第24話 魔窟より恐ろしい、母なる山へ
スズミに同行させられ、魔窟を一つ潰した。
それだけなら別に問題なかったけど、魔窟には招かれざる客がいた。
まさかの隣国の王。スズミが魔王と呼ぶ敵その人に、なぜか監視役は同僚の第三師団長。
魔物の大猿人を倒しながらも、話はスズミの結婚、さらに山で修行…と、目まぐるしく変わってしまった。
そして。
「ははははは。楽しい旅路じゃの!」
「お前は話を聞いていたのか?」
「お前ではない、チエだ」
キョーワに戻って、魔窟について領主に報告をした。
同行していたヨシオは、領主に娘の「進化」の可能性を伝えた。
頭がいかれているとしか思えない話を聞いた領主は、シローたちを集めて命じた。
スズミを修行に行かせろ、と。
「な、なぜ隣にいるのだ!」
「決まってるじゃないか、我が愛しの君よ」
師団長でありながら不在が続いている第五師団には、キョーワに留まっていた部下が状況を伝え、それとは別にヨシオが国王の元へ。
スズミが進化して真人になった場合は、国をあげての一大行事になるという。
正気の沙汰とは思えない。
監視役のヨシオが同行せず、魔王カイソンがスズミの隣に座っている状況も。いや、敵なんだろ?
明神様。
それはキョーワの街からいつでも見ることのできる、雪に覆われた高い山に住まうという。
姿を見せることはないが、その力を感じることはある?
普通の人類には無理だが、普通じゃない場合だけ感じることはあるのだ…と、領主は大真面目な顔で言った。
「案内役が他国の王っていうのが既におかしい。カイソンはなぜ修行のことを知ってるんだ? お前も修行したのか?」
「………その質問には答えられないな。僕自身は修行してないよ、としか」
「ははははは、スズミが修行しなければならないのだ。誰が過去に修行したかなど自明であろう!」
「だ、誰だ!? 私には分からない!」
どうやら「修行」は、あくまでナンバーズに人類が追いつくためで、ナンバーズ自身は参加していないようだ。
まぁ、参加したら差が埋まらなくなる可能性はある…のか。どうにも現実味のない話なので想像もうまく行かない。
「で、カイソンは修行の中味をすべて知っているんだな?」
「残念ながら、始まった後はどうなるか予測できないよ。神様の気分次第だからね」
カイソンが見たことのある「修行」は、要するにアーク王国の王后が行ったものだろう。
スズミが后になる条件が修行なのだから、ミツの場合も同じことになる。というか、ミツの件を知っていたから、カイソンはスズミに修行を求めたわけだ。
「わ、私はどうなってしまうんだ…」
神様の気分次第なんて言われたらどうしようもない。スズミが、らしくもない不安そうな表情で、馬車の座席で震えている。
正直言えば、嫌ならやめればいいだろう。
そもそも、スズミは現時点で魔王の妻になる気はないのだ。わざわざ条件を満たして、外堀を埋めるような真似をする理由はない。
それなのに修行するのは、親である領主の意向もあるが、結局は進化して強くなって俺と再戦して倒したいという欲求からだ。
そんなくだらない感情で、一生を魔王に捧げるような真似をしていいのかと問いたいが、俺が聞くと逆効果だからなぁ。
「馬車はここまでです。帰りはどういたしましょうか」
「帰りは自分の足で帰るよ。いつ終わるか分からないからね」
「そうですか…。ではキモリの村に馬は預けて参ります。声をかけていただければ」
「ああ、ありがとう。恩に着るよ」
キョーワの城門から馬車で半日ほど。
川沿いの道を遡るうちに、辺りは鬱蒼とした森になった。
馬車が通れる道は途切れ、前方には山道が続く。
「茶屋もないんだな」
「ナナは相変わらず無知だ。ここは参拝の道ではない」
「ははは、己が無知であると知る。それこそが最強なのだ」
「何を言い出すんだ、お前は」
明神様は、王国民なら一度は参るという神様だ。キョーワはその参拝客の立ち寄る街でもあった。
ただし、山の中腹にあるお社への道とは、途中で分かれてしまった。
そっちはお社まで馬車で行けるし、参道沿いには宿坊や茶屋が並ぶにぎやかな景色だという。
「ここは行人しか使わないんだ」
「勝手に入っていいのか?」
「もちろん、勝手に入ったら祟りに遭うよ」
そう言って肩をすくめるカイソン。魔王が祟りを恐れるのか。まぁ、カイソンを見ていると魔王ってなんなのかよく分からないけど。
「わ、私にこんな格好をさせるとは…く、屈辱!」
「ははははは、我がこのような小汚い服を着せられることこそ屈辱であるぞ!」
「屈辱なら笑うなよ」
ここからは山道をひたすら歩くので、着替えをする。
一応は探索者の格好をして待つらしい。
スズミはご自慢の銀色鎧を着用できず、チエはドレスを着れない。いや、スズミはともかく、魔窟にドレス着て入った時点で既に正気の沙汰ではなかった。
「今度の行人はこいつか」
「へぇ、こないだよりはマシだねぇ」
「な、な、何だお前たちは!?」
そこに音もなく現れた二つの人影。
スズミも探知できなかったらしく、間抜けな顔で棒立ちだ。
「まあいい、よく参られたブッシども。俺は貴様らが先達、ミコトである」
「同じくナギ。今からアンタらは死ぬ。フダラクへの死出の首途を祝おうぞ」
薄汚れた…というか煤けた白装束の男女は、わけの分からないことを言う。
明神様の山は、どうやら人間の言語の通じない場所らしい。
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