」
「……ま、この間の剣が宿代程度にはなったしな。物は試しか」
警戒は怠らず、慎重に手に持って力を込めようとする。
しかしここで問題があった、原型がわからないということだ。
元がどんな形でどんな色をしていたのか知らない以上、完全に元通りになるとも思えない。
(いや、新品に近い状態にさえすればいいんだったら、イメージに合わせて作り変えればいいか)
大きさはそのまま、出来る限り元に近い形を想像しながら改めて力を込める。
(大体こんな形じゃないか?)
できる限り細部までイメージして……。
そうしてボロボロの短剣が俺のイメージしたものへと変化をはじめ、出来上がったのは儀礼用の派手な見た目だった。
以前テレビで見たものに近い見た目になってしまったが、問題は無いだろう。
「へえキレイじゃん! これって売れるよ絶対。よーし、街へ行ったらいい部屋に泊まろうぜ」
「お前な、素人の目線なんてなんの当てにもならないんだから……」
「いいじゃんいいじゃん、こういうのは気持ちが大事っしょ。売れなかったら旅の思い出ってことでさ。ほら無駄になんない。二人のお宝じゃーん」
陽キャ特有のポジティブシンキングだな。
でも、思い出か……。考えた事もなかったな。
こいつにとってはその思い出とやらにも価値がある、とでもいうのだろうか。
お互いに生きる事が優先の身上なのは変わりがないが、そういったものを考慮する余裕を、こいつは持っているのだろう。それもまた、ポジティブシンキングゆえか。
「さあ、いつまでもこうしている訳にはいかないな。”お宝”が手に入ったのなら、ここからの脱出を考えるとしよう」
「っ……ふふ……。そそ! こっからどやって出るか考えねえとだしね。でもこれ以上先に進めそうにもないしぃ、戻って他の道探しちゃう?」
「あの炭鉱にも戻れんしな。それしかないか」
幸いにして他にも行っていない道がある。
あの女達がここを発見する可能性は低いだろうが、万が一を考えるならいつまでも同じ場所にいるわけにはいかない。
そうしてこの祭壇らしき空間から出ようとした時だった。
「うん?」
「どしたん香月くん? あ、トイレだったら俺が先に通路に出るから安心して……」
「するかこんなところで! そうじゃなくてこのナイフが震えたような気がして」
「え?」
手に持った短剣が、微かに震えたような気がしたのだ。
気のせいだとも思い、手の中のそれに目をやると……確かに振動している。
その震えはやがて大きくなり、刀身から僅かに光が漏れ出した。
「な、なんだこれ……なんか光って――」
口にすると同時に、短剣の光が最高潮に達して視界が白く染まる。
あまりの眩しさに目を瞑りたくなるも、予想外の出来事に身体が硬直して動かない。
「香月くん! 大丈夫? ドコいるワケ?!」
「お、俺はここだ! くそっ、全然目が効かねえ!」
それからどれほどの時間が経ったのか?
体感としては数秒ではきかないような気がするそれが晴れた時、そこにあったのは――。
「……っ……! どこだ、ここ……?」
明らかに先ほどの空間ではない。
周りを赤い粒子のようなもの囲まれたこの場所は、到底現実の物とも思えない程におどろおどろしい。
不安が丹田からあふれ出し、贓物を飲み込んで、四肢の先を乗り潰さんとし反吐を催す感覚。
あまりの恐怖に叫びだしたくなる。開いた口のガタガタと震え出した隙間から漏れ出ていくのは喉奥からドロドロと絞り出る猜疑心とでも言うのか?
俺、俺は、俺が、誰だ? 何を言って、俺は、オレハ……!
『――ねぇ、どうして同じ学校に進んでくれなかったの?』
「ぁ……ぁぁ……ぁっ」
「か、香月くん!? しっかりしなっておい!!」
途端、誰かに肩を揺さぶられた。
そこで俺はようやく、声の主が誰であるか気づいたのだ。
「ぁ……たな、み……? 棚見なのかお前……? 俺、は……?」
「どうしたんマジ!? 急に震え出してさ? ……ああでも何ともなさそうで。でも……ほんと大丈夫? これ何本? ぶんぶんぶんって、揺らしたらわかんないか」
目の前までやって来て指を三本立てた棚見が手を揺らしていた。
この謎行動、わかるのはそれがいつもの棚見だという事。
「はぁ……ぅぅ……。ああ、大丈夫だ。三本だろ?」
深呼吸が震えが押さえつける。
吐き出した言葉と共に安心感が脳を支配した、らしい。
周りを見れば先程と同じ祭壇の空間だった。
じゃあ俺はさっき見たのは……こいつが原因か。
視線を落とせば光を放っていた短剣。もう光も振動も無かった。
(やっぱり曰く付きの代物だったか。棚見の様子に問題が無い事を考えれば、持った人間にだけ作用すると考えるべきだな)
恐ろしい物を味わった。何と形容すればいいのか分からないが、二度と体験したくはない。
今収まったところを見るに、一度のみの作用なのか。断言が出来ない以上、手に持つのは危険だな。
指輪の中にでも入れておこう。
「――やっと見つけたぞガキ共!!」
どうやらその時間すら厳しいようだ。
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