第10話 魔王と魔窟
「スズミ、挨拶しなさい」
「…………スズミだ」
「ははは、こやつに負けた程度で落ち込むことはない。こやつは人間を捨てておるからな、ははは」
「お前がなぜこう偉そうなんだ、チエ」
改めて、平和裡の対面となった。
鎧を外したスズミは、領主に劣らぬぐらいゴテゴテした服装に着替えたようで、上下黒の上着には紋章らしき何かがいくつもついている。そういえば、偉そうな肩書きを名乗っていた。
並んで立つのを見ると、領主より背が高い。すらりとした長身、体格もいいけど出るとこはしっかり出ている。いかにも強そうで、そして、この世界で見かけた人類の女では二番目にきれいだった。
――――まぁ。
一番がチエって時点で無意味な比較だな。路上で寝てた奴の次だし。
「ということでいいね、この二人をしばらく預ることに異論はないね? スズミ」
「………」
「正直、私も未だに信じられないのは事実だ。しかしスズミはここにいるナナ君に負けた。それも、武技白糸の滝を使って負けた。それだけの相手が…どこかへ行ってしまったら困るのだよ」
「どこか?」
そこでチエが質問する。
珍しく、チエがまともな反応をした気がする。
「君たちは…、この国のことも知らないのだったね。では、……魔王についても?」
「魔王?」
「魔王! ははは、…ナナが喜びそうだ」
どう見てもお前が喜んでるじゃないか、チエ。
魔王というのは、とりあえず人類と敵対している。
で、キョーワは魔王領に直接面しているわけではないが、隣のムロガ領が近年少しずつ圧迫を受けている。
「つまり、このままでは数年のうちに王国は滅んでしまうのだ!」
「な、なんだって!」
チエが叫ぶと、スズミが驚いた。
それにしてもチエって…、バカじゃないのが分かるから嫌になる。
どっちかと言えば、目の前のスズミって女の方がバカだ。説明する側が驚いてどうするんだ。
「はははは、…まぁ、そこまで切羽詰まってもいないのだよ」
「そ、そうなのか」
魔王側も、あまり積極的にこちらに攻めて来るわけではない。
何となく休戦状態が続いているらしい。
「お互い、攻め込むより先に解決しなければならない問題があるのだ。正直…、君たちにはそれを任せたい」
「何だそれは、叛乱か? 謀叛か?」
「はははは、チエ君、私も名君には遠く及ばないが、目立った内乱は起こっていないよ」
「当たり前だ!」
うーむ。この会話が許されるなら無敵だな。
「魔窟、と呼んでいる」
「マクツ? ああ、あの…」
「そう。…君たちは猿人と戦っただろう? そういう魔物ばかり現れる洞窟だ」
魔王よりも魔窟が問題。
この世界はいろいろややこしいな。
「君、魔物を統べる者が魔王ではないのか?」
「チエ君、実は賢いのだね。その認識は間違っていない。ただ、知能のない魔物は魔王にとっても敵なのだよ」
「つまり、そいつの処理に追われているから互いに戦う余裕がないってことか」
「そういうことだね。君たちは二人とも賢い。スズミとは大違いだ」
「な、何をおっしゃられるのですか! 父上」
父親にまでバカ扱いされる娘に失笑を禁じ得ないのはさておいて。
魔窟には、猿人よりずっと強い魔物が現れる。魔窟の外に出ることはほとんどないが、ゼロではない。
そして、西の魔窟より東の魔窟の方が魔素が濃いらしく、その濃い魔窟から魔王も生まれたという。
だから魔王領を支配する者たちは、魔窟生まれだが人間並みかそれ以上の知能をもつ。しかし同じ魔窟から、知能なしの魔物も大量発生…という状況らしい。
「なるほど。君、要するに魔窟を制する者、世界を制す、だな!」
「いいね、チエ君。我が軍の旗印に書かせてもらおう」
「ちょっ、ち、父上!」
何だろうな。もしかして領主とチエは意気投合しているのでは?
俺は…、バカと組まされるのは勘弁。
いや、チエと組むのはもっときついか。
しかし、そんな小市民ナナの願いも空しく、チエ、スズミ、ナナの三名は臨時パーティを組まされることになる。
後に世界を震撼させることになる、伝説のパーティ黒百合の誕生であった。
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