第7話 領主に捕まり常識を学ぶ

「魔法とは何だ」

「お前、そんなことも知らないのか。俺も知らないが」

「お前ではない、チエと呼べ」


 キョーワの住民となった翌日。

 金もないので衛兵詰所の馬小屋で寝泊まりした俺とチエは、朝になると知らない馬車に乗せられた。

 まぁ、知ってる馬車はないけど。


「お二人には一般常識がないとうかがっております。ここでしっかり勉強してください」

「金はないぞ」

「ないぞー」

「主人は承知しておりますゆえ」


 黒服ひげ面、頭は白髪が混じっているがハゲてはいないオッサンに連れられていった先は、まさかの領主の屋敷だった。

 そこの離れに押し込まれた俺は、素っ裸になって身体を洗うよううながされ、その後、最初に着ていた服より幾分マシで、汚れていない服装に着替えさせられた。

 そうして中庭に行くと、同じ格好のチエもいた。

 同じ格好になってみると、いろいろ男女の違いというものが分かってしまう。

 はっきり言えるのは、チエよりふくらんでなくて悔しいって思いは抱いてないこと。当たり前だ。



「失礼のないように…と言っておきます。お二人にできるかはともかく」

「失礼な奴だなー」

「失礼な奴でございます」


 癖の強そうなオッサンは、どうやらチエの扱いを覚えたらしい。

 俺もチエの同類にされているのは少しだけ納得いかないが、きっと失礼はするからまぁいいや。


 中庭で跪くように命じられ、よく分からないままポーズを取ると、そこに別のひげ面のオッサンが現れた。

 油を塗りたくったつやつやの髪、そして、着替えに一時間はかかりそうな格好をしていた。


「突然すまない」

「突然来たからな!」

「確かにそうだ。これは一本とられたな」


 で。

 オッサンは領主本人。

 その領主、モガミ家当主は俺たちに興味をもち、しばらく衣食住を与えるという。

 権力に飼い馴されるなんてまっぴら御免だと、格好良く断わろうと思った。


「私は食事にうるさいぞ!」


 しかしチエはやっぱりバカだった。

 底なしに失礼な発言の数々にその場は凍りついたが、苦笑いしながら領主は俺たちを離れに住まわせると決めた。

 事前にチエが非常識だと聞いていたようだ。たぶん俺も同類扱い。




 領主が俺に興味をもった理由は、猿人殺しの主犯だったからだ。いや、猿人殺害は罪とされていないから勾留されず、軟禁だ。


「猿人について教えてくれ」

「うむ、あれは臭かったぞ。奴隷も臭かったな」

「だからお前には聞いてない」


 領主と面会した後。

 離れの部屋に最初のひげ面のオッサンが現れ、一般常識を教えてくれた。シローという名前らしい。

 なお、この街ではひげ面が多いのかと聞いたら、そうでもないという。

 ひげ面は偉そうに見える。だから死んだ奴隷商人、領主、シローあたりは、流行ってもいないヒゲを蓄えている…って、どうでもいいや。


「猿人は魔窟から発生します。普段はあのような街道沿いに現れることはありません」

「あれは人間の一種か?」

「チエ殿…。そこまで常識のない方だったとは驚きました。猿人は人間に似せただけで、魔窟の魔素が生みだした魔物ですよ」

「常識なんてくそくらえだ!」


 ………俺も何も知らなかった。チエのどうしようもないバカさ加減に感謝した。

 シローはチエの不規則発言にもめげず、魔窟についても教えてくれた。

 魔窟は魔素なるものが溜まる場所。魔素は人間にとって資源となる物質も生み出すが、人間を襲う謎生物も発生させる。

 謎生物は地面から生えて来る上に、魔窟内では倒してもそのうち地面に吸収される。


「俺が死んだらどうなるんだ?」

「人間も最終的には吸収されます。金目のものは残るので、そういう遺品漁りもいるのです。まったく嘆かわしいことです」

「へぇ」

「ははは、嘆かわしいことだな!」

「お前の存在が嘆かわしい」

「お前ではない、チエだ」


 地面に吸収されるのは、あくまで魔窟の中だけ。街道までやって来た猿人の死体は残ったままで、回収が必要らしい。

 魔物によっては素材としての価値があるが、猿人は何もないので大量の死体はどこかの魔窟に運んで捨てるそうだ。



 おかしいだろ?



 俺が目を覚ましたゴミの山。

 あれが猿人の巣だとしたら、彼らはあそこで暮らしていた。でなければゴミの山なんてできない。

 それに、ゴミの山は森の中にあった。

 オッサンの話を聞く限り、魔窟は穴の中だ。


 これは話すべきなのか?

 いや、俺の勘違いかも知れない。鳴き声が同じだけだったのかも…。


「ここにいるのか! ふざけるな、すぐに表に出ろ!」


 シリアスな展開になりそうだったが、ぶち壊しに。

 いきなり部屋の扉が乱暴に開き、なんかおっかない顔の女が駆け込んで来た。

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