第11話 魔法を学べ
「君。魔法を学びたいんだぞ」
「貴方にはまず、人間らしい言葉遣いを学んでほしいですね。チエさん」
魔窟探索を頼まれた翌日。
領主宅で寝泊りした俺とチエは、朝からシローに監禁され、勉強している。
「相手は魔物だ! 魔物に言葉遣いが必要か!?」
「ナナ様、そしてスズミ様に対して必要です」
「むむ、ああ言えばこう言う。シローの口車に乗せられどれだけの女が涙を流したか」
お前が言うな、チエ。
というか、別にオッサンは言葉遣いの授業をしているわけじゃない。昨日の話の続きで周辺の地理、街にいる人種、物の値段…、何も知らない二人に説明しているだけだ。
まぁ、魔法は俺も知りたいけど。
昨日、スズミは身体強化の魔法を使った。剣が光ったりしたのも魔法、武技とかいうのも魔法を組み合わせているらしい。
そして、目の前のオッサンですら魔法を使う。
「冷たっ!!」
「目が覚めましたかチエさん」
「お、おのれ! 我が身体を汚すとはいい度胸だ」
居眠りを始めたチエの頭上でシローが左手をかざすと、そこからボタボタと水がこぼれた。
これも魔法だ。
「そういうのは誰でも使ってるのか?」
「さぁ…、どうでしょうか」
…………。
このシローってオッサンも、たぶんただ者じゃないんだろう。
誰でも使うなら、俺たちと一緒だった三人の奴隷たちだって魔法を使えたはずだ。水を出す魔法なんて、野宿の旅にぴったりだけど、奴らは川の水を飲んでいたからな。
その後。
昨日戦わされた広場に連れて行かれると、そこには銀色鎧がいた。いや、鎧は着ていないから正確に言えば銀色鎧の中身だ。
「出たな昨日負けた奴!」
「や、やかましい! お、お、お前は戦ってないだろう!」
「ククク、我が名代に負けたではないか」
いや、いつ俺はチエの名代になったんだよ。
スズミは勲章だらけの服装ではなく、訓練用と思われる使い古された上下で、俺と似たような皮鎧を羽織っている。
一瞬、脳内をペアルックという謎の単語がよぎったが、たぶん使い道が違う。というか、上半身の一部で皮鎧が絶望的に似合ってない…というか破れそうだ。理由はあえて言うまい。
「非常に不本意だが、今日はお前たちに魔法というものを指導することになった」
「武技も教えてくれ」
「できるか! あ、あれは私が長い時間をかけて編み出した必殺技なのだ。そ、それを貴様は…」
スズミは相変わらず騒がしい女だ。
というか、昨日の武技は真剣勝負ならあれで決まっていた。だから別に破られたわけじゃないと思うが、面倒くさいので口には出さない。
ついでに、隣のチエがなぜか白いドレス姿なのも無視。
着替えの時に、好きなのを着ろと言われて本当に好きなのを着た結果なので無視。
とりあえず、スズミ先生は魔法について一から説明…というか体験させるらしい。
そうすれば、魔法を使えるかどうかは分かるのだ、と。
「魔法が使えないこともあるのか」
「フン。…少しでも使える者など、十人に一人もいない。ま、お前らも己の無力さを思い知ればいいのだ」
「こうか?」
「ええっ!!!」
スズミは魔法使いが特別な存在だとしつこく言い続けようとした。
しかし、その野望はあえなく潰えた。
白いドレス姿なのに大股開きで仁王立ちのチエの手から、ボタボタと水がこぼれたからだ。
「な、なぜ水がこぼれた!?」
「魔法が使えるからではないのか? スズミは少し頭が抜けておるぞ、ははははは」
「は、ははははは…」
逆におちょくられたスズミは力の抜けた笑いを返すが、冗談じゃない。
何だ? 俺だけ仲間はずれか?
「まぁいい。ナナ、お前はちゃんと聞け」
「あ、ああ」
魔法は、魔窟に充満するような魔素を体内で扱う方法。その意味では、誰でも魔法使いになる可能性はもっている。
実際、普通に暮らしているだけでも、漂う魔素は体内に入る。問題は、それを扱う力で、ある日突然目覚める者もいるが、だいたいは生まれつきだという。
「魔法を使える者は、意図した場所に魔力を集めることができる。体内ではなく、外に漂う魔素を集めれば、その力に限界はない。たとえば指先にこう…だ」
「こう…だ」
「くそ…」
スズミの指先がぼんやり光る。それは体内にある魔素を一点に集中させた状態で、目に見えるほど凝縮させるのはかなり難しい…らしい。
隣でチエもやってるけどな。こいつ何者なんだよ。
「まぁ焦るな。普通はすぐにはできない」
「訓練しても無駄って可能性もあるのか」
「いや……」
「それはありませんよ」
背後から声が聞こえる。
ずっと黙って立っていたシローだった。
「お二人とも魔力は使えるはずです。そうでなければお嬢様と対面して、一秒でも立ってはいられません」
「シロー、余計なことを話すな」
俺の背後をとるとは、やはりシローはただ者じゃない。いや、背後にいるのは最初から知っていたが。
で。
スズミが隠蔽しようとしたのにシローはあっさり秘密をばらした。
昨日俺と対戦した時、スズミは最初から俺に向けて魔力を放っていたらしい。
「なるほど。正々堂々と言いつつ不正で勝とうとしていたわけだ」
「な…」
「ははははは、この国の軍は腐っておるな。まさか不正をした上に負けるとは」
「う、うるさい! ま、魔力を当てるのは誰でもやっている! お前らが知らないのがおかしい!」
顔を真っ赤にして怒りだすスズミは、そのままチエにつかみかかろうとするが、シローがどうにか取りなした。
シローの話によれば、一対一の申し合わせで魔力を飛ばし合うのは普通で、昨日俺が飛ばさなかったので逆にみんな驚いたらしい。
「お嬢様の魔力を当てられた時点で、鍛えていない者は倒れます。ナナ様は自身のもつ魔力で無自覚に対応されたのでしょう」
「つまり無自覚に相手の心を折ったのだ!」
「さ、さすがにその程度で折れない! うちの師団でも倒れない奴はいる」
………。
とりあえず、この会話は続けても無駄っぽい。
「………、これでいいか?」
「ははは、ナナは下手くそだな」
「お前に聞いてない」
「お前ではない、チエだ」
気を取りなおして、指先に何かを集めるように意識を集中させてみた。
するとしばらくして、指先が光り始めた。
「その状態を維持しながら、次に実現したい魔法を強く念じるのだ」
「念じる…だって?」
「たとえばこう、炎が出る、と念じるのだ」
スズミは何だかんだと、ちゃんと俺に教えようとする。バカだけどマジメな奴なんだな。
まぁ……。
スズミの指の上には、青白い炎。
これができる奴を、できない奴がバカ呼ばわりするのも…。
「ははは、簡単ではないか」
「げっ! なぜできる!」
「スズミの言う通りにしただけだぞ? それとも君、あれは出来もしない話だったのか?」
「い、いや、…そうではないが」
チエはあっさり成功。それも、五本指の上に五つの炎、全部色も勢いも違う。
なんなんだよこいつ。
結局、炎も水も出せず。
スズミの話では、初日にいきなりできる方が珍しいらしい。気配を消しながらずっと見守っていたシローも、同じことを言った。
それが俺をなぐさめる言葉だったのかは分からない。
別になぐさめられる必要もなかったし。
「神風じゃー!」
「子どもかよ!」
「殴るな!」
チエは水を出して炎を出して、最後は風を起こして自分のスカートをめくろうとした。
こいつには人間として致命的な欠陥がある。
しかし、今朝まで何もできなかったのに、既に師団上位クラスの魔力制御だというから、間違いなく天才だ。
「何者なんだ、お前は」
「お前ではない、チエだ」
正直、最初からこれができていれば、チエ一人で猿人を倒せた…かは分からないが、拘束を解いて逃げるぐらいは簡単だったはず。
ということは、あの奴隷商人も死なずに済んだ…のかは分からないな。
これだけ魔法が使える奴が、素っ裸で寝っ転がって、自発的に奴隷になろうと………しそうなのが怖い。
「私にしてみれば、貴様も十分あり得ないのだがな。ナナ」
「大丈夫だ、一応それなりに自覚はある。それよりスズミ」
「な、なんだ」
ふとスズミの隣に立ってみれば、何だか女性がいるような気がしてきた。
え? 最初から女性だった?
「魔法教えてくれてありがとな。お前、バカだけどいい奴だな」
「ナナ…。殴っていいか、いいだろ」
「なぜだ!?」
素直に感謝を伝えたはずが、普通に殴られた。
なお、スズミの一撃は普通に顔面が陥没する勢いだったと書き記しておこう。
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