第9話 春凪のもう一つの姿
「う〜ん……、大丈夫かなぁ……」
バイト先に向かいながら春凪は、蓮と綾の関係を心配していた。
「蓮ちゃん、過去に友達関係で何かあったみたいだし……。二人とも大切な友達だから仲良くなれたらいいんだけどなぁ……」
春凪の願っていることはかなり難しいことだ。なにせ、人間関係にも相性というものが存在するから。どうしても合わない人とは合わない。これはどうしようもないことだ。そういう人とも仲良くしようと思うと、自分を殺さなければいけなくなる。でも、歩み寄ることはできるはずだ。互いが互いを理解しようとする。それは人間関係を築く上で必要になってくる。まあ春凪の場合、裏表のない性格とその持ち前の親しみやすさで、多くの友達を作っているのだが。
すると、ポケットに入れていたスマホが振動する。春凪はスマホを取り出し、着信相手を確認する。着信相手はマネージャー。それを確認した春凪は電話に出た。
『あっ、もしもしナナちゃん。お疲れ様です』
「お疲れ様です、淵川さん」
『今、ちょっといい?』
「はい、大丈夫です」
『今日、オーディションの話をいただいたのだけれど、挑戦してみる? 『奥手な私に恋は難しい』って作品で、主人公の友達の明奈ってキャラの役なんだけど』
どうやら、次のオーディションの話だったようだ。春凪が学生のため、平日の連絡は、基本的に今のように学校が終わった時間にされる。もちろん、取り急ぎの場合は、学校の中でもメールが送られてくる。
オーディションの話を聞いた春凪は、すぐに「受けます!」と答えた。
『わかったわ。それじゃあ、台本は後日渡すわね』
「はい! よろしくお願いします!」
『では、お疲れ様です』
「お疲れ様です!」
現在、オーディションを落ち続けている春凪にとって、目の前に転がるチャンスは是が非でも欲しい。
「よしっ! 応援してくれてるファンの人たちのためにも次こそオーディション合格するぞ!」
何の目標もなく好奇心だけでオーディションに応募し声優となった春凪だが、先日のイベントに参加してくれたファンの期待に応えるためにもより一層気合を入れる春凪。
声優のオーディションの話なんて、有名声優でもない限り中々もらえない。それをモノにするためにも春凪はバイトをしばらく休むことを決める。
すると、次はメッセージの通知が入る。
「綾ちゃんからだ」
春凪はメッセージを確認する。そこには、自分の友達二人が仲良さそうに並んでいる写真だった。そして、メッセージには『神白さんと仲良くなろうと思う』と書かれていた。それを見た春凪は嬉しそうに笑みを浮かべ、心配だったことが解決し、そっと胸を撫で下ろした。
「よかった……」
安心できた春凪は、軽い足取りでバイト先へと向かうのだった。
四時間のバイトを終えた春凪は、オーディションの作品である『奥手の私に恋は難しい』の原作漫画を今既刊されている十二巻まで購入し家に帰宅した。
「ただいま〜!」
「おかえり、春凪。ご飯用意できてるわよ」
「は〜い!」
春凪は自室で着替えた後、手を洗い食卓についた。
「いっただきま〜す!」
手を合わせると、ご飯をかき込むように食べ始めた。普段なら味わって食べる春凪だが、オーディションに力を入れたい時は、いつもより駆け足でご飯を食べる。
「そんなに急いで食べて、もしかして、オーディションの話がきたの?」
「うん!」
「よかったわね。マネージャーさんに感謝しないとね」
「うん!」
春凪がこうやってオーディションを受けられるのは、マネージャーの淵川のおかげだ。淵川が春凪のためにいろんなところに日々連絡をしている。それもあって、こうやってオーディションの話をもらえているのだ。
淵川は信じているのだ。春凪が売れることを。
「ごちそうさま!」
「お風呂も沸いてるわよ」
「は〜い!」
食事を終えた春凪はすぐさま風呂に入った。入浴もいつもより早く済ませ自室に戻る。そして、買ってきた漫画とノートを手に勉強机に備えられている椅子に座る。
「よしっ! 早速、読み込も!」
単純に漫画を楽しむだけならいつもベッドに寝転がって読んでいるが、読み込む時はこうして集中できるように椅子に座って読むのだ。
春凪はこう見えて、かなりの努力家だ。担当するキャラクターを分析するためにノートに特徴だったり、性格だったりを記載していく。そしてさらに、この場面のセリフはこういう感情があると、何度も何度も読み返して事細かに詰めていくのだ。普段の学校生活での春凪を知っている人からしたら別人に思えるだろう。それぐらい、真剣に取り組むのだ。
漫画を読み始めた時刻は夜の十時。そこから四時間、春凪はキャラ分析をするのだった。
声優とファンの百合付き合い @annkokura
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