第12話 最重要機密男女(モガミ家視点)

 大河モファ川の南岸に位置するキョーワは、城壁と堀で囲われた旧市街と、外側にできた新市街からなる。

 領主が把握できている人口は5万。実際にはもっと多いのだが、新市街に勝手に住み着いた者のすべては分からない。

 川を利用した交易と、近隣で行なわれる農業や畜産、さらにいくつかの鉱山を抱えるキョーワに、職を求めて人々は集まってくる。

 そして、職を得られぬ者たちには、それなりの行き先がある。

 新市街には、領主が表向きは認めていない業種、奴隷商のエリアもあった。


「三人とも身寄りはないのか?」

「いない」

「捨てられた」


 そんな奴隷商が、行き場のない男女三名を馬車に乗せて、下流の町、アーク王国の都ウセンへ向かった。

 衛兵に報告を受けた領主モガミ・ゴローは、溜息をつきながらも見て見ぬふりをした。

 残念ながら、この国で奴隷は合法とは言えないが非合法でもない。売られた奴隷が必ず酷い目に遭うとは限らない以上、人員流通手段として見逃されている。


 しかし、その奴隷商は殺害された。

 馬車に乗っていた奴隷は、生き残ってその場を離れた。


「仕方ない。お前たちが間違った行動をしなかったのは証明されている。紹介してやるから、奴隷ではなく使用人として働け。耕作の人数は足りていないからな」

「ほ、本当ですか!?」

「その代わり…だ」


 たまたま通りがかったナナの助けによって生き残り、キョーワの町に無事に帰還した三人は、衛兵に呼び出された先でまさかの人物の尋問を受けた。

 その人物は顔を隠し、名を名乗らなかったが、領主本人だとバレバレだった。


「あの二人について、知っていることを言え。それが条件だ」

「は、はい! それならいくらでも」


 奴隷から解放された三人は、機嫌よく何でもしゃべった。

 彼らに選択の余地などなかった。





 三人の尋問を終えた領主は、その日の夜に娘のスズミを部屋に呼んだ。

 スズミは十七歳でアーク王国の第五師団に入団、わずか一年後には師団長になった。

 モガミ家は王室に養子を送ったこともある名家なので、名誉職としての肩書きは最初から与えられていたが、師団長になったのは実力である。

 武技白糸の滝をはじめとする個人としての戦闘力、さらに堂々と部隊を指揮する姿から、アーク王国の小百合〈さゆり〉の異名をとっている。


「娘よ。あの二人をどう思う?」

「どう…と申されますと?」


 そんなスズミは、普段は第五師団が置かれた上流側の町ジョーシにいるが、キョーワとジョーシの中間地点で魔窟が発見され、数名の部下と視察のために戻った。

 そして、あの二人に出会ってまさかの敗北を喫したのだ。

 武技を出して敗北、失神という屈辱にまみれた翌日、領主はスズミに、二人に魔法を教えるよう命じた。

 あくまで初歩的な内容だけを教えながら、その人となりを見るように…と。


 もちろん、スズミとは別にシローにも同じ役目を与えた。

 シローは今でこそモガミ家の執事だが、元は第一師団長、スズミ以上の強者であった。


「生かしていい、と思うか?」


 領主である父の、感情を殺した声に、スズミは息が詰まってすぐには答えられなかった。


「私にその判断はできません。ただ…」

「うむ。なんだ」


 そこでスズミは一度深呼吸をする。


「二人とも嘘はついていません。今朝まで魔法を全く知らなかったのも、間違いなく事実です」

「ふうむ」

「なのに、一日で二人とも師団の主力並みに成長しました。……あれだけの者たちがいれば、魔王に対する牽制となるでしょう」

「なるほど、お前はずいぶん気に入ったようだ」

「そ、そんなことはありません!」


 領主が微笑み、娘はもう一度大きく息を吐いた。


 スズミの報告は、別に二人を助けたくて誇張したものではなかった。

 そもそも、ナナに魔法が使えることは最初から分かっていた。


 彼がたった一人で、武器も持たずに猿人たちを皆殺しにしたこと。

 元奴隷たちの証言だけでなく、早馬を走らせて猿人たちの死体を検証させた者からも同じ報告を受けている。

 そして、ただの棒きれしか持たずにスズミの武技を破った。領主自身が目撃した非常識な出来事は、その場で最重要機密となった。

 スズミのあの武技は人類最強クラス、魔王に傷を負わせるという攻撃である。

 相手がどんな武装をしていようが、確定で致死のダメージを与えるはずの連続攻撃。それを防ぐ人間が、魔法を使っていないはずはなかった。


 スズミの見立てでも、シローの報告でも、ナナは間違いなく身体強化の魔法を使っているという。

 ただし当人に自覚はない。自覚がないまま、常時それは発動している。

 普通の人間なら、あっという間に魔力が枯れて倒れるレベルの身体強化を、寝ている間すら発動したまま生きているのだ。


「むしろ私が驚いたのはチエです」

「なるほど、お前の言うのが事実なら恐ろしい」


 ともかく、ナナが規格外なのは周知の事実だったが、チエの怪物ぶりは今日白日の下になった。

 一度見ただけで魔法を再現してしまう。

 水も炎も風も、一日でスズミ以上の制御ができるまでになった。


「シローからは、明日にも宮廷入りできると聞かされたが」

「あのままなら数日後には誰も追いつけなくなります」


 チエは、どんな高度な魔法でも、見ただけで覚える可能性がある。

 これまで何も使えなかったのは。目撃する機会がなかっただけ。周囲に魔法を使う者がいなかったのは、不幸中の幸いだった。


「武技は…、どうだ?」

「分かりません。ただ、警戒はすべきです」


 ちなみにシローは、武技は真似できないと予想している。

 武技は単純な魔法ではなく、武器を使った戦闘技能と組み合わさっている。そして、少なくともチエは、ナナの戦いを目撃したのに真似はできなかった。


「シローは、二人に悪意は感じられないと言っている。スパイの可能性も低いと」

「わ、私もそう思います」


 シローからは、ナナもチエも礼儀知らずで口も悪いが善人だと思われる…という報告もあったが、領主は娘に伝えなかった。


「そして、二人ともスズミちゃんより頭がいい、か」

「ど、どういう意味ですか父上! というかスズミちゃんはやめてください!」

「なぜだ!? うちの可愛いスズミちゃんをスズミちゃんと呼んで何が悪いのだ!」

「あーもう、これだから帰りたくなかったのに」

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