第4話 友達
イベント翌日の登校日。蓮は頭を抱えていた。
(はぁ……、最悪だわ……)
思い返すのは、昨日のことだ。推しの声優が、まさか自分が拒絶していた相手だったなんて蓮は思ってもみなかった。
(推しの声優と同じ学校、しかも、同じクラスなんて、今後の人生では二度と起きないに決まっている……。こんなチャンス二度とないのに……。でも、今まで散々なことを言って拒絶してきたのに、正体を知った今になって仲良くしてください、なんて厚かましいし、無礼にも程がある……。それに、掌を返したみたいで嫌だ……。だけど、友達になりたい……。あぁ、もう! なんで仲良くしなかったのよ! 私の馬鹿!)
「はぁ……」
いつもの綺麗な姿勢はどこへやら。肩を落とし、項垂れて通学路を歩く蓮。さらに、頭を悩ませるのが、
(七海白さんにオタクモードの姿を見られてしまった……。もし、広められることがあったら……。想像するだけで最悪だわ……)
しかし、すぐにその気がかりは消えてなくなった。
(七海白さんがそんなことするわけないわね。彼女が何かを言い振り回してる姿なんて想像がつかないもの。少なくとも私が見ている限りでは)
友達でもない蓮でも、春凪がそんなことをするような子ではないと思うほど、春凪に悪い噂はなかった。
(でも、今までの逆恨みで言いふらされるかも……。あぁ、もう! 本当に最悪だわ!)
信じたり疑ったりと情緒不安定のまま蓮は学校に登校した。
教室の扉の前で一旦深呼吸をする。そして、覚悟を決めたように蓮は扉を開けた。クラスメイトは蓮の方を一瞥すると、すぐに友達と談笑し始めた。先ほどまでの疑いの心がなければ、単純に誰が入ってきたんだろう? と確認しただけだとすぐに理解できる。だが、疑心暗鬼状態だった蓮は、視線を逸らされたと勘違いしてしまった。
(もしかして、私がオタクだともう広められてしまった……? そんな……、昨日の今日で……? いえ、でも今の時代、メッセージアプリですぐに知らせることができる……。ということは、クラスメイト全員にすでに知れ渡っている……)
いつもの冷静さはどこへやら。表情は平常を装っているが、内心は乱れていた。席に着き、落ち着くために読書を始める。しかし、クラスメイトから嘲笑の視線を送られていると錯覚し、一向に読書に集中することができない。
(やってくれたわね、七海白さん……)
何もしていないのに疑われる春凪。もちろん、蓮の勘違いで、クラスメイトは蓮がオタクだと知らない。
(登校してきたら屋上に呼び出してあげるわ)
まるで、不良のようなことを考えだす蓮。そこへ、タイミング悪く春凪が登校してきた。
「おっはよ〜!」
(きた!)
蓮は即座に立ち上がり、春凪へと詰め寄る。
「きなさい!」
「えっ⁉︎ ちょっ、ちょっと⁉︎」
春凪の手首を掴み強引に連れ出す蓮。春凪が戸惑いの声をあげても無視し、そのまま屋上へと行く。そして、春凪に逃げられないように蓮は壁ドンする。
「か、神白さん……?」
どういう状況なのかさっぱりわからない春凪は困惑した表情を浮かべる。対して蓮はというと、
(推しに壁ドンしちゃったわ……。どうしようどうしようどうしよう!)
さっきまでの怒りはどこへ行ったのか、今しがた自分がした行動に慌て出す。
「えっと、神白さん……?」
戸惑いの声を上げる春凪。蓮は、心の内側を悟られないように普段の調子を意識しながら質問する。
「あなた、私がオタクだとバラしたわね?」
「えっ?」
「惚けないで! みんな、私が登校するなりチラチラ見てるもの!」
「何か勘違いしてるんじゃない? わたしはバラしてないよ」
「嘘を言わないで!」
「本当だよ! そんな人の秘密ごとを簡単にバラすわけないじゃん! そんなことしたって誰も幸せにならないし!」
疑いの目を向けてくる蓮に茜は真剣な眼差しで答えた。それが蓮にも伝わったようで、
「ほ、本当……?」
「本当だよ!」
「わ、わかったわ」
少しだけ、春凪に対する疑いがなくなった。となれば、込み上げてくるのは、恥ずかしさだ。
(私は何という勘違いをしてしまったの! 恥ずかしすぎる! こんな壁ドンまでして! 最悪だわ! それに、推しの声優を疑ってしまった! あぁ、もう!)
恥ずかしさを堪えるようにキツく目を瞑る蓮。
「そういえば、神白さんってわたしのファンだったの? 昨日、イベントに来てたけど」
「え、ええ、そうよ……」
「そうなんだ! じゃあさじゃあさ! 友達になろうよ!」
「えっ……、えぇぇぇぇぇぇぇ!」
突然の展開に蓮は大絶叫した。
(うそうそうそ! ナナちゃんと友達に! そんな夢みたいなことが!)
「で、でも、今まであなたを拒絶していたのよ? いいの?」
「うん! わたしが友達になりたいから! 神白さんは嫌?」
「嫌じゃないです! むしろ、この場で死んでいいぐらい嬉しいです! 最高です! 幸せです!」
恥も外聞もなく目前の幸せに飛びつく蓮。もう、普段の蓮の姿はそこにはなかった。そこにあったのは、ガチオタファンの姿だった。そんな蓮の姿に春凪は思わず笑みを漏らす。
「あはははは! 蓮ちゃんって面白いね! 家でもそんな感じなの?」
指摘されて我を忘れていたことに気づいた蓮は、ハバネロのように顔を真っ赤にする。
「えっと、このことは……」
「大丈夫! 秘密にするよ! もちろん、オタクだということも! その代わり、わたしが声優だということも内緒にしててね?」
「はい、もちろんです! 墓まで待っていきます!」
「そこまでしなくていいよ! あと、敬語じゃなくてタメ口でいいよ?」
「いえ、そんな! 推しの声優とタメ口なんて畏れ多いです!」
「ダメだよ! じゃないと、友達じゃないでしょ?」
「うっ……、わかり……、わかったわ……」
「うん、よろしい! じゃあ、教室に戻ろっか!」
「え、ええ……」
そこで、残酷なお知らせが学校内に響き渡った。
キーン、コーン、カーン、コーン……。
「チャイム、なっちゃったね……」
「そう、ね……」
「どうせアウトだし、お話しながらゆっくり行こっか」
「ええ」
そうして、互いの秘密を知り合う友達関係になった二人はのんびり教室に戻るのだった。
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