殺意認証
勝舟
あなたの殺意を認証します
とある繁華街の駅前のコンコースにて、俺は友人の
しばし遅れてくる友達に悪態をついて盛り上がったが、手持無沙汰になった俺たちはそれぞれスマートフォンを取り出して弄りだした。
しばらくして勇紀がスマートフォンのスクリーンを俺に見せて来た。
「なぁ、コレ知ってる?」
俺はスクリーンに表示されているサイトをじっと覗き込んだ。
「あなたの殺意を認証します――何これ?」
「今ちょっとSNSで
そのサイトは真っ黒な背景に白いラベル文字と入力欄が2つ並んだだけの、いわゆるログイン画面のような構成のシンプルなページだった。ページ上部の見出しには『あなたの殺意を認証します』という白い文字がやや大きなサイズで書いてあり、その下に『殺意の対象者』と『あなたのお名前』のラベルが添えられた白い空白の入力欄がそれぞれ設置されていた。入力欄の下にはチェックを入れる入力欄があり、その説明文には『対象者への殺意が実行された場合に認証者の名前が一覧として公表されることに同意します』と書いてある。そして、その下に『認証する』の灰色のボタンが配置されていて、ボタンから下の方に少し離れたところに『スタック』のリンクがあった。それ以外の装飾や文字は一切ない。
「めっちゃ怪しいだろ?」
無言でスクリーンを見つめていた俺に勇紀がニヤニヤとほくそ笑むようにつぶやいた。
「お前、これやってみたの?」
「ああ、やってみたぜ。でもボタン押しても『認証しました』って出るだけで、特に何もないんだよ。ただ、面白いのがさ、ちゃんと自分の名前を入力しないとボタン押せないのよ……これどうやってるんだろ?」
「え、それやばくない? スマホから個人情報抜かれてたりするんじゃないの?」
「それな。SNSでもそれ話題になってたのよ。でも結局そんなことは技術的にできないって結論になってたから、一応ローマ字で名前入れといた」
「大丈夫なのかよそれで……で、お前は誰が殺したいのさ?」
「ボタンの下にある『スタック』ってのを見てみな」
俺は勇紀に言われるまま、スクリーンに表示されている『スタック』のリンクを指でタップした。
ページの画面が切り替わって、人物名の一覧が表示された。どうやら、現在までに殺意対象者として認証された人たちの一覧のようだった。認証された回数の多い順に並んでいるらしく、人物名の横に掲載されている数字が大きい順に表示されていた。
「その一番上のヤツに入れてみた」
まるで人気投票に投稿したような軽い感じで勇気が笑った。
人物名一覧の一番上の名前にはローマ字でフミヒコ・イシダと表示されている。
「フミヒコ・イシダ……って誰? ん、聞いたことあるな……」
「あいつだよ」
勇紀は交差点を挟んで対面のビルの壁面に掲げられた街頭ビジョンを指さしている。俺はその指さす方向に首を動かして街頭ビジョンに映るニュース番組を見つめた。
そこにはこれから記者会見に臨む政治家のライブ中継が映し出されていた。
『――それでは首相官邸から石田総理の会見をお伝えします』
アナウンサーの言葉を聞いて俺は思い出した。
「あ、石田史彦って『増税マニア』のあいつか!」
勇紀がそうそうと頷いている。
俺は再び勇紀のスマートフォンに目を戻し、改めてフミヒコ・イシダの欄に掲載されている数を見た。
「こいつの数、すげーな。一、十、百、千、万、十万、百万、千万……一億超えかよ。日本人全員に殺意持たれてるって……相当やばくないか?」
「笑えるだろ? でもまぁ、この認証って一人で何回もできるから、一人でめっちゃ認証数上げてるヤツもいるみたいだぜ。なんで、そこの数は当てにならないっぽい」
「なんだよ……それじゃ完全にネタサイトじゃん」
「まあ、誰がどんだけヘイト稼いでるのかが分かるんで、結構SNSでは騒がれてるのよ」
スタックページの人名一覧の2位以下を見てみると、数年前隣国に戦争を仕掛けた外国の大統領や、現在大統領選を戦っている大国の大統領候補2名とか、汚職で騒がれている政治家とかの昨今ニュース番組を賑わしている錚々たる名前が並んでいた。
「お前も認証してみろよ」
勇紀は俺からスマートフォンを奪い返すと、少し操作してから再びスクリーンを差し出した。あのネタサイトにアクセスできるショートカット用のQRコードがスクリーンに表示されている。興味が惹かれた俺は自分のスマートフォンを取り出して、QRコードを読み取った。
俺のスマートフォンに『あなたの殺意を認証します』のページが表示される。
「誰にするよ?」
勇紀が興味深そうににやけている。
「そうだなぁ……俺も増税マニアにしとくか……」
「いいんじゃね」
俺は『殺意の対象者』の入力欄にローマ字でフミヒコ・イシダと入力した。『あなたのお名前』には自分の名前の圭祐ではなく友達同士のメッセージアプリで使っているハンドル名「ksk」を試しに入力してみた。そして同意項目にチェックを入れるが、ボタンが灰色のままでタップしても反応しなかった。
「だろ? 適当な名前だとボタン押せねーのよ」
勇紀がしたり顔で得意そうにしている。
俺は再度名前入力欄をタップして、今度はローマ字で自分の名前を入力した。
すると、今度はボタンの色が灰色から青色に変化した。これは押せそうだ。
「これ、本当どうやってるんだろな?」
感心したようにつぶやいた俺に勇紀も小さくうなずいている。
入力された名前が正しいかどうかをどのようにして判断しているのか――その疑問に俺はちょっとだけ不安を感じ、ボタンの上に掲載されている同意項目を改めて読みなおした。
『対象者への殺意が実行された場合に認証者の名前が一覧として公表されることに同意します』
ふと疑問がわいた。
「そういや、この殺意って実行されたヤツいるの?」
「いや、いないな。だから殺意が実行された後うんぬんって書いてあるのも実際にどうなるか誰も知らんらしいぜ」
そうなのか。何か本当にただのネタサイトっぽいな――俺はそう思った。入力名が正しいかどうかの判定方法についてはちょっと謎が残るけど、スタックページの認証数を見るに相当多くの人がこのサイトで遊んでいるようだし、それならそこまで気にする必要もないのかもしれない。
俺は意を決して『認証する』のボタンを押した。
『あなたの殺意は認証されました』
ページにはそうポップアップが表示され、数秒後にスタックページへ自動的に移動する。
俺が『殺意の対象者』としたフミヒコ・イシダの殺意認証数は1億2399万3786件だった。
その時、俺たちの周りの人たちが急に騒めき出した。
勇紀と俺は何が起きたのかと周囲の様子を見渡す。
コンコースを歩いている人はほとんどが立ち止まっていた。そして、皆が同じ方向を見ている。俺も首を上げて人々の視線の先を見つめた。街頭ビジョンのニュース番組でアナウンサーが切迫した実況を繰り返していた。
『ただ今、記者会見中の石田首相が急に倒れ込みました! これから救急搬送されるようです! 詳しい状況は分かり次第お伝えいたします!』
「おい、あれ……」
俺と勇紀は街頭ビジョンのニュース番組を呆然と見つめていた。
ニュースの中継映像は混沌としていた。総理大臣の周辺の関係者が怒声を上げている。報道陣を遠ざけようとしている一方で、倒れた総理大臣の映像を撮ろうとした報道カメラは前に出ようとしていて、中継映像は激しく揺れていた。
そんな時、俺のスマートフォンのバイブレーション機能が作動した。俺は手にしていたスマートフォンに目を移した。
そこには殺意認証後に表示されたスタックページの1番上に表示されたフミヒコ・イシダの欄が灰色に変化し『殺意実行済み』のバッジが表示されていた。
「なんだよこれ……」
「まじかよ……」
気がつくと勇紀も同じようにスマートフォンを見ていた。
周りのコンコースでも俺たちと同じように呆然とスマートフォンを見つめている人が何人もいる。あの人たちも殺意認証をした人たちなのだろうか……いや、まさかな。
俺はもう一度スマートフォンを覗いた。
スタックページの『殺意実行済み』となったフミヒコ・イシダの文字には新たにリンクが付いていた。俺はその文字をタップする。画面が切り替わり、殺意認証者の一覧が表示された。どうやらアルファベット順にならんでいるようだ。俺は一覧を下の方にスクロールさせていった。俺の名前は圭祐なので、kの並びになる。あった。ケイスケ・タカダ――俺の名前だ。名前の横に1の数字が表示されていた。これは殺意認証を1回やったからその回数が掲載されているのだろうか。勇紀の名前も探してみた。あった。ユウキ・シノハラの数字は2だった。
「勇紀、お前2回やったのか?」
「ん? ああ……本当に何回もやれるのか試しにな……」
「なあ、これって、偶然だよな?」
俺は勇紀に尋ねた。いや、同意を求めた。
「偶然だろ。どう考えたって……」
「だよな……」
勇紀の同意を得られて俺はわずかばかりほっとした。
『首相官邸からの速報です! 石田首相は心肺停止状態で都内の救急搬送されました! この後官房長官による緊急会見が行われるとのことです!』
街頭ビジョンのニュース番組は緊急特番に変更され、アナウンサーが緊迫した状況をくり返し伝えていた。街中の人たちのざわつきも大きくなっているようだ。スマートフォンを覗きこんで継続的にスクロールさせているのか指を上下にスライドさせている人が多い。あの人たちも俺みたいに殺意認証者の一覧を検索しているのだろうか。
俺の心がざわついている。認証直後に対象者である石田首相が倒れた……タイミング的に俺が殺した? まさかな……偶然だろう。いや、絶対に偶然のはずだ。そもそもサイトで認証した程度で人は殺せない。しかも記者会見という衆人環視の最中に誰にも気づかれずに人を殺すなんてことができるはずがないじゃないか。そうだ、これは偶然、偶然タイミングが被っただけだ。
俺は言い聞かせるように心の中で偶然を繰り返していた……。
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