第14話 魔窟へGO!
「スズミ! ナナ! 今日は楽しいお散歩じゃぞ!」
「散歩だったのか」
「絶対に違うからな!」
籠の鳥生活を続けてどれだけの幾星霜…二十日ほど経った。
いよいよ魔窟探検隊が結成され、潰しに行くことになった。
隊長はスズミ。第五師団長ともあろう者が、師団を放って出掛けるのだ。
「大事な師団長の任務を放棄して洞穴遊びなぞに興じるとは、まったくスズミは怪しからん奴だ! 領主殿からもきつく叱られよ!」
「あ……ああ…」
「やかましい! チエ、これは我が国の命運を左右する一大事なのだ!」
本当に一大事なのかは分からない。
現時点での魔窟は、ただ内部で魔物を生んでいるだけで、外に溢れるような様子はない。
そして、話を聞きつけた探索者と呼ばれる人種が既に入り込んでいるらしい。
「中に入ってる奴らが勝手に解決してくれるんじゃないのか?」
「それはありませんよ、ナナ殿」
当然の疑問をぶつけてみると、見送りの側にいたシローが答える。
仕事のない若者に討伐や調査を依頼する組織があり、そこに登録された者が探索者。その意味では、探検隊と同じ仕事をするように思えるが、二つ決定的な違いがあるという。
一つは、探索者は報酬が得られれば魔窟がどうなろうと構わないと考えていること。
猿人のようになんの役にも立たない魔物も多いが、中には素材として価値のあるものもある。それらを持ち帰って換金すればいいので、むしろ魔窟がなくなっては困るわけだ。
もう一つは、探索者の能力不足。
「探索者なんて、私たちの足を引っ張るだけよ。ガラも悪いし、女の子を見つけたら襲いかかるような連中ばかりだし」
「スズミは心配ないだろ」
殴られた。不意打ちは命に関わるからやめてほしい。
ともあれ、探検隊は結成されてしまった。
隊長スズミ、俺、チエ。以上。
「タカヤ、セーバ、なぜそっちにいるんだ」
「わ、我々は情報収集にあたります! ナナ殿、チエ殿、団長をよろしくお願いします!」
「うむ、任せておけ」
「チエに何を任せるのよ」
バカの手綱だろ…とは口に出さない大人の俺である。
探検隊の一員だというのに真っ白なドレス姿のチエは、相変わらずの傍若無人だが、シローの授業はすべて理解していた。
俺よりもちろん上だし、既にスズミに教える側に変わりつつある。
しかも魔力制御は完璧、他人が戦っている時にあれこれ指示を出して来るが、それも気味が悪いほど的確だ。
スズミが彼女の参加に反対しなかったのも当然だった。
「馬車に乗るのか」
「当たり前でしょ!? 私は忙しいのよ。半日で着くはずだからさっさと乗りなさい!」
「ははは、運転はできんぞ!」
領主が雇った御者が馬車を動かし、すぐに出発。
しばらくぶりに屋敷の外に出たが、特になんの感慨もない。
「銀色鎧は目立つんじゃないか? 襲われるぞ?」
「ドレスの方が先でしょ?」
「ははは、それは困ったぞ!」
正直言えば、いろいろ不安はある。
話を聞く限り、軍団と探索者は折り合いが悪そうだ。ということは、最初から俺たちは歓迎されない客だろう。
そのくせ、三人中二人が女性。
スズミは化け物のように強いんだろうが、一方で化け物並みの美人だ。
チエに至っては、ただの着飾った超絶美女。
俺にとっては、最初に見た女だからよく分からなかったけど、たった半月の間にも領主には何人もの求婚者が現れたらしい。
チエを領主の養女にして…と無茶なことを求めてきた貴族までいたという。
俺が二人を護るったって、相変わらず武器の扱いは慣れないし、魔法もほとんど知らない。数の暴力で捕まったらどうするのか。
魔物と戦ってる時に後ろから襲われたら…と、ろくでもない妄想ばかりの道中だった。
「何者だ! 新参はちゃんとこっちに置いて行け!」
「何をだ」
「決まってんだろ! お前の命と、女と金だ」
「へぇ」
そうして魔窟の入口に着いたのだが。
いきなり汚い皮鎧に身を包んだ集団に囲まれ、御者は三人を置いて逃げ帰った。
思ったより十倍は治安悪かった。
「心配するなナナ。一人斬れば大人しくなるものだ」
「お前は民を護る側じゃなかったのか」
「こいつらは魔物と一緒だぞ」
そうして、いきなり暴れ出すスズミ。
バカの相手はバカって本当なんだな…などと感慨に浸る暇もなく。
「痛ぇ! こ、こいつら強ぇぞ!?」
「あいにく自分の力を測ったことはない」
「ぐえぇっ!」
当然のように俺も襲われたので、やむを得ず殴る。武器は使わないので殴る。
なお、スズミも刀は使ってないが、大きな身体が吹っ飛ぶのが見える。
「ははははは、にぎやかだな!」
「言い方!」
そして、明らかに戦えそうにないチエに相手は殺到したが、ドレスの裾をはためかせながらチエは器用に逃げ回る。
というか、明らかに俺とスズミの前に誘導している。おかげでこっちは、立ってるだけで入れ食い状態だ。
「アーク王国第五師団長スズミだ! 後ほど第五師団が貴様らを捕縛に来る! 私の顔も知らぬ者たちがどこから流れて来たのか、きっちり吐いてもらうぞ!」
「ははははは、スズミの顔なぞ知らなくて当たり前だろう! 銀色鎧で顔を隠しているではないか!」
「台無しだ…」
結局、こいつらは探索者からみかじめ料をとっていただけの盗賊だった。
今さらだが、この世界は命が軽いらしい。
こちら側が武器を使わなくとも、向こうは使ったのだ。その結果、同士討ちで一人が倒れ、うずくまっている。
身体はどんどん青白く変わり、このままならすぐに動かなくなるだろう。
「……次があれば全員殺す」
そう言いながらスズミが近づき、何かブツブツ唱え始める。
すると―――――。
「ベ、ベン! 大丈夫か!?」
「う……」
血色が良くなった男は、うめき声をあげた。
「お前、そんなことできたのか?」
「あ、…………ああ」
こちらを向いたスズミは、苦虫をかみつぶしたような表情だった。
死ぬ寸前の人間を回復させる、奇跡のような魔法。
そこでなぜそんな顔をするのか…と、聞かなくとも分かっている。
俺の隣で、ニヤけ顔もせず仁王立ちするドレス姿の女。
盗賊に襲われたこと以上に、この先の面倒くさい展開を予想させる瞬間だった。
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