第2話 イベント二日前

 放課後。春凪はバイト先へ向かっていた。

「はぁ……、今日もまともに会話してくれなかったなぁ……」

 肩を落とし、項垂れながら残念そうに呟く春凪。

(どうしたら、神白さんと仲良くなれるんだろう……。何か趣味などがわかればお話しできるのになぁ……)

「来週こそは絶対に会話するぞ!」

 このお節介が、蓮にとって鬱陶しいことこの上ないことを春凪は気づいていない。もしくは、気づいてはいるが、どうしても放って置けないのだろう。どちらにしろ、蓮にとっては迷惑だった。すると、制服のポケットにしまっている携帯が着信を知らせるように震え出した。春凪は携帯を取り出し、着信相手を確認する。画面には、マネージャーと表示されていた。

「はい、もしもし」

『あっ、春凪ちゃん? お疲れ様です、マネージャーの井川です』

「お疲れ様です」

『今どちらにおられますか?』

「学校をでたばかりです。どうかされましたか?」

『この後、明後日のデビュー一周年記念イベントの打ち合わせと報告をしたいのですがお時間ありますか?』

「わかりました、すぐにお伺いします。どちらに行けばよろしいでしょうか?」

『では、柏駅近くの『ドリーム』という喫茶店に来てください』

「わかりました。それでは、失礼します」

 電話を切ると、春凪はすぐにバイト先へと連絡する。数回呼び出し音が鳴った後、女性が電話に出た。

「あっ、もしもし、お疲れ様です。七海白です」

『お疲れ様、春凪ちゃん』

「店長、今日、明後日のイベントに向けてマネージャーさんと打ち合わせをするので、バイトお休みさせていただいてもよろしいでしょうか?」

『いいわよ』

「ありがとうございます。それでは、失礼します」

 春凪は電話を切ると、柏駅に向けて歩き出した。柏駅は通っている学校の最寄り駅でもあるので、徒歩およそ十分ほどで着く。駅までの通りには、雑貨屋、アパレルショップ、アニメ専門店などの多くの店が所狭しと並んでいる。

 通りを歩いていると、春凪は反対側の歩道に見知った顔を見かけた。

「あれ? 神白さん?」

 春凪はそのまま蓮の姿を目で追いかける。そして、蓮は一つの店に入って行った。そこは、マンガやラノベ、アニソンCDなど、多くの品揃えを誇るアニメ専門ショップだった。

「へぇ、神白さんもそういうのに興味あるんだ」

 春凪自身、まだデビューしたばかりだが声優なので、アニメ業界にもそこそこ詳しい。春凪は蓮が出てくるのを待つ。しばらくして、お目当ての品があったのか、学校では見せない満面の笑みを浮かべた蓮が店から出てきた。

「神白さん嬉しそう」

 蓮の表情までは見えないが、袋を大事そうに抱えていることから春凪にも嬉しいという感情が伝わってくる。すると、再び携帯が振動する。取り出すと、そこにはマネージャーと表示されていた。

「あっ! 忘れてた!」

 春凪は走りながら電話に出る。

「もしもし! すみません! 道中で知り合いとお会いしいたので話し込んじゃいました!」

『何かあったんじゃないかと電話したんですが、それなら良かったです』

「すみません! すぐに向かいます!」

『はい。気をつけて来てください』

「失礼します!」

 そして、数分後。春凪は無事に待ち合わせ場所に到着した。

「すみません、お待たせして」

「いえいえ、気にしないでください。それでは、最初に報告ですが、前回受けたオーディションの結果ですが……」

 春凪はゴクリと喉を鳴らす。

「ダメでした」

「やっぱりですか……」

 はぁ……、と項垂れる春凪。

(まあ、そんな気はしてたんだけどなぁ……。……でも、やっぱり悔しいなぁ……)

 春凪は今回でオーディション十連敗。まだデビューして一年だからベテランさんに比べたら天と地の差がある。それでも、それは言い訳にしかならない。

「また頑張ります」

「私もマネージャーとして尽力させていただきます。次は、明後日のイベントの進行についてですが……」

 春凪にとって今回のイベントは初の個人イベントとなる。なので、春凪自身とても楽しみにしている。

(声優になって、もう一年かぁ……。あっという間だったなぁ……。とは言っても、デビュー作品合わせて三作品しか出てないんだよねぇ……。やっぱり、声優業を続けていくとなると、もっと多くの種類の声色を身につける必要なんだろうなぁ……)

 春凪が得意としているのは、その持ち前の活発で陽気な声だ。それ以外の声色は持っていないと言ってもいい。やはり、プロとなると、妖艶な声、凛とした透き通るような声、小悪魔的な声、気弱そうな声など様々な声色が必要となってくる。決して練習していないわけではないが、春凪はまだそれらの声色を習得できていなかった。

「以上が、当日の流れとなります。質問はありますか?」

「大丈夫です」

「当日、もう一度流れは確認すると思います」

「わかりました」

「では、今日はこれで終わりです。お疲れ様でした」

「お疲れ様でした」

 明後日のイベント日。思いもよらない人と出会うことをこの時の春凪は知らなかった。 




読者さんの反応を知りたいので応援コメントよろしくお願いします

一週間に一話投稿を目指して頑張ります

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る