高田圭祐の殺意
俺は
ある日、大学で知り合った友人の
そして、俺が殺意認証した直後に記者会見中の総理大臣が倒れた。その後、病院に運ばれたようだが、そのまま死亡してしまった。その時はタイミング的に俺の殺意によって総理大臣が死んだような気がして、すごく嫌な気分になった。勇紀も俺と同じように総理大臣に殺意認証していたのでばつが悪かったのか、その日は二人とも遊ぶ気分が盛り上がらず樹生と合流後すぐに解散することになった。
ひとり帰宅途中の電車の中で俺は改めて『殺意認証』サイトを見てみた。俺と同じように総理大臣・石田史彦を殺意認証した人たちの一覧を眺めていた。一覧には色んな人名が並んでいる。ほとんどがローマ字表記の日本人だったが、海外の人名も混じっている。アルファベット順のローマ字の後には漢字表記の人名が五十音順で並んでいるので、漢字表記で認証した人もいるようだ。どうやっているのかわからないが、同姓同名はちゃんと区別されているようで、同じ名前の人名も多い。勇紀が一人で何回も認証しているヤツもいると言っていたが、確かに数百回や千回を超える認証数を持つ人名も数名見かけた。
その後、ちょっと気になったのでSNSで『殺意認証』サイトについて検索してみる。かなり盛り上がっていた。ついに殺意が実行されたと熱狂している人の投稿が多いようだ。それに対して、単なる偶然だと殺意実行を騒ぎ立てる人をたしなめる意見も一定数あった。また、いくら同意を得ていても認証した者の実名を
理屈でわり切れないどこかオカルト的な不気味さを覚えて俺はわずかにゾッとしたが、ちょうどその時に自宅の最寄り駅に電車が到着したことで、それ以上の追求はしなかった。
俺には殺したいヤツが一人いる。
実の父親・
俺の父親はクズだった。俺が小学校六年生の時、父親が勤めていた会社が倒産した。その後、なかなか再就職が出来なかった父親はアルコールとギャンブルに依存していった。やがて母親や俺、妹に暴力を振るうようになる。母親は幼い俺と妹を守りながら懸命に働き生活を支えていたが、その母が稼いだわずかな生活費を父親は容赦なく取り上げ、ギャンブルの元手にして遊び歩いていた。俺が中学三年生の時、さすがに困窮した母親は父親との離婚を決意するが、生活力の無い父親は母親との離婚を渋った。そしてこの頃から父親は離婚のための法的な証拠となるような暴力を振るうことをピタリと止めたのだ。母親は父親が改心してくれたのだと喜んだが、それは父親の狡猾な罠だった。父親は就職活動をするふりをしつつ、母親から金をせびるようになっていった。それでも母親は父親を信じ、いくつもの仕事を掛け持ちしながら細々と生活費を稼いでいた。しかし、母親はついに体を壊して倒れてしまった。そして俺が高校二年生の時、母親は回復せずに他界する。父親はこの時を狙っていたかのように母親の生命保険を受け取ると俺と妹を捨てて蒸発してしまった。父親は真正のクズだった。
その後、俺と妹は母方の親族に引き取られるが、どこに行っても厄介者扱いされた。母親の遺産を父親に持ち逃げされてしまった無一文の子供二人の養育は、親族にとって金銭的な負担が大きく、いくら可哀そうな境遇だと憐れんでも、そうそう請け負えるものではなかったのだろう。俺たち兄妹は親族間をたらい回しにされながら、細々と生きて来た。
俺の高校時代の生活は過酷だったが、そんな中で勉強だけは頑張った。そのおかげか入学金と初年度の学費が免除される特待生として今の大学へ進めることになった。大学に入ってからも勉強だけは人一倍努力して、大学二年目の今も学費免除が継続されている。大学に入ってからは、親族に預けられていた妹を引き取って、今は兄妹二人で暮らしている。学校に行っている時以外はアルバイトに精を出して生活費と妹の高校の学費を稼ぎながら、何とかギリギリ暮らしている感じだ。だが、最近は友人と遊ぶ余裕も出て来たので、高校の頃と較べると人生を悲観することは少なくなって来ていると思う。人生捨てたもんじゃない。
このところ少しだけ心が穏やかになっているが、父親のことだけは
二度と会いたくないし、もう会うこともないだろうが、あいつだけは心の底から殺してやりたい。
『殺意認証』を使えばあいつを殺せるだろうか?
「……ぃちゃん? ……お兄ちゃんってば!」
夕食時、妹の呼びかけで我に返った。
「ん? ごめん、ぼーっとしてたわ」
「スゴイ怖い顔してたよ……どしたの?」
「……ちょっと嫌なこと思い出してな」
俺の言葉に思い当たることがあったのか、それ以上詮索することなく、妹の
「そういえば、今日の記者会見観た?」
「総理大臣のやつだろ? 駅前で観てたよ」
「びっくりしたよね。急に倒れるんだもん……あの後死んじゃったんでしょ?」
「ああ、そうみたいだな……」
俺の殺意認証直後に死亡した総理大臣のことを思い出して、いささかばつが悪い気分になった。俺が殺したわけじゃないんだし、気に病むことはないはずだ。気を紛らわすように、俺は目の前の食事を一口食べた。
「なあ美緒、『殺意認証』ってサイト知ってるか?」
「え? うん知ってるよ。今SNSとかで流行ってるよね。あたしはやったことないけど」
「あの殺意認証で総理大臣が殺されたって今騒いでるヤツがいてさ……」
「えぇ~⁉ 何そのオカルト……。そんなことできるわけないじゃん」
「だよなぁ。でも俺も今日やってみたんだよ。そしたら総理大臣死んじゃってさ……」
「ふふふっ、お兄ちゃんが総理大臣殺したってこと? やばっ、テロリストじゃーん」
美緒は俺をからかうように笑った。俺もつられて笑顔になる。
「俺が捕まったら助けてくれよな」
「あはは、無理ー。あたしただの高校生だしー。ほら、バカ言ってないで早くご飯食べて!」
食後、俺は食卓だったテーブルの傍で横になりながら、スマートフォンを覗きこんでいた。キッチンからは食器を洗っている水流の音と妹のハミングが聞こえる。見ているのは有名SNSの『殺意認証』サイトに関連する投稿欄である。
SNSの投稿は過熱していた。ほとんどが死んだ総理大臣・石田史彦についての話題である。『殺意認証』によって総理大臣が殺されたと主張している投稿が目立つ。荒唐無稽な陰謀論に結び付けるような投稿もあった。そして、大体がそれらから総理大臣の政策批判や人物批判に繋がっていく流れだ。それに対して総理大臣を支持していた人たちなのか『殺意認証』を否定する者たちから、倫理観を盾に死者を擁護する声や対立を煽るような投稿が繰り返されている。いわゆる炎上ってやつだな。俺は他人事のように鼻で笑いながら、対立意見や煽り投稿を読み飛ばしつつ投稿欄を下にスクロールさせていった。
俺としては『殺意認証』サイト自体に対しての分析や考察といった情報が欲しいのだ。
『そもそも、あのサイトって何の目的で運営されてるんだ? 広告もないし、設置していてもコストばかりかかって運営者に何のメリットもなさそうなんだが』
『個人情報を収集する目的じゃない?』
『収集できるのが名前だけじゃ、集めても意味なくない?』
『認証する時に偽名を受け付けないとか、スマホへのプッシュ通知とか、絶対裏で個人情報抜かれてるだろ』
『だよなぁ……ヤバイところに登録しちゃったかもしれん』
『いやいや、ただのWEBページでそんなことできないよ』
『自分、あのサイトにPCでしかアクセスしたことないのに、スマホ通知届いたで』
『マ⁉ やっぱり都市伝説系?』
『スマホの通知って、単に緊急地震速報みたいなキャリア側からのものだったんじゃない?』
『会見観てたけど、通知のタイミングがあまりにもリアルタイム過ぎてキャリアからだとしても怖いんだが』
『一応サイトのドメインの登録者情報を確認してみたけど非公開になってた。おそらく海外のレジストラ(ドメイン登録機関)を使っているんじゃないかな?』
『ドメインを正引きしてIPアドレスを調べてみたが、地域レジストリはヨーロッパに属してたよ。アドレスの範囲からどうもオランダっぽい』
『でも、サイトは日本語だし、管理者は日本人だよね?』
『いや、ブラウザの言語設定変えてアクセスすると表示変わるぞ。英語とドイツ語と中国語までは確認できた……どこまで言語対応してるかはわからん』
『死んだ石田のスタック数ってかなり半端な数字じゃない?』
『一億二千万ちょいだから日本の人口とか?』
『でも政府が公開している総人口数と合わないよ』
『あれって最新は先月までのやつだろ。もしかして今日時点とかの人口数なんじゃね?』
『そんな数字、政府でもわからんだろ』
『やっぱ、もう一人ぐらい殺意実行されてみないとダメっぽくね?』
『でも、石田の次のスタック数のヤツってあの独裁者の大統領じゃん。もし殺意実行が人口数なら、あの国の人口だと一億四千万以上スタックいるぜ』
『今まだ八千万ぐらいだからあと二倍弱も要るってのは辛いね』
『石田のスタック一覧に一人で数百とか千以上積んでたヤツいたから、そいつらもしかしたらバッチとかボット使って自動でスタック稼いでいたのかもよ』
『おーそういうのあると楽だね。誰か作らないかな?』
『そういうのでスタック数操作されるのは嫌だな。このサイトの存在意義って誰がどれだけヘイト集めてるのか見れるってのが良いんじゃないのか?』
『確かにヘイト統計としては有能だよな』
『殺意ってワードが強過ぎんだよな。ヘイト投票とかって言えばそこまで
『それな』
対立煽りの投稿群に紛れた『殺意認証』サイトへの考察系の投稿をいくつか見つけた。専門用語などが含まれてよくわからないものもあったが、不明な点が多いサイトだということだけは理解できた。俺のぼんやりとした認識では、一定数の殺意認証が蓄積されるとその対象者に殺意が実行されるというものだが、現実的にこのサイトの認証数に基づいて殺意が実行されることなどはありえない。もしそんなことがあるなら、それこそ都市伝説やオカルト系の話になってしまう。結局のところ、このサイトはユーザー参加型のヘイト投票的なものなのだろう。
殺意
それならば、反吐が出る程大嫌いな父親に対しては心おきなくヘイトを投票しておこう。俺としてもいくらか溜飲が下がって良いことかもしれない。
俺はスマートフォンで『殺意認証』サイトを開き、対象者に父の名前を、認証者として自分の名前をそれぞれローマ字で入力し、同意項目にチェックを入れ、青色に変色した『認証する』ボタンをタップした。
『あなたの殺意は認証されました』
スマートフォンのスクリーンには、石田史彦への殺意認証の時と同じようにポップアップが表示された。
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