第13話 集中力のデメリット

 夕方、何とか日が暮れる前に麓まで下りきる事が出来た。

 その間も魔物らしき化け物と戦っては武器を新品同様に戻す、という行為を繰り返したおかげで俺の能力のコツも大分掴んだような気がする。


 この力の便利な所は、やはり常に武器の状態をベストに保てる所だろう。

 刃こぼれ等を気にせず、常に全力で攻撃が出来るというのは中々に使い勝手がいい。


 問題は俺の体力の方が音を上げる所だな。

 何だかんだナイフで小さい敵位なら倒す事が出来るようになったが、元より運動が特別得意な訳では無い俺じゃあな。


 最後の方は棚見の武器の修復に専念するようになっていた。


 この世界の人間なら幼いうちから鍛えて難なくこの山の往復ぐらいやってのけるのだろうが、俺は昨日来たばかりで体がまだ完全に順応した訳じゃない。


 同じ条件なのにルンルン気分で隣を歩く棚見との違いは……。やはりこいつの能力は身体能力の強化、という事か。


 元々陽キャ特有の体力もあるかもしれんが、それにしてもこいつ慣れるのが早いんじゃないか?


 いや、慎重さこそが陰キャの誉れ。それ故の仕方無い弊害なんだ。……そう、きっと。


「いや~ここも活気があんじゃない? ほらさ、夕陽に当たる古い家にオモムキ? がある感じもグッド的な?」


 しかし未だ慣れないのはこいつの言語だな。それでも少しは理解できるようになった俺は出来る男の自負を持っていいだろう。


 山への入り口はそのまま囲うように村となっていた。

 この大通りを通って山頂に続いているんだろう。


 ガイドブックによればこの村に泊まれる宿は二件あるらしい。節約の為、安いほうに行くか。


「しかしガイドブックまで持たせてくれるとは……。本当に気が利くなあの人」


 リーラコーエルの事を完全に信用している訳じゃないが、便利なものは便利だと言う素直さぐらいは持ち合わせているつもりだ。心の中で密かに感謝しよう。


「足もクタクタだしぃ、さっさと泊まれるとこ行こうぜ」


 クタクタ?

 前を歩く棚見の元気さは、今からでも鼻歌ぐらい歌えそうだ。

 果たしてどこが疲れているのか? むしろ俺の方が足のだるさを感じるんだが。


 まあそんな状態だから黙ってついて行く事にするんだけれど。



 通りを歩くと賑わいがどこからでも聞こえてくる。

 村というのに特有の閉塞感を感じず、余所者が歩いていても湿り気のある視線と無縁だ。


 麓の村という立地だからだろうか? 外から来る人間は当たり前なんだろう。


 出店の活気に誘われて、フラフラと足を向ける人間があそこにもあそこにも……ん?


「おばちゃんこれおいしそ~。二個ちょうだいよ」


「へいよ。……見ない顔してるね? こんな可愛い顔なら見忘れないはずだしさ」


「へへ。でもおばちゃんだって肌ぴちぴちしてんじゃん。最近までラブレターとか貰ってたんじゃないの?」


「はは、何言ってんだい。ついさっきも口説かれてたさ。なんてね」


「ありゃ~一本取られちゃった。そんなに口もうまいなら、こっちの方も美味い、みたいな?」


「あんたこそ達者じゃないか。気に入ったよ、少しまけといたげる」


「マジ? やったね!」


 どうやらフラフラ誘われた人間は知り合いだったようだ。

 棚見は手に紙袋を持ってホクホク顔で寄って来た。


「お前な、今は余裕あるかもしれないけどこれからも買い食い出来るとは限らな……んぐ!?」


「まあまあ、そういうのいいっこ無して事で。ほら美味しそうじゃん」


 俺が注意しようとしても、言い切る前に口に食べ物を笑顔で突っ込んできた。


 ……しかしこの味、ホクホクしてそれに外側はカリッと。この絶妙な組み合わせと香ばしさが堪らない。


「……コロッケか。美味いな」


 思わず口に出た感想に、棚見が嬉しそうに笑う。


「でしょ? ほらさ、いいよねやっぱ。田舎のあったかさとか、懐い感じ? 好きでしょ? オレも好き」


「俺が好きかどうかなんて知らないだろお前」


 いや嫌いじゃないけれど。


 そういやコロッケってのはフランスから伝わった料理を日本独自にアレンジした料理だっけか。

 こんな異世界の田舎で食べられるとは…………いや、待てよ。


(もしかして、これは地球の料理を知って再現したとか……?)


 流石に考え過ぎか。日本の大衆料理をこっちで再現する理由なんて無いはず。

 大体、これを売ってたのはただのおばちゃんだ。どう考えても教会の人間には見えなかった。偶々こっちにもあったってことだろう。


(懐かしさなんて……こういう環境だからそう感じるだけだろう)


 さっきまでは純粋に美味いと思えたこのコロッケ。今は余計な思いを抱いてしまって口に運ぶ手が止まってしまった。


 チラリと棚見を見る。顔をほころばせながらかじりつく様は本当に美味いからだろう。


「なになに? オレの事見ちゃってさ。あ、見惚れちゃった? オレってツミツクリ~」


「はあ? 寝ぼけた事言ってるなよ。……まぁお前はそれでいいかもな」


「……ん?」


 奴の様子にほっとしたのだろうか? 少し気が抜けて、そしてまた俺は食べ始めた。


 ◇◇◇


 宿のベッドに横になる俺。

 腰を落ち着ける安心感からか、酷使した足がこれ以上の労働を拒むかのように重く感じる。

 足を伸ばすだけで軽く痛いな……明日の朝には治ってればいいが。残ってないよな?


 やっぱ慣れない山歩きはきつかったな。

 向こうではどうあげいても体験出来ない魔物退治は……こっちは慣れとかないとこの先死活問題かも。


「やっと一息つけるな」


 今この瞬間だけは、何も考えずにいたい。


「ふぅ……」


「あ、若いうちからため息ついちゃってさ。すぐおじさんになっちゃうぜ」


「……うるさいな」


 隣のベッドでは棚見が横になって本を読んでいた。

 別室も考えたのだが、やはり先の事を考えれば少しでも金の節約をするべきと考え同室となった。


 それでも二人ともベッドに寝れる事を考えれば、昨日よりも贅沢している感がある。


「お前って字とか真面目に読むタイプだったのか。ちょっと意外」


「え~失礼じゃないそれって。……なんてね。マジに読む本なんて漫画くらいだけどさ、でも意外と面白いんだよねこれ」


 奴が読んでいるのは、いわゆる魔導書だった。


『三歳から楽しめるかんたんな魔法の教科書』というタイトルの幼児向けのそれだったが、あいつはさっきから読み込んでいた。珍しく静かに。


 そんなに面白いのだろうか?


 気になって俺も指輪から取り出して目を通してみるが……なるほどこれは見やすい。

 幼児向けだけあって絵が多く、本当に分かりやすく魔法を解説していた。

 これは絵本に近いな。


 確かに、静かに本を読める機会がこの先あるかもわからないし、目を通してもいいだろう。

 何より魔法について学べば役立つ場面もあるかもしれないし。


(俺も使えるかもしれない)


 目覚めた能力ばかりに気を取られていたが、何もそれだけを武器にする必要もない。

 そう考えて、俺も本の虫となって読む込み始めた。



 本来、寝るまで読むつもりだったのだが…………気づけば朝日が窓から差し込んでいた。


「あ、あれ?」


「ふぁぁ……ぅぁっ、良く寝たぜ~。香月くんってば今日早いねぇ」


 隣のベッドで同じように読んでいたはずの棚見は、寝起きの目をこすっていた。

 ……寝ていないので俺の足は当然重いまま。

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