第9話 とりあえず決闘した
やかましくて頭が弱そうな銀色鎧女の騒ぎは、領主も知らなかったらしい。後から現れた領主に鎧女は叱られていた。
しかし叱られて終わりなのかと思ったら、やっぱり戦うらしい。
無茶だろ。とりあえず俺は武器なんて握ったこともないんだぞ。
「あくまで君の力を見るだけだ、互いに無茶はするな…と仰せです。では名乗りを」
「アーク王国第五師団長スズミ! 貴様の本性を暴いてやる!」
「……ナナだ。さっき住民登録した本名だ」
「はじめぇ!」
結局、屋敷の裏の方の広場に連れられ、さっきまで常識を教えていたシローが審判になって戦う羽目に。
領主ほか何人かが観客。ついでにチエもなぜかそっちにいる。お前はこいつと戦う側じゃないのか。
「剣もまともに持てない素人め」
「素人だからな」
スズミと名乗った鎧女。けっこう肩書きが大きかった気がするし、相変わらずカッカしている。
こいつ、俺を殺す気まんまんだよな。
そう思いながらも、木刀を手にした自分は妙に落ち着いている。
なぜか分からないが、猿人にキーキーわめかれた時の方がずっと焦っていた。
「秒であの世に行け!」
「断わる!」
バカにつられてこっちまでバカになる。
まぁなんだ。俺はたぶん頭良くないはず。もしかしたら半分ぐらいまともかも知れないけど。
そうして銀色鎧と対面。こっちは猿人と戦った時の皮鎧だから、見た目は完敗だ。
観賞用みたいな鎧だけど、女のそれはよく見ると傷がついてるし、凹んだ箇所もある。実際にこれを着て戦った経験があるようだ。
構えもどっしりしているし、ガチャガチャうるさい上に重いはずなのに手足の動きもいい。どうやら虚仮威しではなさそう…と、いきなり音もなく動き出したぞ。
早い。
「ぐ、逃げるな!」
「逃げるだろ、痛そうだし」
鎧女は…、女にしては背が高い。それが上段から振り下ろしてくるので、当然避けた。というか、避けて怒られる意味が分からないだろ。
それからしばらく、女は振り回し、俺は逃げた。
こっちは武器で戦った経験がないのだから、黙って逃げるしかない。
「あれを避けるか…」
「ははははは、私には分かっていたぞ! ナナは逃げ足だけは早いのだ」
ギャラリーうるせぇ。チエは嘘しか言わないし。
鎧女の攻撃は、早いのは早いが力任せなので逃げるだけなら簡単だ。
だいたい、一応は俺の方が背が高い。なのにバカの一つ覚えで上段から振り下ろすって、ふざけてんのか?
「この…卑怯者! こそこそ逃げやがって!」
「逃げちゃいけないのか? 文句言うなら追いつけばいいだろ」
「何を!!」
女がカッカするのがだんだん面白くなって、思わず煽ってしまった。
今になってやっと気づいたが、どうやら俺は嫌な奴だった。
「ここまでコケにされた以上は仕方ない。貴様には死んでもらう」
「ほう」
「貴様のようなクズには勿体ないが、……武技、白糸の滝!」
そして俺はどうやら本気で女を怒らせたらしい。今まで怒ってなかったのかというツッコミはなしで。
武技。
何だか格好いい台詞を吐いた女の身体が、鎧のすき間から光りだした。何これ? これがもしかして魔法ってやつなのか?
「苦しまずに逝け!」
「おっ! はやっ!?」
女の身体が光ったまま、これまでとは比較にならない早さで距離を詰め、やはり上段から木刀を振り下ろす。
さすがに逃げ切れず、仕方なく自分の木刀で応戦する。
が。
ただの素人の木刀はあっという間に弾き飛ばされてしまった。
「死ねぇ!」
「嫌だね」
「な…っ?」
どうしようもなくなった時、猿人との戦いを思い出す。
そうだ。あの時だって俺は武器なんて持ってなかった。何度も木の棒で殴られたじゃないか。
「死にたくない。これでいいか?」
「…………」
避けられないなら当たってしまえばいい。女の一撃を左腕で受けて、そのまま相手の懐に走り込み、脇腹に体当たり。
金がかかってそうな銀色鎧でダメージはほとんど入らないが、無理矢理押し倒す。
右手で女の首を掴んで力任せに叩きつけた。
「どうする? 次は殴るしかない」
「くっ………」
「そ、そこまでだ! ナナ殿、やめたまえ!」
シローのオッサンが走ってきて、そこで戦いは終わった。
まぁ、女はそのまま気絶したから返事はできなかっただろう。ギャーギャーわめいたわりには弱かった。
猿人の方がずっと怖い。言葉は通じないし囲まれたし、捕まったら腹かじられて食事にされてしまうし。
それから。
俺はまた領主に呼ばれて、さっきの戦いについて質問を受けた。
と言っても、武器の扱いはは素人、たぶん身体能力だけで勝った、それしか言いようがない。
領主からは、例の武技が見えたのかと質問されたので、見えるけど向こうが真剣だったら斬られていると答えた。
実際、仮にこっちが真剣持っても弾き飛ばされるのは一緒だ。あれと戦うなら、武技を出させずに倒すしかない。
「白糸の滝を受けて無傷とは…」
「いや、少し腕が痛むぞ」
「………」
鎧女…スズミの使った武技というのは、国内で破られたことのない必殺技だったらしい。
というか、そんな最強女がなぜここにいたんだ?
「あれは私の娘だ。……いずれにせよ、君たちを野放しにはできなくなった」
「ナナはバカだねー。適当に負ければ良かったのにバカだねー!」
「うるせぇ二度言うな」
チエの言う通りだから腹が立つ。
と言っても、俺だって別に勝とうとしたわけじゃない。向こうが殺しに来たからそういう対応になってしまった。あと、正直言えば弱かった。あれが最強女の必殺技だったら、自分は何者なんだと思う。
いや、007って時点でまともな人間なわけないか。今さらだ。
「それにしても武技というのは興味深いね、いや、あれも魔法なのかい? クックック…」
「お前が戦えば良かったのに」
「チエだ」
正直、武技ってのは面白かった。それは否定しない。
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