第8話 敵地か、はたまた……。

「いや~悪いねお姉さん、ホントこんなに貰っちゃっていいの?」


「別にいいさ、店に出せない出来損ないだしね。それにいうほど量も無いと思うけど」


「ほとんど文無しのオレ達にとっちゃこれだけでも大量だよ。なんかこれだけだと申し訳ないみたいな? 肩でも揉んじゃおっか!」


「いいさいいさ。肩ならうちの亭主に毎日揉んでもらってるからね。仕事取ってやらないでやってよ」


「あら? 中々アツいじゃん、うらやま。そうすると円満の秘訣ってやつが聞きたくなっちゃうかな~」


 そんな会話を他所に、俺はパン屋の女性を手伝った礼として焼きたてのパンが入った紙袋を覗き込んでいた。

 この匂い。やっぱり食欲を誘って仕方がないな。


 しかしまさかこんな事になるとは、節約する予定だったが思わぬ幸運だ。

 男二人で食べるにしても、昼飯分ぐらいは余裕にある。こんなに貰えるなんて、棚見じゃないが申し訳ないくらいだ。


「……ってなもんさ。別に大した話じゃないだろ? 要は気が合った上でお互い気を合わせるのさ」


「いや大した話だって。まずそんな相手に出会うのが難しいっしょ? でもこんないいアドバイスまで貰っちゃってさ、ラッキー過ぎて明日は風邪ひくかも」


「こっちこそ楽しくおしゃべり出来たからお相子さ。……そっちのあんたも、こんないい相棒持てて果報者じゃないか。大事にしてやんなよ」


「は、はぁ……ど、どうも」


 やっぱりこのおばちゃんどっか勘違いしないか? 一々訂正するのもめんどくさいし、適当に合わせとくか。


「じゃあオレ達行くね。開店前に客でもないヤツがいつまでも居るもんじゃないし」


「ああ。あんた達この辺りの人間じゃないだろ? 何処行くのか知らないけど、またこの町に来ることがあったらここにおいで。おいしいパン作って待ってるからさ」


「あんがと! じゃあば~い」


「ど、どうも。お邪魔しました……」


 扉を開いて外へと出る。

 

「いや~気前のいいお姉さんに出会えて早速ハッピーじゃんか。このまま町もいい感じに旅しちゃう?」


「まさか。パンの入った紙袋だけ持って町を出ろって? 数分で化け物の餌食だろ」


「ははっだよね。……でもどうする? 何をすればいいかもわかんない感じじゃんオレ達。せめて分かりやすいモクヒョーってもんが欲しいんだよね~」


 言い分はわかる。しかし、そんな都合の良いものは無い。

 アンテナ張って町民の会話にすら気を付けて情報を集めなけれならない身の上だ。


 面倒だとは思うし、とにかく気が滅入るけれど。


 ……だが指標が欲しいのも事実。

 奴らは世界の危機だとか言ってても、どう危ないのかは話してない訳で。


 今は目先の物でもいい、何をすればいいのかを決めたい。


(せめて金。それから身を守る装備的なものが欲しいが……)


 そんなことを考えながら歩き続けていると、ふと視界に見覚えのあるローブ姿の人間を発見した。

 距離は遠い、視界の端に偶然映っただけだ。


「なあ、あいつ」


「あいつらの仲間じゃね? ちょっとついて行こうよ」


 同じように棚見も発見していたようだ。

 気づかれないように距離を保ち、息を殺しながら後をついていく。


 そのローブの人間は、あの時とは違ってフードをかぶってはいなかった。

 他に違いといえばローブの色が黒では無くベージュだという事。


(これで単にローブを着ているだけの人間なら笑いものだが……)


 今の俺達には何の情報も無い。僅かでも情報が手に入るチャンスなら賭けてみる価値はある。


 しばらくするとその人物は路地裏へと消えていく、当然俺たちもついていくわけだが、場所が場所だけに余計慎重にならざるを得ない。


「どこまで行くんだろ?」


 微かな声を出す棚見。慎重さを優先して行動しているので、正直なところ俺は緊張している。

 もしかしたらこいつもそうなのかもしれない。

 ともかく、俺はこの尾行が早く終わる事を願った。



 人生初の尾行に心臓をバクバクとさせながらも、ついに実る瞬間が訪れた。



「あ、なんか建物に入ってったぜ」


 路地裏を抜けた先、陽の当たる場所へと出たそのローブ人間は、とある建物へと入っていった。

 白さの目立つ、清潔感のあるそれなりに大きな建物だ。屋敷と言っていいかもしれん。


 建物の屋根にはモニュメントのような物が飾られており、その存在感を際立たせている。


 どこかで見た、あれは……。


「あれってオレ達が出て来た神殿的なのにも無かった?」


 確かに、言われてみれば似たようなものを見たような気がする。

 あの時は深く神殿の探索しておらず、神殿の外観もロクに見ていなかったから自信は無いが。


「やっぱり……教会、なのか?」


「だね~。でもこんな町中にあるなんて、ね」


 そんな感想を抱きながら、俺たちはその建物に近づいていくことにした。


「どうする? 中入ってみようか?」


「いや待て。中がどうなってるか分からないし、人目がつかないからって襲われたりするかもしれない」


「う~ん……。じゃあ裏に回って窓から様子でも?」


「うぅん……」


 それはそれで危険なような気もする。

 俺達を呼び出した以上、危害は加えない。とも確実に言えはしない。


 何者かわからない連中のアジトに深く関わらない方がいいとも思うが、しかし現状の打開に繋がる可能性もあるのも事実。


 リスクを取るべきか……?


 悩んでいる俺達だったが、玄関の扉が開く音が聞こえて、そちらへと顔を向いた。


「お待ちしておりました、救世主様方。立ち話もなんですし、どうぞ中へとお入り下さい」


 出てきたのは若い女性だった。

 明らかに俺達を知っている素振りを見せ、中へと誘導している。

 これで確定した、この中の連中はあのローブ集団と繋がりがある。


「やっぱウジウジ悩むんだって仕方ないし、いっそ飛び込もうよ! ほらなんて言うの? こけつに……こけ……」


「虎穴に入らずんば虎子を得ずって言いたいのか?」


「そうそう、それそれ! ドーン行っちゃった方がいい事もあるって。何があったらオレが抱っこしてでも逃げるからさ」


「それはごめんだ。だが……お前の意見も一理ある、行こう」


 せめて痛い目に合わないで欲しいが……。


 そんな望みを抱きながら、招かれた客として身を投じるのだった。

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