第20話 魔窟を封じる者たち

「ナナ、左」

「おう!」

「ヨシオ、色薄い」

「む」

「スズミ、斜め上」

「任せろ!」


 大猿人対五人の戦い。

 その場には臭い息とともに聞こえる不快な音色と、チエの指図。

 俺はその歯車の一つになって、大猿人を引きつけながらたまに拳を叩き込む。


「む。魔王」

「僕だけ名前じゃないのは?」

「ナナ、一歩左」

「ねぇなぜなのかな」


 真っ赤な顔の大猿人は怒っているのかと思ったら、大口を開けて臭い息とともに火焔放射。

 その瞬間、カイソンの防御魔法が展開、火焔は向きを変えて折り重なる猿人の死体を焼く。

 猿人の死体が焼ける臭いも、残念ながら酷い。

 今のところ、俺たちに一番ダメージを与えているのは悪臭だ。


「首!」

「おう!」


 火焔放射の直後は首がこちらにのびた状態になる。

 師団長コンビはさすがにその癖に気づいたらしく、チエの指示がなくとも傷をつけていく。

 そもそも火焔放射自体、大猿人の体力を削っているようだ。


「放り込め!」

「む」


 苦しみながら大猿人がまた口を開き始める。

 するとチエの指示で、スズミとヨシオは口に向かって水流魔法。

 もちろん、大猿人にダメージは与えないが、的確に口の中に吸い込まれて行く。


「ナナ! 腹!」

「ちょんわー!!」

「キィィィィ」


 火焔放射の次は毒を吐く。

 それをさせないために口の中に水を流し込み、思いっきり腹を突く。

 その衝撃で、口から吐こうとしていた毒は逆流、自分の体内に飲み込んでしまった…んだろう。身体の中は見えないけどな。


「ナナ! 穴開けろ! スズミ、斬れ! ヨシオ、首!」

「僕はどうする?」

「黙れ」

「酷い扱いだ…」


 よろける巨体に総攻撃。

 まだ腹は位置が高すぎて体重が乗り切らないが、ついでに膝を横からぶん殴ったら、大木が折れるように倒れた。

 スズミとヨシオの刃も通っている。これは楽勝じゃないか…。


「魔王!三人を吹き飛ばせ!」

「ええっ?」

「急げ!」

「ああ…」


 そこでチエが、カイソンにとんでもない命令を出す。

 さすがのカイソンも戸惑いながら、俺たち三人に向けて暴風を放つ。

 直線の攻撃なので、俺たちは難なく交わしたが……って?


「何!?」

「ちょっと、これ!?」


 三人の背後に突然の気配。

 次の瞬間、目の前にいた大猿人は姿を消し、つい今し方三人が立っていた付近に転移したのだ。


「転移? 猿人が?」

「武技!」

「あ、ああ」


 動揺したのも一瞬。転移で力を使い果たしたのか、大猿人は座り込み、ぐったりして動かない。


「行くぞ! 武技、白糸(しらいと)の滝!」

「武技、紅花面影(こうかめんえい)!」


 そこで師団長コンビが武技を発動する。

 棒立ちとまでは言わないが、叫んで身体が光って…と時間がかかるので、念のため俺が前に出て見守る。

 ただ……、大猿人はほとんど動きがないまま横たわる。

 自分の毒でやられることはないと思うが、生物かどうかで議論のある奴だからなぁ。


「参る!」


 気配がしたので慌ててその場に寝っ転がる。

 すると、俺の頭があった辺りを銀色の光が通り過ぎ、そして大猿人の首が空を舞った。

 もう一方は槍を持ったまま。ヨシオの槍が光って、その光の線が首まで届いている。槍を投げないのか…と、少しがっかりした。

 俺のそんな思いとは関係なく、無事に大猿人は討伐されたのだった。



「最後は驚かされたが、まずは石を壊そう」

「石…って、あれか?」


 魔窟を封じるには、最奥の敵を倒してその場にある核を破壊しなければならない。

 魔窟の心臓というべき核は、さっきまで大猿人が立っていたその背後に控えている。

 全体の大きさは人間の頭程度の石で、頂部のみ透き通り、わずかに光を発している。


「このまま放っておけば、またあれが出てくるのか?」

「多分な」


 五人で石を囲んで、一応は様子を見る。

 スズミ、ヨシオ、カイソンは魔窟の石を過去にも見たことがあるらしく、その中では比較的大きいという。


「意外ですね。この程度の魔窟に」

「意外って…、さっき死にかけただろ」

「あれは……、猿人が転移魔法を使うなど初めて聞きました」


 猿人ばかりの魔窟は基本的に評価が低い。

 しかし、さっきの大猿人は普通じゃなかった。というか、チエはなぜあれが分かった?


「じゃあ壊すぞ」


 結局、ヨシオが腰にぶら下げていた鉄棒で、石をたたき割る。

 石は特に何も起きないまま、ただ光らなくなった。


 なお、叩くだけなら俺で良かった気がすると言ったら、それでは鉄棒が壊れると返された。

 ヨシオは鉄棒に魔力をまとわせて強化していたらしい。

 確かに俺にそんな器用な真似はできないな。

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