第10話 旅の準備

「単刀直入に言いますと――具体的な御役目は私も存じておりません」


「……は?」


「え? どゆこと?」


 俺達二人して、頭の中が一瞬で疑問に埋め尽くされた。

 俺達は旅の目的を知りたかったのに、それを組織の人間が知らないときた。

 意味がわからない。


「非常に申し訳ありません。貴方様方に何をして欲しいのかは、司教様以上の人間しか知りえないのです。それでいて、私程度の地方侍祭では詳細を教えられておらず……。お力になれず、改めて謝罪申し上げます」


 そう言って深々と頭を下げてきた。


「ええ? そう言ってもさ、こっちも世界の危機? だとかだけ言われて何すればいいのかわかりませんじゃ、ほとんど何も出来ないじゃないっすか」


 不満丸出しの声を上げる棚見には俺も同意だ。


「お気持ちはごもっともです。ただ私が教えられたのは、旅をすればおのずと理解出来る、との事。それが何を差すのか私程度には何も」


 なんか振り出しに戻った気分だ。

 これからどうする? 旅をしろって言われても、こんな着の身着のままで何をしろって。

 荷物といえばテーブルの上においた紙袋に入ったパンだけだぞ。


「みんな同じ事をすればいい……ってワケでも無さそうじゃん」


「おっしゃる通り、進む道はご自身で選ぶ他にありません。もしかしたら、行きつく先は同じなのやもしれませんが……」


 どういう意味だ?

 結局、この人も上の人間の手のひらで踊らされているだけって事か。


「ですが、旅のサポートをするようにも申し付かっております」


 サポート?


「今後、私共の教会を訪ねられましたら宿としてご利用出来ます」


「え、マジ? やったね! これで野宿とかあんま考えなくてもよくなりそうじゃん」


 まあ確かにそれは嬉しいが、でもそれだけじゃな。


「必要な情報も提供させて頂きます、それに加えこのような物もお渡しさせて頂きます」


 そう言って、自分の座っていたソファーの隣に置いていた箱をテーブルの上に乗せた。

 それを空けると中に入っていたのは――指輪?


「こ、これは……?」


「この指輪は当教会をご利用出来る証の役目があります。その上、お好きな物を収納する機能も備えた――いわゆるマジックアイテム、とでも言えばそちらには分かりやすいでしょうか?」


 笑顔を崩さず、指輪について説明を始めるリーラコーエル。


「この指輪は特殊な術がかけられておりまして、収納した物品を劣化させる事なく持ち運びが可能です」


「え? それって……食べ物とか入れても腐らないって事?」


 棚見の疑問に笑顔で返すと、彼はそのまま続けた。


「また、いくら収納しても重さは変化しませんのでご安心下さい」


 それは凄いな。旅をするには必須アイテムじゃないか?

 いや待て、それだけのものをタダで渡すのか……?


「み、見返りとかは……?」


「いえそのようなもの。救世主様方にお配りするように申し付かっておりますので、ご遠慮なく」


 勘ぐってしまうが……しかし抗いがたい魅力がある。だけどやっぱり……。


「あ、ほんとだ! ねえねえ、パンが吸い込まれちゃったよ」


 葛藤する俺を余所に、棚見が自分に左手の小指に嵌めてはしゃいでいた。

 言われてみれば確かにテーブルの上の紙袋が無くなっている。


「ご満足頂けたようで。その指輪は最初に使用した人間を登録し、以後他の者が使う事が出来ませんので……」


「盗まれても悪い事に使えないんだ。へぇ~……」


 何感心してんだ。

 でも教会の利用証としても使えるんだよな、それって……。


「他の者が使おうとしても指に嵌める事が出来ません。自動で大きさが変動しますので。指に嵌めた状態でないと証としても御利用出来ません」


 自動で大きさが変わるなんてな、流石ファンタジーだ。

 デメリットがわからないが、メリットは大きい。いやでも……。


「考え込んじゃって……。手貸して」


「は?」


「はい嵌めちゃった~」


「ああ!?」


 俺の了解も得ずに右手を取られて勝手に指輪を嵌められてしまった。


「か、勝手に……」


「あ~、もしかして照れてる? じゃあ今度は彼女が出来た時にしてやんなよ。勿論左手に、さ」


(怒ってるんだ馬鹿! 大体大きなお世話だ!)


 小指に嵌った指輪を見て内心溜息を一つ。

 これ実は呪いとか掛かってないよな? 嫌な妄想だけは幾らでも思いつく自分も嫌。


 考えても仕方ない、こうなったら使い倒してやる。


「デザインもイイし、気に入っちゃったかな。へへ、オソロ~」


 俺は嬉しくないぞ。


「お気に召したようで、こちらも報われる気持ちです。また、その指輪の中には心ばかりの物を入れておきましたので、旅のお役に立てばと思います」


 どうやら中身は空じゃないらしい。とはいえ、それを一体どうやって確認しろと言うのか?

 俺が何を考えているのか分かっていたかのように、リーラコーエルは説明を始める。


「指輪を嵌めた状態で念じればよろしいのです。そうすれば脳内に直接中身が映し出されるますので」


 困った、説明がいまいち説明じゃなかった。

 念じる? 念じるって何だ? 俺の人生において欠片もした事の無い行為だ。

 どうすればいいのか……?


「あ! へぇ、こんなのも入ってんの。お金も入れてくれてんじゃん、親切ぅ」


 隣では棚見がさも当たり前かのようにそれをなしていた。

 何故こいつはこういうことが出来る? ……なんか負けた気がしてムカつくな。

 試行錯誤の末、俺は指輪を睨みつける事にした。


 中身を見せろ。…………がっ!?


「ぅ……っ……!」


「え? 香月くんどうしたん? 急に口抑えちゃって」


 心配する声が飛んできたが、今はそれを気にする余裕もない。

 急に吐き気が込み上げてきた。これは一体?


「落ち着いてくださいカツキ様。その症状は初めて指輪を使用した方には良くある事なのです。今までにない未知の感覚に襲われますので、脳が混乱をきたして頭痛や吐き気などの症状を催すのです。……深呼吸して、飲み物を口にするとある程度気分も落ち着かれるかと」


 言われた通りにゆっくり深呼吸し、紅茶で喉を潤した。

 確かに徐々に落ち着いてきて……吐き気も収まったみたいだ。


「ビックリしたぜ、ほんと大丈夫なワケ?」


「私の方もご説明が足りず申し訳ありません」


 リーラコーエルは謝罪を口にしつつ、言葉を続けた。


「慣れさえすれば何も問題無く使用できるはずです。それに直接指輪を見る必要も無くなります」


 慣れかぁ。

 だとしたら何で棚見は初めてなのにこんなピンピンしてるんだ? 個人差って事か? ちょっとズルいな。


 まあいい。気分も落ち着いたことだし改めて指輪の中身を確認することにした。……でもしばらくはこの感覚に慣れそうにないな。


 頭を抑えつつも確認を続けると、確かにいろんなものが入っていた。


 さっき棚見が言ったように金の入った袋。ご丁寧に金額まで把握出来る。どうなってんだこれ?

 それ以外にも服を二着程、靴まで入ってるな。下着もある……女性物も入ってるのはこれを配るのは俺達だけじゃないからなんだろうな。


 まあそれはさておき、地図やテントなどの野営道具まであるから確かにこれは便利だ。

 他にもナイフやら剣やら槍やら、武器が一通りあるしそれに……。


「あら何これ、本? マドウショ……?」


「初心者向けに分かりやすく解説した本を入れておきました。興味が御有りでしたら是非活用なさって下さればと」


 地球から来た人間としては一番興味がそそられると言っても過言じゃないな。

 一応ありがたく活用させてもらうとしよう。まともに使えるようになるのはいつの事か分からないが、見て損は無いはずだ。


「さて、これで言付かった説明等は終了となりますが……他に何か気になることはございますでしょうか?」

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