第12話 食事の後は

「っしゃあああ!! ……っと。よし、これで……何匹目だっけ?」


 村を飛び出し二時間程。指輪から取り出したこの懐中時計が正確ならだが、それくらいの時間を掛けて下山していた。


 その過程で昼飯の確保の為、途中で発見した川に釣り竿を垂らしていた俺。

 どういう訳か俺は今だ一匹も釣り上げていないにも関わらず、棚見は今のでもう六匹目だ。

 何なんだこの差は……。


「もうこれくらいでいいかな~。にしてもメッチャ便利じゃんこの指輪! 釣り竿にバケツまで入ってるとかさ」


 魚をバケツに放り込んだ後、無邪気に指輪を見るその顔は、子供が玩具を見るように実に活き活きとしていた。


 旅に必要な道具は一通り揃えてくれたおかげで、最低限の衣食住の確保が出来た。

 ここで釣りをやれてるのもその恩恵な訳だが……。


 おかしい。お互い釣りの経験は無いし、同じ道具に同じ釣り餌を使ってこれって……はぁ。


「なんか暗い顔してんじゃん。大丈夫だって、ほら! 香月くんの分もちゃんと取ったんだし、半分ずつ食べようぜ」


 キチンと半分に分けられるっていっても俺の成果は一匹も無いんだけどな。

 いつまでも気にしたって仕方無いか。


 集めた木の枝にマッチで火を着け、十分な火力を確保する。

 後は棚見のバケツに手を突っ込んで川魚を……あれ?


「この……この……! くそ、逃げやがる!」


「貸して。……はい」


 俺が苦戦した魚掴みをあっさりとやってのけて益々気落ちしてしまった。

 思わず肩を落としてしまった俺を誰がどうして責められる。


「まま、初めてなんてこんなもんじゃん? じゃ仕方無いてっ~」


 励ます言葉を送るこいつも初めてな訳だが。


 まな板を取り出して魚を寝かせ、暴れ回るそいつに苦戦しながらもなんとか内蔵を取り出す。

 ……ふぅ、これはなんとか出来たぞ。初めて故に達成感もひとしおだ。


「失った自信もこれでやっと」


「あ、終わったよこっち。……どうしたの? そんなに口空けてさ」


 俺が一匹仕留める間に五匹目が終わったらしい。

 呆然としてしまった俺を誰がどうして責めらる。




「いいニオ~い……。なんかいいよね、こういう感じ。憧れが現実に! みたいな?」


「…………そうだな」


 十分に塩を振った串刺し魚。

 焚火の周りを囲ったそいつから漂う匂いが食欲をそそられると同時に、先程の傷心を忘れさせてくれ……てはくれなかったが、それでも今は喉が鳴るこの感覚に任せよう。


 熟練者は状態を見て火の強弱を使いこなしたりするんだろうが、素人同然の俺達は何よりもしっかり焼く事を重視した。

 当然、生焼けが怖いからだ。水分も十分に落とさないと。


「ちょっと焦げ目が強い感じだけど、もういいよね? はいパン」


 今朝貰ったパンを受け取った俺はそれを片手に持ち、もう片方の手で魚の串を持つ。

 ……思った以上に熱くて一瞬落としそうになったのは内緒だ。


「んじゃ……いっただっきまーす!」


「頂きます」


 同時にかぶりつく俺達。

 きっとこの瞬間に思った事は同じなんじゃないか?


「……んんん! んま~い!」


「ん……」


 出来たては別格だった。確かに焦げてはいるが、それが逆に香ばしさを演出しているな。塩だけのシンプルな味付けだが、それがまた次の咀嚼に繋がってくれる。


 絶妙だ……初めてにしては上出来じゃないか?

 パンと交互に食べると、相乗効果による旨味の多幸感が全身を強烈に刺激する。


 気づけば二人であっという間に食べきってしまった後。


「はぁ……しゃ~わせ~って感じ。このままゆっくり昼休みに入りたよね~」


 飲料水の入った水筒に口付けて食後の余韻に浸る棚見。

 こいつすっかり目がとろけ切ってるな。いや全身もか。


「ここは学校じゃないぞ。ゆっくり過ごしたい気持ちは分かるが、片付けが優先だろ」


 焚火は川の水を掛けて消し、残った灰はバケツの中に入れて近くの木の根元にスコップで埋める。

 その際魚の骨や竹串も混ぜ込んで……これで完了。


「腹ごしらえも終わったんだ、出来れば今日中に山を下りたいんだから……ほら行くぞ」


「うんまぁ、行くのはいいんだけどぉ……――その前にお片付けから始めよっか」


 は? そう口にしそうになった時の事だ。

 川の向こう側、その向こうの山の木々の奥が騒めいたと思ったら、何かが飛び出してきて、それが一気にこちらへと向かってきたのだ。


 ――シャァァアアアッ!!


 そんな雄叫びを上げながら、豚頭の太った緑色の化け物が拳を握りながら現れる。

 如何にもファンタジー生物の登場に、ここが地球の渓流でないことを改めて実感させられた。


 その巨体に似合わない、それなりに早い足でこちらに一直線に向かってくるその化け物。

 川を突っ切りながら向かってくるその姿に、俺も指輪からナイフを取り出しつつも左右どちらかに避ける算段を付ける。


(真正面からじゃやり合えない体格差だ。意表をついた後逃げるか……?)


 こんな思考が出来るくらいには、こちらに慣れたらしい俺は緊張感に汗を流しながらその瞬間を待った……のだけれど。


「じゃ、ちょっと行ってくるね」


「は? えっちょっと!?」


 隣で槍を取り出した棚見な能天気な声を出し――瞬間、空へと舞い上がっていた。


「へい豚ちゃんこっちだぜい!」


 声を掛けられた豚の化け物はほんの一瞬だけ動きを止めてしまったようで、それが致命的な隙になってしまった。

 声の主を探し当てるよりも早く、上空から急降下してきた棚見の槍で脳天から股座までを貫かれてしまった。


 悲鳴を上げる暇もなく、絶命して横たわる豚野郎。


「おっし、いっちょ上り!」


 さっきまでの俺の緊張感は?

 目の前の出来事のせいで止まった思考の再起動に時間が掛かる。


 しかし何よりもその時間を伸ばしたのは、次の瞬間棚見の口から放たれた言葉だった。


「これも豚じゃん。焼けば食えるかな~? ほら非常食みたいな感じで指輪に入れてさ。……どうしたの? そんなに口空けてさ」


 ……その後、頭が正常に戻った俺が諦めさせたのは言うまでもない。

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