第6話 お前の名はチエ

 ウセンへ奴隷を運ぶ馬車が襲われ、奴隷商人が殺害された一件。

 それは街と街を結ぶ街道で起きたので、俺たちがその場を立ち去って間もなく、往来の者たちによって発見された。

 さらに、奴隷らしき者たちが徒歩で移動していることも、目撃情報が伝えられていた。

 考えてみれば、両手で余るぐらいの馬車とすれ違ったのだ。俺たちを追い抜いた馬車から情報が伝わっていたわけだ。


「お前たちを捜索する予定だったのだ」

「ははは、飛んで火に入る夏の虫だったな!」

「お前は少し黙れ」


 名無し女、マジでバカだろ。



「ところで…、役所に連れて行く前に一つ聞きたい。石に触れろ」

「何だよ、俺は正直者だぜ」

「猿人を倒したのはお前なのか」

「あ、…ああ」


 もちろん石は変化しない。

 背の低い衛兵の表情が険しくなった。

 そんな顔するなよ。

 俺だって、自分が謎生物だって自覚はあるんだ。




 その後。

 ぞろぞろと集団で移動する。

 初めて見る街は、焼き杉の真っ黒な塀が続き、そこに屋根が急勾配の木造建築が立ち並ぶ。自分の想像する街のままだけど、まるで違うと言う自分もいる。

 何となく分かっていたけど、007の過去は一つじゃない。この世界を普通だと思う自分は何者だ? いや、どっちも謎だ。


「お前たちは奴隷契約の終了手続きをしろ」

「はぁ…」


 奴隷じゃなくなる三人は、あまりうれしそうじゃない。

 まぁ…、二日も一緒にいたから、理由は分かっている。

 彼らは奴隷になる代わりに衣食住を手に入れるはずだった。解放されたら一文無しだということに気づき、日に日に表情が暗くなっていた。

 ま、一文無しは俺も一緒だけどな。


「で、お前はナナでいいのか?」

「当然でしょう!? みんなにゼロゼロナナって呼ばれ続けるなんて冗談じゃないと思うでしょ!? どうしても惜しいって言うならあげますよ。フーシンさんが今からゼロゼロナナ、格好いいじゃないか!」

「分かったからさっさと手続きしろ」


 キョーワ生まれキョーワ育ち、年齢不詳、名前はナナ。住所不定無職。クソみたいな戸籍が作られた。

 で。


「名前がないのは困るな」

「ははははは。よし、今決めよう!」

「なんで楽しそうなんだよ、お前は」


 謎生物女は、だいたい同程度のクソ戸籍を作るにもまだ足りない。

 というか、本当に名前ないのか? バカでアホで非常識の塊だが、この謎生物女、たぶん頭がいい。


「………何だよ」

「お前がつけろ、ナナ」

「はぁ?」


 衛兵詰所で顔を洗っただけなのに、至近距離で見つめられると心臓が止まりそうになる。

 化け物みたいに見た目はいい。

 ……………。


「チエ」

「決まった。じゃあチエ、十七歳」

「年齢まで勝手に作るな」


 結局、謎生物女は本当にチエという名前で登録してしまった。

 そもそも、俺がなぜそんな名前を口にしたのかも分からない。けど、何となく思いついた。

 なお、十七歳は却下され、年齢不詳、住所不定無職となった。ざまーみろ。

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