第19話 魔王と共同戦線、そしてチエ少し覚醒

「えーと、ヨシオ…だったよな。魔窟を封じるって何をするんだ?」

「困りましたね。スズミはそんなことも伝えていないのですか」

「う、うるさい! そのうち話すつもりだった」


 俺たち四人の密談を、離れた位置から見守っていた五人目。

 ヨシオはアーク王国第三師団長で、カイソンのお目付役として派遣されていたらしい。

 ということは、魔王が国王公認でふらついているという言い分は事実だったわけだ。


「この魔窟は大半が猿人ですから、五型でしょう。奥に巨大猿人がいます」

「それを倒せばいいのか?」

「倒した後に、魔窟の核と言われている石を破壊します。その石が動きを止めれば、その後は一ヵ月程度で自然消滅するのです」

「すごいなヨシオ、スズミなら半日かかる話を一瞬で済ませるとは」

「わ、私だってそれぐらい説明できるから!」


 スピード重視で今は俺とヨシオが先頭、二列目にチエとカイソン、後ろはスズミに任せている。

 味方と言うには心許ない魔王カイソンを背後に置くなんて正気の沙汰ではないけど、まぁ何となく今は大丈夫な気がする。

 監視役のヨシオがそれでいいと言ってるし。



 生後一ヵ月の魔窟。

 五型というのは猿人だらけのゴミで、そのせいか探索者の数は少ないらしい。


「中の猿人たちは、狩らなければ適当に暮らしているのか?」

「魔物に生活などありませんよ」

「ははは、では我らの奴隷商を襲って食べたのはどうじゃ? 飯を食うのは生活ではないのか?」

「…………」


 無言で走るのが退屈なので話を振ったはずが、チエの指摘でヨシオが押し黙ってしまう。

 というか、その現場には俺もいたから、チエの言う通りだと分かる。

 最初に目覚めたゴミの山、そして集団で襲い、捕まえた人間をエサとして食べる。それは文明的な生活ではないが、生活だ。


「魔物はたまに外で暮らすことがあるな。僕が聞いた話では、魔窟が消滅する時、そこにいた魔物が外に出る…だったか」

「そういう例はありますが、普通は何もせず餓死して終わりです」

「はははは、確かに腹は空かせておったのう! 我も食われるところじゃった」

「何が面白いんだ」


 俺とチエが遭遇した猿人については、一応アーク王国でも山狩りをしたという。

 山中には十体ほど生存しており、すべて殺された。そしてゴミの山も発見され、そこからは人間の骨も複数確認された。


「スズミがここで死ねば、猿人のエサになるのか」

「大丈夫だ! スズミちゃんは僕が命にかけて護ってみせる!」

「か、勝手に私を殺すな!」


 イワタケだって猿人の頭を食っていた。猿人が魔物で、魔物は生物でない…というのは納得できないな。

 まぁ、魔窟を駆け抜けながら考えることじゃないが。



 何度か猿人と遭遇、交戦した。

 レベル5の猿人は、ボロ布をまとって金属棒をもつ。


「あの武器は売ると金になるか?」

「なるわけないだろバカ!」

「素材として買い取りはされますよ。一食分ぐらいにはなるでしょう」

「スズミのようなお嬢様に、下々の金銭感覚を求めた俺がバカだった」

「お、お、お前はそんな端金必要ないだろう!」


 スズミが役に立たないのはさておき、服を着て武器を使う奴が生き物じゃない? さすがに苦しいんじゃないか。

 まぁ……、金にならないのは事実だな。

 チエの魔法攻撃は、怯ませる効果しかない。なので眼の辺りに水をかけ、一瞬視界を奪ってヨシオは槍で突く。

 俺は頭を殴り、スズミは刀で首を切り飛ばす。


「僕の出番がなかった」

「余所者は大人しくついて来い」


 ヨシオはカイソンを王として扱ってない。意外だ。




「キキキィィィィィィィ!!」

「ははははは、下っ端より長く鳴いたぞ!」

「さすがいい鳴き声だ」

「二人とも、こっちが恥ずかしくなるからしゃべるな」


 五人が走り出してどれぐらいだろうか。

 蟻の巣穴の奥に、突然大きな空間が現れた。

 そしてそこには数十の猿人と、一人だけ何だかデカいのがいた。


「スズミ。こういう時は敵について教えるのがリーダーだ」

「あ、あれは…大猿人よ。普通は師団が合同でないと対応できない…わ」

「ははははは、それなら心配ないぞ! ここには師団より非常識な奴しかおらぬからな!」

「チエさんは…、不思議な人ですね」

「考えるな、感じろ」


 大猿人。死ぬほど適当な名前だが、猿人とは比較にならない強敵らしい。

 厄介なのは、猿人たちを盾にすることと、魔物なのに魔法攻撃する場合がある点。


「どんな魔法を使うんだ?」

「火焔放射は確実、毒を吐いて我々を弱体化させることもあります」

「それだけで済む敵ならいいけど」


 思わせぶりにつぶやき、そっぽを向くカイソン。

 まぁ味方じゃないから仕方ないか。少なくとも、スズミの危機は無視しないだろう。


「では、私とスズミであたります。ナナ…さんとカイソンは周囲の猿人を殲滅、チエさんは……」


 テキパキと指示を出すヨシオは、最後で口籠る。

 うむ。考えてみればチエの出番はない。


「ははは、ならば我は全体の指揮を執ってやろう!」


 あってもなくても良さそうな役。

 その時の俺は分かってなかった。チエは文句なしの化け物だということを。





「では行くぞ! まずは首だ! 石の雨!」

「キ、キィ!」

「本命、氷の槍!」

「キィィィ!!」


 大猿人の正面に走り出したのは二人の師団長。

 ヨシオの魔法で放たれた尖った石は、首にあたるかと思われたが大猿人の巨大な手のひらで防御。

 しかし、ほぼ同時に放たれたスズミの攻撃は、見事に大猿人の眼を突き刺した。

 流れるような連携。きっと初めてではないのだろう。


「僕たちも始めようか、ナナ」

「ああ。さっさと終わらせて、いろいろしゃべってもらうぞ」


 俺とカイソンは、大猿人の周囲に集まった猿人たちを狩って減らす。

 左右に分かれようかと思ったが、カイソンがまた呪いの言葉を吐くのなら、前後に並ぶしかない。

 俺は一気に敵との距離を詰め、そして刃が欠けた剣のような武器を持った猿人に殴りかかる。


「キィイイイ!」

「キイイィィ」

「言葉をしゃべってみろ!」


 猿人レベル5は、最初に出会った猿人――奴隷商のオッサンを食べていた連中――よりも強く、一撃では倒れてくれない。

 そして意外に動きが速く、あっという間に囲まれた。

 え? けっこうヤバい?


「ちょんわー!!」

「うるさい! その声やめろ!」


 というか、スズミは俺の身を心配しろよ。

 呆れながら、やむなく目の前の敵を殴る。

 俺の目は一度にあちこち見えないから、殴られながら殴る…しかない。


「ナナ。右へ二歩」

「あ?」


 そこでチエの声。

 ああ、そう言えば司令塔だったっけ。


「左へ一歩。殴れ」

「………」


 仕方なくその通りに動いてみる。

 すると一匹の攻撃を避けて、そいつがこっちに隙を見せた。


「キィッィィ」

「なるほど」


 脇の下の辺りを思いっきり殴ると、そいつは断末魔の声をあげながら倒れて行く。

 これが生物じゃないって嘘だろ。


「左下がれ、一歩、行け」

「キイイィ」

「前二歩」

「殴る」

「キィィイ…」


 マジかよ。


「君たち…、なんてびっくり人間なんだ」

「俺もそう思うぞ」


 相変わらず呪いの言葉を吐く魔王に言われたくないが、俺とチエのコンビは無敵かも知れない。

 十数匹の猿人は、気がつけばすべて動かぬ骸と化していた。



「くっ…、浅い」

「しぶといですね」


 残るは大猿人のみ。

 師団長コンビは左右から直接攻撃を始めていたが、大猿人の懐に入れずにいるようだ。


「キイイイイイイイィィィ!!!」

「ぐっ…」


 そして、大猿人が叫ぶ。

 それは叫びと言うより、金属をこすったような不快な音だ。


「あれが魔法なのか?」

「ち、違う。……集中力が切れる」


 そりゃそうだ…って、納得するわけあるか。



 ともかく、叫び声で距離をとったので、戦いは仕切り直しに。

 周囲の猿人を狩っていた俺たちも合流して、改めて大猿人討伐だ。


「しゃあない。俺が前に出る。カイソンは火焔を防ぐぐらいできるだろ? 二人は隙をみて攻撃」

「そ、それではナナが…」

「大丈夫だぞ。なぁ?」


 無謀なプランが無謀じゃなくなる程度には、俺には自信がある。

 仕方ないだろう。

 ここには化け物しかいないのだ。


「ははは、皆は我が指示に従うがいい」


 チエは最終兵器。

 もしかしたら、この世界の。

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