第18話 魔王様は婚活中

「ス、スズミ殿! 僕と結婚してくれ! 僕と一緒に暮らして、そして僕と貴方の子が生まれたら、親子で幸せに暮らそう!!」

「な、な、何をいきなり!?」


 カイソンと名乗った謎の男。

 聞いたことのない呪文を唱えて猿人を一撃で倒す実力をみせながら、よりによってスズミに公開プロポーズ。


「ははははは、これは愉快じゃな! 領主殿もお喜びだろうて!」


 信じられない状況に、チエが拍車をかける。

 完全に面白がってるだろ、お前。




「とりあえず、いろいろ順序を飛ばしすぎだろ」

「そ、そうか? 僕にとっては大事なことなんだ」


 やむを得ず、四人は少し奥まった行き止まりの場所に移動した。

 残念ながら、魔窟に安全な場所はない。一方からしか来ないなら対処はしやすいし、隠れていれば猿人には気づかれないらしい。

 とりあえず、今は猿人の気配はないから、さっさと話を進めたい。


「猿人の死体を前に告白するのが大事って、……まぁお前がまともな人間じゃないのは最初から分かってるが」

「それを君が言うのかい? ナナ」

「け……結婚……」


 スズミはブツブツつぶやくだけ。今にも泡を吹いて倒れそうだ。

 そして、混乱を巻き起こした主のカイソン。

 今は敵意は感じない。まさか本気で俺とスズミの仲を疑っていた?


「とりあえず、こいつは使い物にならないから先に教えろ。カイソン…と言ったな、お前は俺にも何か用があるだろ」

「僕は男子と結婚はしない」

「俺もしないぞ」


 普通に考えれば自意識過剰。まるで自分が特別な存在だと言いたげな発言。

 笑わせるな。


「そうだね、ナナ。君の本当の名前は…007だろう?」

「……今はナナが正式な名前だ」


 自然と身体が動く。

 すぐに手は出さない。構えをとり、じりじりと距離を詰めろ。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 僕は敵じゃない」

「その名前を口にした奴が敵じゃない? 冗談もほどほどにしろ」

「本当に敵じゃないよ。……だって、僕は005だからね」

「………」


 何その超展開。


「ははは、カイソンよ。貴様はまだ隠しておるだろう」

「………」

「その名は、襲名したのじゃろう」


 襲名?

 チエはいったい何を言ってる?


「まいったなぁ。君の存在は予想外すぎたよ」

「君ではない、チエだ」

「そうか……、チエ君、もう君は分かってるんだろうが、僕はこの辺では魔王って呼ばれてるんだ」


 ……………。

 いきなり情報量多すぎなんだよ。もう少し小出しにしろよ。




「僕は二十五代目カイソンを名乗っている。君たちの国では魔王って呼ばれてる。一応、ヘイセ王国の王なんだけどね」

「あっさり認めるんだな」

「愛する人に嘘はつけないよ」


 スズミに熱っぽい視線を向けながら、歯が浮くような台詞を並べるカイソン。

 魔王という響きに一瞬正気を取り戻したスズミを、再び混迷の渦に叩き込んでしまう。


「き、き、き、貴様と私は今日初めて会った! しかも敵だ! あ、あ、愛するとはどういうことだ!」

「どうもこうもないよ。スズミ、君の整った顔立ち、クールな視線、すらりと伸びた長身、女性であることを隠せない膨らんだ胸、そして僕の子を産んでくれそうなお尻。何もかも愛おしい!」

「ぐが……」

「バカだろ、お前」


 怒濤の攻撃にスズミはあえなくダウン。泡を吹いて倒れた。


 カイソンが叫んだ内容自体は、別に俺も否定しない。

 化け物じみた強さの師団長だけど、スズミの容姿はとんでもなく魅力的で、ついでに言えば性格も悪くはない。

 親しく世話になった俺が、いつの間にかスズミを女性として意識する展開だってあり得たのだろう。

 残念ながら、俺にとってのスズミは気安く話せる友だちだ。まぁ、もう一人化け物がいるせいだな。



「それで…、スズミがまだ使い物にならないから代わりに聞くが、お前はアーク王国を侵略しに来たのか?」

「侵略?」

「他国の王が武装して入り込めば、普通に侵略行為だろう」

「ああ…なるほど」


 魔窟内部の扱いはよく分からないが、入口はアーク王国側にある。隣国とは接してすらいない場所だ。

 そして、カイソンは探索者の真似程度の格好をしているだけで、使った形跡のないなめし皮の鎧に短刀のみ。それでも武装は武装。

 あの魔法攻撃は脅威だし、捕まえなければ王国の危機…と考えるのが普通だ。少なくとも、スズミがまともならそれくらい叫んでいるだろう。


「僕は別に、この国と敵対しているつもりはないんだ。ミツも同じさ」

「わ、我が国王を呼び捨てするな!」


 そこでようやくスズミが復帰した。

 というか、国王の名前は初めて聞いた。変な名前だな。


「スズミちゃん、僕は国王だから仕方ないんだ。それに、ミツは友だちみたいなものだ。ここにいることも伝えてあるよ」

「あ、あり得ない!」

「あり得なくはないだろうな」


 隣国の王が素性を隠して堂々と活動しているなんて、さすがにおかしい。

 俺たちだって、見た瞬間に怪しい奴だと気づいたんだ。スズミではない誰かが見張っている………と。


 今、魔窟の奥で何か光ったぞ。

 どうやら隠す気がないんだな。


「もう一つ、俺の個人的興味から聞くが、ヘイセ王国の国王なら后がいるだろ? スズミを妾にしたいのか?」

「何を言う! 僕はもちろんスズミちゃんを后に迎えるぞ!」

「勝手に話を進めるな!」

「怒った顔も魅力的だ。さあ、もっと僕を叱ってくれ!」

「話が進まないので、そういう性癖の問題は後でやってくれ」


 で。

 二十五代目カイソンが即位したのは五年前。

 その時点で、国内から十数名の女性が送り込まれたが、カイソンはまだ后が誰になるか発表していないという。


「彼女たちにも都合があるから、王宮で働いてもらっている。ただし手は出していない。出せないんだ」

「なぜだ」

「君と同じなんだよ、007のナナ」


 俺と同じ?


「さっきも言ったけど、僕の本当の名前は005。ゴウと呼んでいた」

「………」

「ついでに言うと、アーク国王は003。ミツさ」

「ええっ!?」


 まさかの爆弾。

 そして未だに全く話が見えない。


 カイソンが、俺の素性の何かを知っているのは間違いないが。


「さて、ここまでは見て見ぬふりをしたが、そろそろ時間切れだ。第五師団長、君は魔窟を封じに来たのだろう? 今から終わらせて、そこの不法入国者との縁談は魔窟の外でしてもらいたい」

「はぁ!? ……って、アンタ、なんでここにいるのよ!」


 すぐに聞かせてもらうことはできないらしい。

 陰で俺たちを見張っていた男が顔を出した。


「ははははは、我ら五人で化け物退治か。化け物が化け物を倒せるかのぅ!」

「自分も化け物だという自覚はあるんだな」

「チエじゃ」


 金属鎧に大きな槍を手にした男は、真顔でスズミをからかっているのだが、どうやらスズミには通じていない。

 というか、チエがしばらくしゃべってなかったことに今気づいたぞ。これって奇跡?

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