第9話 歓迎された二人
『こちらでお待ち下さい』
そんな事を言われて応接室のような場所に案内された俺達は、現在ソファーに座っている。
目の前のテーブルには紅茶の入ったカップとクッキーの載った皿。
得体の知れない連中の出した飯など食べたくないが……棚見は俺が止めるまでも無く、手を伸ばしていた。
「この紅茶イケてんじゃん! これセイロンかな? スッキリしてコクがあってぇ……」
何でこの状況でこんなのんきなんだ?
ある意味で羨ましいくらいだな、この気骨は。
大体、似たようななにかだろう普通に考えて。こっちにスリランカは無いはずだ。
「このクッキーもフワッとしてさ、いいよねこういう軽いかんじ」
いや知らん。
聞き流しながら、これからの事を思案する。
俺達の事を救世主だなんだと言っていたが、やっぱりなにかしらから救って欲しいからそんな事を言ってるんだよな。
相手はなんだ? 魔王か? 大災害か?
奴ら――正確にはリーダーらしき女――は言った、危機からの救済。
この場合の危機とは本当にこの世界に仇なすようなものなのか、それがわからない。
仮に目的を果たしたからといって、あいつらが家に帰してくれる保障も無い以上、ここで聞く話も全部真に受けない方がいいだろう。
敵ではないからといって、味方だと考える程俺は馬鹿になれない……ん!?
不意に頬に温かい物が当たった。
「な、なにすんだ?!」
「だってさ、ず~っとむつかしい顔しちゃってさ。紅茶冷めちゃうじゃん?」
「……考え事してんだからほ」
「ほっとけっていってもね。なるようにしかならないんだから……ほらグイっと」
飲みかけの紅茶のカップを当ててきた奴は、あっけからんとした顔。
「……」
先が見え無さ過ぎるこの状況で、考え過ぎても疲れるだけかもしれない。
奴の言葉じゃないが、勧められたようにテーブルのカップを手に取り口付ける事にした。
何が入ってるかもわからないからあんまり飲みたくないんだが……。
(あ、でも美味い。落ち着く……)
一口飲むだけでなんとなくスッキリしたような感じだ。
渋みが少ないからか? 飲みやすいな。あまり香りは強く無いが、悪くない。
「……褒めてどうすんだよ」
「なんか言った?」
「何でも……」
そんな他愛もないやり取りの最中、ついに部屋の扉は開かれた。
「お待たせ致しました」
入って来たのは金の長い髪に白い肌の若い男だ。……あれ、男だよな?
部屋の中だからかローブは着ていないが、恐らくこの組織の制服らしき白い服を着ていた。
テーブルの向こうのソファーに座る男は笑顔を見せ、こちらに対して敵意は無いと示している。……それが本心かはわからないが。
「おいしかったっス。いやぁ感謝感謝ってね」
「ご満足頂けたようで何よりです。どちらの品も、この辺りの名産品でお作りしたものでございますので、そのようなご感想を頂けて誇らしい限りですよ」
普通に味を感想を告げて、それに返す。
当たり前のようなやり取りをしている事に思うものもあるが、ここは無視しよう。
「で、でも何故俺達を」
「オレ達を中に入れたんすか? なぁんか放り出したり歓迎したり……正直良くわかんないす」
……何だ? 今の棚見の聞き方に引っかかりが……。
まあいいか、俺も聞きたかったし。
男? は申し訳なさそうに続けた。
「言いたい事はごもっとも。皆様方の立場を考えれば、こちらは不誠実かつ不透明な組織だとお考えになって当然のものと、こちらも受け止めております」
「ははっ、いや別にオレも元気元気にここまでやってこれたんで気にしてるってワケでもないんすけどね」
言い終えた時、何故かチラリと一瞬こちらに視線を向けて来た。
一体何だ?
「そう言って頂けるとこちらとしても助かります。……さて、こちらの事情を離す前に自己紹介などをさせて頂いても?」
「え、ええ……」
「ありがとうございます。私はこちらで皆様方の説明役を任されております、リーラコーエル・グルーザッハと申しまして。以後、お見知りおきを」
やはりというか、ファンタジーな名前が飛び出してきた。
これだけでも、ここが日本とは明確に違う場所だと認識させられるな。
「あ、オレ棚見矢耕ねお兄さん。好きに呼んじゃってね……リーさんでいい? それともコーちゃんとか?」
「こちらもお好きにお呼び下さいませ。それでそちら様は……」
「……俺は」
「香月くんだぜ。よろしくしちゃってね!」
「はいカツキ様でございますね」
フルネームで名乗らせろよ。なんで見ず知らずの人間にいきなり下の名前で呼ばれなきゃならないんだよ……よし、ここはちゃんと訂正して……。
「いや俺は」
「でさ、結局そちらさんてどういうアレなワケ?」
遮られた!? 俺は若干驚いた顔で隣を見るも気づかない様子だ。
「では改めましてわたくし共についてお話致します」
そのまま話が続いてしまった為、もう訂正する事が出来なくなった。
……諦めて話を聞こう。
「我々は『マリシュエラ教会』という組織でございまして、一言でいえば……」
「宗教団体って事? やっぱそっかぁ」
「はい、ご理解頂けたようで何よりです。そして皆様方はそのマリシュエラ教の司教様の手でこちらへと召喚された、という訳にございます」
やはり宗教がらみの団体か。それだけで嫌な感じもするが、これ自体は想定内だから驚きは少ない。
第一印象が怪しいローブ集団の時点で覚悟していた事だ。
「シキョーサマって、あそこにいたの全員が?」
「いえ、そういう訳では。確かに司教様は何人かいらっしゃいますが、儀式を主導されていたのは御一人でございます」
じゃあ、あそこに居た他の連中は手下か。
笑顔を貼り付けた美人。近寄りがたい雰囲気を放っていた……というより関わってはロクな事になりそうな女が儀式とやらを起こしたって事か。
「そ、その……。あ、あの女の人って今は……?」
「あの方は既にこの地を発っておりますのでお会いする事は出来ません。もし御用が御有りなら直接総本部へと向かわれるしかありません」
「そ、そうですか……」
別に用は無い。文句はいくらでもあるが、あったらどんな目に合うかもわからないし。
「本部? それってこっから遠いのリーさん?」
「そうですね……。この国の首都である『セングラスト』に存在しておりまして、その場所はここから北西に向かって五百里といったところでしょうか」
里? 一里が約四キロだから……二千キロもあんのか!?
いや、この世界特有の単位でもっと近い場所にあるのかも……。
「そちらの世界の他の単位で申し上げてもよろしかったかもしれませんね。約二千キロメートルの地点に首都は存在します」
合ってた……。
というかやっぱりこいつら地球の知識がある程度持ってるな。
「ご安心下さい。翻訳魔法により、そちらの知識に合わせて単位などは互換性を持たせておりますので、今後混乱を招くような事はないかと」
「へぇ便利。ラッキーだね香月くん」
なんでそれで喜べるんだよ。
「でもそんなに離れてるなら帰るのも大変じゃないの?」
「いえ、司教様程の実力者ともなると転送魔法が使えますので。今頃はあちらで実務に当たっているかと」
俺達の事勝手に呼び出しておいて自分はさっさと日常業務に戻ってるのかよ。
やっぱムカつくな。
「さてやはり貴方様方が一番お聞きしたいのは――こちらでの御役目、ではありませんか?」
リーラコーエルの雰囲気が変わった。より真面目になった、とでも言えばいいか。
やっと、本題に入るようだ。
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