第5話 昼休み

 四時間の授業を終え、時間は昼休み。各々、持参したお弁当を食べたり、購買部で買ってきた菓子パンを食べたり、食堂で食べたりしている。友達と集まって談笑しながら食べる生徒もいれば、一人静かに食べる生徒もいる。蓮はどちらかといえば、後者だ。だが、今日は少しある期待をしていた。

(ナナちゃん、私を誘ってくれないかな……)

 今朝、互いの秘密を知る友達になった春凪が自分を誘ってくれないかと期待していた。

(推しとお昼ご飯を食べられることがあったら…………。想像するだけで幸せだわ……。不味いご飯ですら美味しく感じてしまうに違いないわ……)

 などと、優等生の脳とは思えないような想像をする蓮。誘ってくれないかな、と期待しながら弁当の包みをいつもの倍の時間をかけながら包みを開いていく。

 春凪はというと、友達が多いため大勢のクラスメイトから誘われていた。

「七海白さん、一緒にお昼食べよ」

 いつもの春凪なら頷くのだが、

「ごめん! 今日は神白さんと食べるの!」

 春凪の口にした生徒の名前に周囲にいた生徒は目を見開いて驚く。直接名前を言わずに誤魔化す方が賢いのだろうが、この誤魔化せないのも春凪のいいところでもある。

「また断られるだけだよ?」

「大丈夫! 今日は自信があるから!」

「そう言って、いつも断られてるじゃん」

「本当に大丈夫だってば! だから、ごめんね!」

「仕方ないなぁ……。まあ、断られたら一緒に食べようね」

「うん! ありがとう!」

 春凪は弁当を手に持ち蓮に近づく。

「神白さん! 一緒にお昼食べよ!」

 まさか誘われるとは思っていなかった蓮は驚きの表情を浮かべながら春凪を見る。

「い、いいの?」

「もちろんだよ! 友達でしょ!」

「じゃあ……、ご一緒させていただきます」

 推しに誘われたからか、自然と語尾が敬語になってしまう蓮。

(本当に推しとお昼を食べられるなんて……。これは夢なんじゃ……)

 そんなことを思いながら、蓮は開きかけていた包みをもう一度閉じ直し、弁当を片手に春凪と一緒に教室を出る。

「場所、中庭でもいい?」

「は、はい、大丈夫です」

 推しと隣を歩いているからなのか、緊張した面持ちで頷く蓮。自然と肩にも力が入っている様子だ。そんな緊張した様子の蓮を見て、茜は苦笑を漏らす。

「そんなに緊張しなくてもいいのに」

「だって、推しの声――」

 咄嗟に言いそうになった蓮の口を春凪は手で塞いだ。

「二人だけの秘密、でしょ?」

 人差し指を唇に当て、ウインクする春凪。この仕草がファンの心を射抜かないわけがない。蓮はアニメでしか見ないような速さで、春凪から距離を取った。その速さに、春凪も思わず、はやっ! と口にしてしまった。周囲にいた生徒も目を剥くように驚いている。

 春凪から距離を取った蓮の脳内はパニック状態だった。

(えっ、何今の仕草⁉︎ めちゃくちゃ可愛かったんだけど! 小動物で例えるなら…………、いえ、無理! 何者にも変え難いぐらいの完璧な可愛さ! しかも、その中に艶っぽさみたいなものも入っていたわ! その効果も相まって、可愛さの中に色気みたいなものがあって……。これも無理だわ! 言葉では言い表せない! というか、ナナちゃんの手が私の口に! こんなことがあっていいのかしら!)

 優等生の蓮ですら、先ほどの春凪の可愛さは表現しきれなかった。

 春凪は遠ざかっていった蓮に駆け寄る。そして、心配するような表情を浮かべて確認する。

「もしかして、嫌だった?」

「いえ、嫌ではありません! むしろ、幸せです!」

 春凪の問いに間髪入れずに否定する蓮。それを聞いた春凪は安心したように笑みを浮かべた。

「よかった。じゃあ、行こっか」


 中庭に着いた二人は、空いていたベンチに座り、春の穏やかな風を受けながら昼食を摂っていた。

「そういえば、神白さんは何がきっかけでわたしのファンになったの?」

 弁当を食べながら、春凪はそんな質問をした。

「私がナナちゃんのファンになったのは、デビューキャラよ。私は原作からのファンで、ナナちゃんの演技を見るまではそのキャラが嫌いだった。能天気で楽観的で、何も考えていないような人物だったから。もちろん、そのキャラが夢について熱く語るところは原作でも見ていた。それでも、嫌いだった。だけど、ナナちゃんの演技を見た時、熱くなったというか、興奮したというか……。原作では、気づかなかったナナちゃんの芯の強さに気づいたの。それからは、ずっとナナちゃんのファンになったわ」

「そうなんだ……」

 ファンからの直接の言葉に春凪は嬉しくなる。

(よかった……。ちゃんと、伝わってくれて……)

 春凪にも蓮が語るシーンには思い入れがあった。キャラの魅力に気づいてもらうために、何度も何度も試行錯誤した。それこそ、今までここまで頑張ったことはあっただろうかというぐらいに。その好評が、今目の前にいる自分のファンから貰えたのだ、声優としてはこの上ない喜びだろう。

「逆に七海白さんはどうして声優になろうと思ったの?」

「あれ? 昨日のイベントで言わなかったっけ?」

「えっと……、その……、信じ難い現実にイベントの最中ずっとボーッとしちゃって……」

 恥ずかしそうに顔を赤く染めながら小さな声で言う蓮。普段の凜とした姿とのギャップに春凪は可愛いと思ってしまう。

「そ、そっか! じゃあ、教えてあげるね」

 そう言って、昨日と同じように声優になったきっかけを話した。

「本当に似てるわね」

「誰に?」

「あなたが演じたキャラクターによ。楽観的で、後先考えずに今の自分の気持ちに従う。でも、だからこそ、人の心を動かす演技ができたのね」

「褒められると、照れちゃうなぁ」

 頭を掻きながら蓮の褒め言葉に照れ笑いを浮かべる春凪。

「まあ、半年間、出演を見ていないのだけれど」

 最後に水を差すように春凪の今抱えている問題を突く蓮。その言葉に、うっ……、と唸った声を出す春凪。

「耳が痛い話だ……」

 そんな風に他愛のない話をしながら二人は持参した弁当を平らげるのだった。

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